Dのカルマ

猫目化月

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第9章 楽園の蛇

26-1 一緒に帰ることにした

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 混乱に乗じて城を抜け出したデュークとカルマは、一晩をノイシュの下宿で過ごし、日が昇るのを待った。

 宿の1階の酒盛り場は、その日のアルテナ城の一件で持ちきりで、誰もが突如現れた2頭の巨竜と、破壊された大聖堂、行方不明となった王子の謎に憶測を飛ばし、時に口論し、しまいには殴り合いながら夜を明かした。
 
 誰も、その騒ぎに紛れて脱獄した2名の指名手配犯のことなど覚えてもいなかった。

 長居は無用とばかりに空が明るくなってすぐに街を出た2人は、静かに街道を歩いていた。

 カルマが竜の姿に戻ればひとっ飛びだが、昨日の今日でそれは目立ちすぎるのと、あの巨体を動かすには相当エネルギーが必要なようなので、しばらくの間は人の姿で温存するのが得策と判断した。

 まだ早朝では旅人や行商人の姿もなく、朝鳥のさえずりだけが両脇の森を舞い踊る。

「あの兄貴もつくづく甘いよな」

 昨日の夕暮れ時、去っていた男の背中を思い出し、呟いたデュークにカルマが顔を上げる。

「本気で欲しけりゃ、俺を殺して奪っていきゃあ良かったんだ」

 あれほどまでに執着していた弟の側を離れ、彼の契約者あるじに場所を譲った。

 同行するという結論を出さなかったのは個人的にデュークが大嫌いというのもあるだろうが、間違っても獣の本能で彼を殺さないためだ。

 カルマを悲しませないために。

「兄さんは、優しいひとですから」

 いつもの帽子を深く被った青年が寂しげに微笑む。

 どこかへと消えた兄に、ほとんど傍にいてやれなかった自分を悔やみながら、今もどこかで生きていることに、カルマは感謝した。

「おい、そこ道に穴が空いてるから気をつけて……」
「わっ!?」

 馬車がはまり難儀しそうな位置に空いた穴に、案の定足を引っかけてつんのめるカルマ。
 数歩たたらを踏み持ちこたえたまではいいが、脇腹のあたりを抑え顔をしかめる。

「うっ……」
「お前、まだどっか痛めてんだろ」

 疲労困憊で人の姿をとった竜の化身は、目が覚めると大丈夫の一点張りだった。

 城内は今それどころではないとはいえ、追われる身でのんびりもしていられず、カルマの意を汲み先を急いだのだが、やはりもう少し休ませた方が良かったかもしれない。

 うずくまるカルマを振り返り、デュークは宿屋で失敬した小型ナイフで自分の指を切った。

「デ、デュークさん、血が……んむっ……!」
「指は食うなよ」

 人差し指と中指を口に突っ込まれ、カルマが苦しげに眉を寄せる。

「知ってたんだろう?」

 指先に滲む血を丁寧に舐め取る白竜の化身を前に、デュークは自然と詰問口調になった。

 シグルドの血が特効薬になるのなら、騎士団とアルカに襲われ深手を負ったカルマを癒すことも出来たはずだ。
 それなのに、何も言わず何日も療養するはめになったカルマに、デュークが憤りを覚えるのも無理はない。

「なんでそれを早く言わない」
「だって、血を流すのは痛いでしょう?」
「これくらいどうってことねーよ」

 困ったように言い訳するカルマに乱暴に答え、指先を服の裾でぞんざいに拭う。

「お前の方がずっと痛いだろうが」
「…………」

 眼鏡越しにじっと見つめてくる素直な視線を振り払い、背を向けて大股に歩き出すデュークに、カルマが慌ててついてくる。

「オラ、行くぞ」
「……はい、ご主人様マスター
「だから、デュークでいいっつの。さん付けでもうっとおしいってのにいきなり何段階も格上げすんな!」
「……はい、デューク様」
「デューク!」
「……デューク」

 ようやく満足のいく回答を得て振り返る。

「やればできんじゃねーか」

 呆れたように笑った顔は滅多に見せることのない種類の表情で、カルマは驚きながらもつられて笑った。

「帰ろうぜ」

 どこへ、などとは聞くまでもない。

「お尋ね者が身をやつすにはちょうどいい場所だ」

 この街道をずっといった先には、世界に一つしかない街がある。

「追われりゃまた逃げればいい。どこへ行くかはまた考えればいい」

 流れる雲のように生きるのも悪くない。

「お前の翼がありゃあ、どこへだって行けんだろ」

 見上げた先に広がるのは、いつか夢に見たのと同じ、晴れ渡った青空だった。

 その下を歩いて行く。辿り着くまで歩いて行く。

  行き場のない者に残された最後の楽園。

掃き溜めおれたちの街だ」





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