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八章 希望の光達

ルルド

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「何・・・これ・・・」

 城の中に入って僕らの中で一番に驚いていたのはプリクルだった。それも仕方のないことだろう。

「私がリニューアルした内装が・・・変わってる・・・!!」

 プリクルは今にも失神して倒れそうになっていた。シトラと葵が押さえていなければ頭を打っていただろう。

「まるで魔王城ね・・・」

「まあ、魔王城なんだがな・・・」

 魔王城の内装が外装にふさわしい凶悪なデザインへと変貌していたのだ。流石の歩もたじろぐ。

「このデザイン・・・見間違えるはずがない・・・」

 すると、葵とシトラに支えられていたプリクルがおでこに血管を浮かばせながら僕らに向かって静かな怒りの声を発した。

「父さんのデザインセンスだわ・・・・」

「えっ!?父さんって、先代の魔王の事?」

「そうよ!こんな悪魔みたいなセンス、絶対に父さんしかあり得ないわ!」

 だが、プリクルの父である先代魔王は死んでいる。先代魔王を知っている何者かが変えたのではないのだろうか?そう指摘すると、プリクルは確かにそうね、と大人しくなった。

「サーチで探知してみたけど、王の間に誰かいるみたいよ?ステータスはモヤがかかってて見えないけど・・・」

「まあすぐに分かることよ。早く行きましょう、皆」

 周りには不自然に思うほどにまで敵の気配がしなかった。嫌な予感しかしない。まるでおびき寄せられているような気もしなくもない。

王の間の門の前には誰もおらず、どうぞ入ってくださいと言わんばかりに鍵があいていた。歩は額に汗をにじませながら入っていく。

 門を開くと、気持ち悪くなるほどの魔力が僕らを襲った。慌てて鼻と口を覆う。この感覚、何処かで味わったことがある・・・。

 そう、それは半年以上前の話。スタノ山脈にレッドを討伐しに行ったあの時に感じた魔力と酷似している。そう、先代魔王の魔力に。

 門を開ききると、普段プリクルが座っているはずの豪華な椅子の上には闇に包まれて、顔も姿も分からない謎の人物が座っていた。

 闇に覆われた姿。何処かで見たことがある。そう、数日前の事だ。フリートと戦った時にその姿を見た。アイツは───。

「ルルド・・・か?」

 闇に隠れていて見えないが、何となく分かる。今、僕の問いに対してニヤリと笑った。

「ああ、いかにも。私がルルドだ」

 やはりか・・・。歩は剣の柄から手を離す。

「魔族の国の人々を廃都へ転送して魔族の国を乗っ取ったのはお前か?」

「そうだ。殺して乗っ取ることも出来たのだが、そうなると屍体や血の処理が面倒でな。だから魔族の国に住まう住民を全員を別の地へと飛ばしたのだ」

「理由は実に不愉快だけど、殺さないでくれて感謝するわ。でも、貴方はその椅子から下りてもらうわよ!」

「ほう?それは何ゆえか?」

「そんなの決まっているでしょ!そこは私の椅子だからよ!」

「お前の席というか小娘。そうか、お前は今の魔王か!」

よ!魔女王!」

「ふっ・・・そうか」

 ルルドは何故か嬉しそうに笑っていた。人を見下すような笑いではない。心から喜んでいる笑いだ。あまりに不気味すぎてプリクルの顔が青ざめていっているのが分かる。

「貴様、プリクルだな?」

「そ、そうよ。何か問題があるわけ?」

「そうだな。かなり問題がある。その容姿にな」

「な、何よ!私の容姿が悪いってわけ!?」

「いいや、実に美しいさ。その美貌はモミから授かったものだろうな」

 突如、プリクルの顔が青ざめたものから険しい顔へと変わった。プリクルはずかずかとルルドに近づいて魔術師の杖をルルドに突き立てる。

「何故、貴方が私の死んだ母の名を知っている!?」

「知っているに決まっているだろう。何たって私の・・・いや、違うか。前世の私の妻なのだから!」

 一瞬、何を言っているのだコイツは?となったが、数秒後にその言葉を理解すると、身体から血が引いていくのが分かった。

 一番驚愕し、恐怖したのはプリクルだろう。プリクルは1歩2歩と後退すると、床に尻餅をつく。

「う、嘘でしょ・・・。じ、じゃあ貴方は・・・!!」

「ここまで言えば鶏でも分かるか・・・良いだろう。我が姿を見せてやる」

 パチン!と指が鳴るとルルドを包んでいた闇が爆散する。いきなりの事にその場にいる全員が目を腕で覆った。

 闇が完全に消えたところで歩達は目から腕をどけてルルドの真の姿を拝む。その姿に誰もが度肝を抜かされた。何たって、ルルドの正体は年端もいかない幼い男の子だったのだから。



「8年前に生まれ変わったばかりだからな。まだ身体も幼い。だが、お前達は感じているだろう?私から溢れている魔力を」

 ルルドの言う通りである。ルルドの姿は少年そのものではあったが、その身から溢れる魔力はスタノ山脈で感じた魔力と同じだ。

 だが、歩には魔力にも気になることが1つだけあった。歩はルルドに聞こえるように大声で問う。

「何故貴様は前世の記憶を持って生まれ変われたのだ!」

 昔、ラグドさんから聞いた。生き物は死ぬと天国へ行き、天国で暫く暮らしてから転生女神に魂と記憶を分離させられて新たに生まれ変わると。

 英雄シグルの生まれ変わりたる歩も例外ではない。一時だけ英雄シグルの記憶が蘇ったが、それ以降はまったくそんな事はなく、一人の別の人間小野山歩として今日ここまで生きてきた。

「何、簡単な事よ。転生女神の目を欺いたのさ」

「そんな事が可能なのか!?」

「まあ落ち着け、ヒノマルの剣士。確かに普通の者ならば無理な所業だろうが、私はこの通り魂も普通ではないのでね」

 規格外に興奮する獅子丸に対してルルドは赤子を宥めるような口調で喋る。

「ヒノマルの剣士。君の剣術は素晴らしい。もう一人のエデンの剣士の助言と我が娘の手助けがあったとはいえ、最後まであのドクロを圧倒し続けた。レベルが低いくせにね」

「何だと・・・」

「落ち着け、獅子丸!」

 癇に障ってきたルルドを獅子丸は抜刀して斬りかかろうとしたが、亮一が何とか宥める。

「君は、ラグドが命の危機だったと言うのに何もできなかったよね」

「ッッ───!!」

 次にルルドは亮一に矛先を向けた。亮一は流されないように頭の中で暗示をかける。

「君だけではない。プリクル、お前もだ。お前が何か援護の魔術の1つでもアイツにかけていれば何か変わっていたのではないか?」

「黙れ・・・」

「嗚呼。きっとラグドも思っていることだろう。あのとき何故援護してくれなかった、と」

「だまれぇぇぇ!!」

 堪忍袋の緒が切れてしまったプリクルはもう誰にも止められる事はできなかった。直径5mはゆうに超える火炎玉を作ると、ルルドに向かって飛ばした。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 火炎玉が当たる瞬間である。歩は見てしまった。ルルドがニヤリと厭らしく、子供のような無邪気な顔で笑ったのだ。

 火炎玉は確かにルルドに当たった。当たったが、嫌な予感がしてならなかった。

「素晴らしいね。流石、私の娘だ。だが、怒りの感情に乗せた魔術は威力が格段と低くなる。そんなこと、魔術を学ぶものならば常識だよな?」

「ッッ───!!」

 燃え盛る王座の中からルルドは無傷で出てきた。ルルドの周りには結界のようなものが張られている。あの結界でプリクルの巨大な火炎玉を防いだのだろう。

「さて、戦闘を開始しようか」

 ルルドのその一言で戦いはゆっくりと開幕された。



「歩よ。その剣はやはりシグルのだな?」

 剣を抜刀して構える歩にルルドは問う。歩は表情を変えることなく答えた。

「そうだ。これはニコラスさんから譲り受けた」

「あのエルフの魔術師か・・・アイツの魔術は恐ろしいものだったよ。まあ、私には及ばなかったがね」

 ニコラスさんもプリクルもどちらも素晴らしい魔術師だ。だが、コイツは格が違う。魔術師であるが、魔術師の域を超えてしまっている。おそらくは一年以上前に戦った魔女よりもその力は上だ。

「まずはお手並み拝見だ──『スパーク』」

 ルルドの手の平から放たれた雷が歩へと一直線に進んでくる。歩の磨かれた視力が見失うわけがなく、雷の軌道を見ることに成功した歩は余裕をもって回避する。

「『ファイアボール』8連」

 雷を避けたと思えば次に待っていたのは巨大な炎の球8個。大きさからするに下手をすれば城ごと吹っ飛びそうな火力を1つ1つが持っている。

 流石にシャインニングシールドでは防ぐことはできないと判断した歩は前に進んで真っ直ぐ飛んできた炎の球を難なく避ける。

「良いねぇ!その炎、俺がもらった!」

 亮一は歩が避けてこちらに飛んでくる炎の球を煉獄刀で受け止めた。煉獄刀は折れることも温度で解けることもなくすべての炎の球をその刀身に吸収しきった。

「コイツはスゲェ!」

 煉獄刀からは歩のドラゴブレイクと競える程にまで燃え盛っていた。ルルドは炎の刀を見ておおっ、と唸る。

「煉獄石を使った東洋剣か。厄介だな」

 亮一が動き出したのを皮切りに他のメンバーも動き始めた。まず、葵とプリクルが歩と亮一と獅子丸に向かってビルドアップをかけた。三人の筋肉が通常の1・5倍まで膨れ上がる。

 「『ガードアップ』!」

 更に皮膚の強度をあげるガードアップを三人にかける。三人の戦闘能力が格段と上がった。

「単純ではあるが、悪くない戦法だ。良いだろう、三人同時にかかってこい」

「その言葉、後で後悔するんじゃないぞ?」

 お互いの目を見合って意気投合した三人は一斉にルルドへと刃を振り下ろす。

「『シャドウシールド』」

シャインニングシールドとはまったく性質が逆の闇の盾がルルドの守りを固める。闇の盾は歩達の刃を難なく跳ね返した。

「硬い・・・!」

「いや、斬れる!!」

 強固な盾を前にして強気だったのは亮一だった。亮一は炎の刀を天に向けて掲げると闇の盾に向かって振り下ろした。

「うぉおおおりゃああああああああああ!!」

 ルルドは闇の盾の後ろでニヤリと笑う。バカめ、その刀の強度ではシャドウシールドを破れまいと。

「ぶった斬る!!」

 次の瞬間、ルルドにとって衝撃の出来事が起きてしまった。なんと、亮一が闇の盾を斬ってしまったのだ。闇の盾に20センチ程の大きな亀裂が出来上がる。

「歩っ!やれ!!」

「おうっ!!」

 歩の行動は早かった。竜殺しの剣をできた亀裂に向かって刺したのだ。すると案の定闇の盾の後ろに隠れてきたルルドの左腕に深く刺さった。

「くっ・・・!!おのれ!!」

 闇の盾を解除すると、風の魔術を唱えて歩達三人を吹き飛ばす。ルルドの表情からわかった。ルルドは完全に動揺している。自分達が予想を超えてやってくるから驚いている。

 傷口はすぐに治療魔術で塞がれてしまったが、心を揺るがすことには成功した。これは僕たちを勝利へと導いてくれる灯火となるだろう。

「そんなに死にたいのか・・・良いだろう。なれば我も本気を出してやるっ!!」

 第一人称が変わり、目付きも気配も何もかもが変わる。鳥肌がたっていることに気づいた歩は剣を構え直した。

「『ジ・エンド』!!」

 ドクロとは比べものにならないくらい巨大な骸骨が歩達に向かってくる。歩は亮一から聞いているから知っている。これは死の魔術だと。当たったらそれだけで死ぬと。実際にフリートはこれを喰らって死んでいた。

 当然この魔術の対策はしてきてある。ここにくる前にお祖母ちゃんマリーに連絡を取っておいて良かった。

 歩は竜殺しの剣を腰の鞘に納めると、背中に背負ったマリーの聖剣を引き抜いて構えた。

 お祖母ちゃんから教えてもらった。この剣は厄から父さんを守る為に作った剣。大小関係なく呪いや死の魔術は振るのみでかき消せると。

「せいやぁっ!!」

 勢いをつけてマリーの聖剣を振り上げる。すると、風が発生し、その風が死の魔術にぶち当たると聖剣の風と死の魔術がお互いを潰し合ってくれた。

「凄い・・・持ってきておいて良かった」

 これが無かったら今頃死の魔術とおいかけっこしていただろう。歩はマリーの聖剣を右手に握ると左手に竜殺しの剣を握って二刀流になる。

「歩、二刀流できるのか?」

「師匠に教えてもらってね。マスターはしてないけど、出来るようにはなったよ」

「ふん。たかが剣が1本増えただけで我に勝てるとでも?」

「1本増えたんじゃない。繰り出せる技が変わったんだ。そこの所間違えるんじゃない」

「技が変わったところで我の前では無も同然だ」

 本気を出すことによって自信も出てきたのだろうか?とことん僕らを挑発してくる。だが、三年以上戦ってきた歩達にとって挑発なんていつものこと。聞き慣れた文句なら右から左に通してみせる。

「行くぞ───」

 マリーの聖剣に雷、竜殺しの剣に炎が点火する。2つの属性で攻撃をすることによって身体的ダメージを大幅に増やすことができる。魔力を湯水の如く使ってしまうのが難点であるが、幸いなことに魔術が使えるサポーターが三人いる。

 歩は足に力を込めてかっ飛んだ。ルルドの反射神経はやはりひと並外れており、歩の高速攻撃を瞬時に闇の盾を作って防いでしまう。

「『アイスランス』九連!!」

 ルルドの魔力によって作られた槍の先端のように尖った氷が歩の足元から次々と生えてくる。歩は飛んで避けたが、歩が降りれる場所が無くなってしまう。

「俺にまかせろぉ!!」

  炎を纏った煉獄刀を持った亮一は床に生えた氷を炎で除去して歩の降りる場所を作る。

「くっ───いでよ!ゴーレム!!」

 指をパチンと鳴らすと王座の後ろから2m程の大きさのゴーレムが5体程現れた。ゴーレムはルルドを守るように歩の前へと立ち塞がる。

「俺に任せてくれ!」

 歩に獅子丸が出てくると、一斉に襲いかかってくるゴーレムの首を一気に跳ねた。それだけではゴーレムは倒れるはずもなく、首を失ったゴーレムは歩と獅子丸に襲いかかってきたが、獅子丸の見事な刀さばきで一体ずつバラバラにされてしまう。

 身体をバラバラにされたゴーレムは動けるはずもなく、トカゲの千切れた尻尾のようにしばらく蠢いてからやがて普通の岩へと戻っていった。

「ありがとう!獅子丸!」

 獅子丸に感謝の言葉を述べて歩はルルドへとぶっ飛んでいく。

「ルルドーーー!!」

「『シャドウシールド』!!」

 寸前での闇の盾の展開に歩は一瞬驚いてしまったが、剣に力を込める。

「砕くっ!!」

 その一言を叫ぶと歩は闇の盾に向かって2つの刃を降り下ろした。

「砕けるか!!」

 闇の盾と2つの刃がぶつかり合い、火花を散らす。ミシミシと乾いた音が鳴ると同時に闇の盾にヒビが入り始める。

「何!?」

「いけぇぇぇぇ!!」

 バリィン!ガラスが割れるような音と共に闇の盾は砕かれた。闇の盾を頼りにしていたルルドは体勢を崩して後ろ向きに倒れていく。

 歩はそこを逃さなかった。2つの刃を交差させて、ルルドの首にかける。ハサミと同じ容量で幼きルルドの首を跳ねた。

「何・・・だと・・・・」

 跳ねられた首は空中にしばらく滞在してから、ぼとりと床に血を撒き散らしながら転がった。

 首を落としても歩は警戒を解かなかった。ルルドの首に刃を向ける。

「この、青二才が・・・」

「未熟者と侮ったな。暴君」

「まだだ・・・まだ我は敗れておらぬ・・・」

 ルルドは首を跳ねられたにも関わらず歩と流暢に話す。

 歩はこの時思った。本当にまだ終わってないのではないのか?と。首を斬っただけでは死なないのではないのか?

 考えが深くなっていき、歩の顔が青ざめていく。歩は恐怖故にルルドの首から警戒が解けなかった。

 それが歩の今回の戦いでの失敗であった。ルルドの首に全意識を向けていると、背中に今まで味わったことのない痛みが走った。

「「「「「歩っ!!」」」」」

「なっ────!!」

 歩が後ろを振り向くと目を疑うような光景が広がっていた。首を断たれたはずのルルドの身体が歩の背中から氷の刃で心臓を刺していたのだ。

 ルルドの胴体は立ち上がると、更に深く氷の刃を刺していく。

「やめろぉぉぉぉ!!」

 真っ先に動いたのは亮一だった。亮一は煉獄刀を振るってルルドの氷の刃を気化させる。歩の身体は氷の刃が消えると同時に糸が切れた人形のように前向きに倒れていく。亮一は血まみれの歩の身体を優しく支えた。

「貴様がシグルではなくて心底良かったと思っているよ。もし、君がシグルだったら我の不意討ちは防がれていただろうからな」

 ルルドの胴体はルルドの喋る首を持ち上げると、首の断面にくっつける。するとルルドの首は元通りにくっついてしまった。

「さあ、どうする・・・?」

 この瞬間からルルドの真の恐怖を知ってしまった。気持ち悪くなるほどの魔力、首を落とされても死なない生命力。これは自分達と同じ生き物ではないと亮一達は身に染み付くほど実感した。
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