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八章 希望の光達

あの二人の帰還

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「・・・ん?」

 歩は本を読んでいると、何やら階段を上ってくる足音を聞き取った。それも一人ではない。二人だ。

「誰だ・・・?」

 妙に遅い足取りだ。疲れているのか?それとも怪我をしているのか?いずれにせよ気になる。

 歩はベッドから立ち上がり、扉を開けて廊下の様子を確認する。廊下の様子を見た歩は足音の正体に目を輝かせた。

「シトラ・・・!」

「歩っ!!」

 そう。正体は僕と同じ時にエルフの国へと修行に行っていたシトラと葵だった。

シトラは歩の姿を見るなり、猫のように飛びあがり、歩に抱きついた。そして犬の如く歩の頬をペロペロと舐め始めた。

「ちょ──!やめなさい!」

「あぁ~。歩の味・・・たまらない」

 駄目だ、この娘おかしくなってる。葵にも協力してもらってシトラを自分から引き離した。

「何するの!葵!数か月ぶりの再会だっていうのに!」

「うれしいのは分かるけど、ペロペロするのは流石に引くわ。そういうのは身体を綺麗にしてから部屋でやりなさい」

 そういうことを言ってほしかったわけではないが、まあ良い。葵は早くシャワーを浴びて着替えたいとシトラと一緒に病棟に5つしかないシャワー室へと向かっていった。

 数十分すると、二人は僕の使う部屋へと戻ってきた。綺麗になった二人に紅茶を出す。

 ジャジャ馬でもやはり貴族の娘だからだろうか、シトラは妙に上品に紅茶を飲むと、頬に手を触れながら喜びに浸っていた。

「あぁ~これだよ!歩の紅茶!最高っ!」

「どうも。二人共、見間違えるくらい強くなったね。ステータスが別人レベルだよ」

二人のステータスをサーチで確認すると、僕は心の底から驚いた。スキルは勿論、レベルは段違いにあがっており、ステータスも数か月前とは比べものにならない位にまで上がっている。

「歩だって、強くなってるじゃん」

「そうかな?ありがと」

 三人はしばらく世間話を続けた。授業中にあったことや、竜の巣にはドラゴンに変身できる老人がいたこと。そして、あの人の訃報もしっかりと話した。

 二人は口を抑えて驚愕し、涙を流した。こうなることは分かっていたが、真実はしっかりと伝えなければならない。歩は更に殺した人物が自分達を助けてくれたあの竜殺しだったということも話した。

「そうだったの・・・。それにしても歩どうやって倒したわけ?あの人めちゃんこ強かったじゃない」

「うん、確かに強かったよ。でも、僕新しい自分だけの奥義を編み出したんだ!」

「「へえぇー!!」」

 二人の瞳がキラキラとまるで無邪気な子供が綺麗な物を見たときのように輝く。

「ねえ!どんなのなの!見せて見せて!」

「ご、ごめん。実はその奥義、かなり身体に負担がかかっちゃうんだ。だから昨日までずっと寝っぱなしだったんだよね、僕」

 そう。歩はあの戦いの後、3日間眠りっぱなしだったのだ。起きても身体の筋肉痛は完全には消えきっていないとか。

「だからさっきまでこの本を読んでたんだ」

「なになに?・・・・『光と闇の調律』?」

「うん。ライムさんが探してきてくれてね。この本にはカオスモードの正しい扱い方が書いてあるんだ」

「じゃあ、その中に書いてあることを読めば歩はカオスモードを自由に使いこなすことができるわけ?」

「ううん、そういうわけじゃないっぽいんだ。この本に書かれているのはあくまでコントロールの仕方と維持の仕方だけ。それでも使用出来る時間がかなり上がるらしいから読んで無駄じゃないよ」

 歩が奥義の事に関して話していると、葵が何か言いたそうにそわそわとし始めた。歩がその様子を見逃すはずもなく、葵にどうしたの?と質問する。

「実はね、私も凄い魔術が使えるようになったの」

「えっ!どんなの?どんなの?」

「氷と炎と雷と毒と光と闇の6つの魔術を混ぜた究極の魔術、『シックスエレメンツ』。それが私が身につけた魔術」

「6つの魔術を1つに・・・?そんなことが出来るのかい?」

 歩も多少魔術を使えるから分かる。魔術を混ぜ合わせて1つにするのがどれ程大変なのか。自分の想像力が高くなければ発動できないだろうし、使用する魔力の量が半端ではない。

「実戦で使えるの?」

「まだ使ったことないけどね。でも、これは奥の手だから」

魔力の使用量を考えると奥の手で正解だろう。シトラも高度な弓の技を習得したとか。

 二人の成長を喜んでいると、どたどたと今度は慌ただしい足音が聞こえてきた。何だ何だと不思議に思っていると、その足音の正体が僕の部屋を開けてきた。

「歩っ!いるか!?」

「獅子丸!?どうしたの、そんなに慌てて」

 扉を開けて入ってきたのは亮一がヒノマルから連れてきた天才剣士獅子丸だった。獅子丸は昨日までいなかった葵とシトラに目を奪われる。

「あ、あれ?・・・誰?この人達・・・」

「ああ、紹介するよ。友達の葵と僕の恋人のシトラだよ」

「よろー!」「よろしくっ!!」

 獅子丸は慣れていない女性に頬を染めながらも歩に訪れた理由を述べる。その内容はあまりにも信じがたい話であった。

「魔族の国が魔物達に奪われた!!」



「───という訳なんです」

 ロマニア城の客人室に行くと、そこにはプリクルと護衛の兵士数人が立っていた。歩達が部屋に入ってくると、一礼して座らせ、何があったかを全て話した。

「まとめると、いきなり訳もわからず転送されて、国の様子を見てみたら魔物が蔓延っていた」

「そうよ。聞いてたら分かるでしょ!」

「相変わらず僕にだけ風当たりが悪い・・・」

 プリクルは以前会った時よりも僕を敵視していた。護衛の兵士にこそこそ話で聞くと、女王としての仕事が忙し過ぎて精神的に病んでしまっているのだとか。

 やはり、若い時から政治をやらせるべきではないのか?

「それよりも!何で貴方は竜の巣に行ったのに無事に帰ってきてるのよ!」

「なにそれ!?酷くない!?まるで死ねば良かったみたいな言い方!酷くない!」

「そうよ!死んじゃえば良かったのよ!そうすれば、シトラは・・・ふふっ」

 流石の歩の最後の一言には心底引いてしまった。これはかなり病んでいるぞ、と。護衛兵も申し訳なさそうに歩を見ている。

 歩はどうすれば良いか考えた。どうすればプリクルを落ち着かせられる?自分に出来るセラピーは何だ・・・?

 答えはすぐに浮かんだ。そうとなると歩は立ち上がり、客人室を出ていく。

「ど、どうしたの・・・歩?」

 シトラもプリクルの病みようにかなり引いてしまっているようだ。歩は今まで見せたことのない目つきでシトラに言いはなった。

「今からふんわりハチミツたっぷりパンケーキを作ってくる。それでプリクルも少しは落ち着くだろう」

「フンッ!パンケーキ程度で私は宥められないわよっ!!」

「今に見てろ・・・」

 歩はそう言い残して出ていった。それから数十分後、ガチャリと客人室のドアノブが音を立てる。歩が再び客人室に帰ってきたのだ。

 左手に甘いものが大好きな女性なら飛び付いてでも食べたくなるようなパンケーキを携えて。見た目の素晴しさにその場にいる全員が涎を垂らしてしまう程(獅子丸はパンケーキは知らない為、頭にハテナを浮かべているが)。

 ハチミツが香るプリクルは、目をキラキラさせながらパンケーキを眺める。だが、一向に食べようとはしない。何故なら、そこに、ナイフとフォークが無いからだ!

 プリクルはナイフとフォークは何処?と歩に目で訴える。すると、歩はすっ、とナイフとフォークを出してこう言った。

「食べたい・・・?」

「・・・・・別に」

「じゃあ、葵にあげるとしますか。葵、このパンケーキ食べて良いよ」

「えっ!?」

「え、良いの?やったー」

 葵は歩にナイフとフォークをもらうと、パンケーキを自分の方へと寄せる。プリクルは涎をだらだらと赤ん坊のように垂らしながらパンケーキを見つめている。

 プリクルは知っている。葵は大のスイーツマニア。パンケーキを食べて良いと言われたら食べるに決まっている(なお、葵は食べる気は1つもありません)。

「いただきまー・・・」

「ダメぇ!!」

「ぐべほっ!!」

 何とプリクルは葵からパンケーキを奪って食べ始めたのだ。最近甘いものを食べていないのか?はたまた歩のパンケーキが美味しいのか?涙を流しながらパンケーキを食べる。歩はその姿を見て満足そうに頷く。

 渾身のパンケーキはものの5分で無くなってしまった。やはり糖分が足りていなかったんだなと歩はガッツポーズを取る。

 口元にだらしなくついたハチミツとパンケーキのカスをハンカチで拭き取ると、プリクルは恥ずかしそうに歩の方を向いて謝った。

「すみませんでした。私ともあろうものがストレスで取り返しのつかない暴言を・・・」

「大丈夫ですよ、気にしないでください。誰だって無償にムカついて人に当たってしまうことはあるんですから」

 歩はこの後、護衛兵に泣きながらお礼を言われた。
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