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一章 英国貴族少女護衛

北野正、別名変態

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「明鏡止水、身体を見なくても分かったよ~。何たってこんなに綺麗なお顔してるもんね~」

 ニコニコと笑顔を称えながら瑠璃の刀に向けて話す中年の男は自然な手つきで鞘と柄を抜き、刃だけの姿にする。

「裸を見られるのは辛いと思うけど~我慢してね~」

 中年サラリーマンが、お気にいりのキャバ嬢に向けて使うような言葉遣いに瑠璃はただ1人呆然としていた。

 壱朗は苦虫を噛んだような、島崎は苦笑を浮かべている。

「田端さん、俺がここに連れてきたくなかった理由分かってくれた?」

「うん・・・でも、この人北野が私の刀に向かって話しかけてるのだけは理解できない・・・・・・」

「ごめんね、瑠璃ちゃん。これはね、なの」

「癖?」

 刀鍛冶、それ以前に刀からは出てこないであろう言葉に瑠璃は戦慄する。巨大な妖怪に出くわした時よりも身体の震えは大きい。

「師匠はね、刀にしか恋愛感情を持てない変態なの。だから女の子に話しかけるように刀に話しかけてるのよ」

「そんな人いるんですかっ!?」

「恐らく世界でこの人しかいないと思う」

 刀鍛冶だけじゃなく、職人という人達は自分の作った物に愛を注ぐ。北野正はその愛が多き過ぎるだけなのだ。そしてその愛が他の刀鍛冶が作った刀にも及ぶだけなのだ。

「だから人の恋人が作れずにいるの。私、住み込みなんだけど、1回も欲情された事無いわ」

「ええっ!?島崎さんみたいな綺麗な女性にですかぁ!?」

「俺も最初は田端さんみたいに驚きましたよ。理解するのに1週間かかりました。島崎さんもいなかったし」

 壱朗は北野正と9歳の頃からの知り合いだが、北野が恋人らしき人と共にいる所を見たことがない。

「でも、腕は確かなんだ。実際にほら、もう綺麗になってるよ田端さんの刀」

「ほ、ホントだ!!」

 作業をしていた北野の手元を見ると、そこには新品ように輝く瑠璃の刀があった。

「良し!できたぞ!!───って、壱朗いたのか?あと誰だね君は?」

「今さら!?」

「相変わらず刀見たら人が見えなくなるんすね。この人はその刀の持ち主ですよ」

「ああ、そうなの?すまんすまん!明鏡止水はネットでしか見たことがなかったもんだからつい魅了されてしまった」

「いえ、お気になさらず・・・・・・ところでお値段は?」

「いや、いらん。俺ちゃんが勝手に研いじゃったから。それでお金を貰うのはちょっと気が引けるかな?」

「ホントですよ。私が研ごうと思ったのに・・・」

「すまん!すまん!───ところで、明鏡止水の持ち主さん、君のお名前は?」

「田端、瑠璃です・・・」

「田端?・・・ああ!戦刃流の本家か!!」

「知ってるんですか!?」

「当たり前よ!刀に関連する事なら日本の誰よりも頭に入れてるぜ」

 虚言のように聞こえるが実は虚言でもない。幼い頃から兵法やら刀の打ち方等の本ばかりを読んでた北野の頭には日本の刀文化が押し込められているのだ。日本史を研究する大学教授でさえ舌を巻くほどに。

「繁盛してるらしいですね」

「ああ!何たってうじゃうじゃ妖怪が出現してるからな!お陰で。しくしく・・・」

「娘?嫁?」

「常識人でも分かるように翻訳するとね、『打った刀を購入者に渡した』っていう意味になるわ」

 北野正は刀への愛が深すぎる。それ故に自分の打った刀を娘、買ってくれた人をお婿さんと呼ぶ。

 因みに嫁も刀である。銘は『人間無骨』。織田信長公が持っていたとされる名刀。普通なら何処かの博物館に展示されているはずの代物だが、何故だか北野正が所持している。くすねたわけではなさそうだ。

「壱朗、お前に嫁に行かせた娘達刀2本の具合も見てやる!貸してみな!」

「ホントですか!じゃあ、お言葉に甘えて───」

 壱朗は北野に愛刀である睦月むつきと脇差の如月きさらぎを渡す。

「金は取らねぇから、代わりにいつものやってくれねぇか?」

「はいはーい」

「アレって?」

「フフッ、瑠璃ちゃんも一緒に来れば分かるよ」

 瑠璃と島崎は壱朗についていくように居間の隣の部屋である和室に入る。そこには数えきれない程の武具が壁に立て掛けられていた。部屋の真ん中には木の棒に括りつけられ、立てられた巻き藁がある。

「もしかして・・・試し斬り?」

「はい。北野さんが変な素材で作り出した刀で巻き藁を斬って切れ味を確認するんです。動画を取りながら」

「サンプル用に?」

 部屋の隅を見ると、最新型のビデオカメラが付けられた三脚が置いてある。

「サンプル用って意味もあるけど、ネットに流す為っていうのが大きいかな?SNSでたまに流れてこない?変な刀身の動画」

「あの動画って壱朗が斬ってたの!?」

 ツミッターで絶大な評価を受けているアカウントがある。名前は『匠の刀』。北野正のアカウントだ。

 自分の娘達をもっと世に知らしめたい。そんな小さな動機がきっかけで始まったツミッター活動。素材の入手困難と作成の為、月に1度しか動画は上げるが、フォロワー数は200万人越え。お陰で仕事も尽きることがないらしい。

 壱朗は自分の刀を定期的にタダで点検してくれる事を条件に試し斬りをしているのだ。

「それで、今日はどんな刀なの?」

「これよ。竜の骨で作った骨刀」

「えっ、そんな高級品どうやって・・・」

「そのくらいあの人稼いでるんですよ。・・・でも、今回は本当に奮発しましたね」

 竜の骨。絶滅危惧種であり、生命体最強種族『ドラゴン』の骨。その価値は骨1本で、象牙100本分である。

 流石にそんな金をただの鍛冶屋が持っているわけではないので、刀が作れるぐらいの量しか買えなかったらしいが。

「フォロワー200万人突破記念のおめでたい刀だからスパッと斬っちゃってね?」

「ハハハ、プレッシャーかけないで下さいよ~」

 壱朗は表面では、軽い口調で言ってはいるが実際はガチで緊張している。自分ではない人の記念に立ち会っている事、使われている素材が高級品な事の2つが壱朗の手から発汗させている。

「じゃ、壱朗行くよ~?」

「は、はーい!」

 瑠璃と島崎はカメラの後ろへと回り、起動させ、壱朗を映す。

「すっー・・・はぁー・・・」

 程よい緊張は人の実力を引き出す。壱朗も何度もそのような体験をしてきたので知っている。しかし、今は程よい緊張では済んでいない状況だ。

 心の中はお祭り騒ぎ。1年に一度行われる所沢祭りのよう。そんな喧騒の中、ポツリと一人正座をする。

 現実でも心の中でも深呼吸。この2つの場で行う事で意味が成される。少なくとも壱朗は。

 鉄色・・・ではない真白な刃を鞘から引き抜き巻き藁と向き合う。

 これは巻き藁。そう分かっていても壱朗には巻き藁が武装した敵に見えた。深呼吸と同時に自然と自己暗示しているのだ。

 狙うは右肩。袈裟斬りだ。右上から左下へと刃を振り下ろす。

 ドサッ─────。

 竜の骨で作られた刀は想像以上に切れ味が良く、まるで豆腐を斬るように巻き藁を斬る事に成功する。

 元から硬度には全く心配はしていなかった。何たって竜の骨なのだから。心配していた点は切れ味。しかし、無駄な心配だったようだ。

「北野さんが作ったんだ。切れ味が悪いわけないよな」

「スッゴい・・・ねぇ、私にも振らせてよ!」

 あまりの切れ味に瑠璃も興味を惹かれたらしく、壱朗から竜骨刀を借りて残った巻き藁を斬る。斬る。斬る。

「ウッハー!何これ!スッゴい斬れる!グミ斬ってるみたい!」

「すごいでしょ?私の師匠。変態だけど」

 ご満悦のようだ。3人で竜骨刀で盛り上がっていると、北野が壱朗の愛刀2本を持って和室にやってきた。

「壱朗できたぞ───お!斬れたのか!!」

「はい。素晴らしいデキの刀でしたよ」

「そうかそうか。ホレ、お前の刀だ」

「ありがとうございます」

 北野の腕は分かっているが、確認の為、刀身を抜いて目視する・・・・完璧以上だ。

「ところで、壱朗君。少し良い話があるんだが・・・聞かないかね?」

「良い話って?」

「実は、お前の剣術にピッタリなが見つかったんだ」

 魔剣。魔力で何らかの能力が付与された剣。刀の場合は妖刀と呼ばれる。値段は刀の約2倍。

 神話だと神や選ばれし者しか作れないようなイメージがある代物だが、実はそんな事はない。とても難しいが技術を習得すれば普通の鍛冶職人でも自分の打った刀に妖術で能力を付与する事ができる。

 実際、瑠璃が使っている刀『明鏡止水』も水の妖術の威力増加という効果が付与されている。水の妖術が得意な瑠璃にピッタリの刀なのだ。

 壱朗の刀はと言うと、何の能力も付与されていない。別に無いと駄目というわけではないが、あった方が便利な上、壱朗も自分の刀に付けたがっていたのだ。

 しかし、ピッタリの能力がない。それ故に壱朗は自分の刀を妖刀にしていなかったのだ。

「えっ!?マジっすか?どんなの?」

「見つかったのは良いんだが・・・その能力の本が高過ぎて買えないんだ・・・」

 妖刀の作成難易度が高い理由その2。付与することはできても、その方法が書かれた本が高い。付ける能力によって方法が変わるのだ。

「だから・・・少しお金を貸してはくれないかい?」

「そんな事ですか。勿論貸します!────と、言いたいんですが。俺ん家もまだ問題が山積みなんで今ほお金は出せないです。すんません」

「ああ、良いんだ。金が集まったら言ってくれ」

 こうして壱朗と瑠璃は北野の鍛冶屋を後にする。それから3日後、日本剣士隊の精鋭達によって、妖怪大量発生の原因は突き止められ、町の雰囲気は元に戻るのであった。
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