上 下
54 / 58
5章 過去からの声

53. 崩壊

しおりを挟む
 美しい街の、賑やかで楽しい祭りは、一瞬にして消え去った。

 ゴブリンやオーク達が辺りを駆け回り人を襲う。巨大なオーガが建物を破壊する。

 どこからか火の手が上がったのが、焦げたような臭いが辺りに充満し初めた。

 この惨状を作り上げたのが、あの、アルストルへの愛を語っていたランドルフだというのが信じられない。

 

 混乱した状況の中、ランドルフがどこかへ駆けていくのが見えた。

 ノアがそれを追いかけようとして――

 

「ぐっ……」



 苦しそうに呻いて、その場に蹲った。

 

「ノア!?」



 シャーロットは慌てて駆け寄ろうとしたが、ばちっ、と足に衝撃を受け、思わず立ち止まる。

 ノアから、黒い魔力が溢れおちて、地面を焼いていた。

 

「なに、これ、濃すぎる……!」



 阿鼻叫喚の最中だ、ある程度負の感情が辺りに溢れるのは分かっていた。

 しかし予想以上にそれが濃く、経験したことない勢いでノアの中に魔力が流れ込んでくる。

 ただでさえ器の限界が近いのに、このまま気を抜けば一瞬で崩壊してしまう。

 体が引き裂かれそうな痛みを堪えながら、ノアは魔力を暴走させないように必死に抑え込んだ。

 

「危ないから、離れてて、シャル……!」



(ノアが、こんなに苦しんでいるのに、私は何もすることが出来ない……!)

 

 聖力が使えれば、ちゃんと聖女として覚醒していれば、ヒロインの「シャーロット」なら、ノアを救うことが出来たかもしれないのに。

 助けてもらうばかりで、肝心なときに何も返すことが出来ない。

 己の無力さを痛感し、シャーロットは唇を噛み締めた。

 

 ――その時だった。

 

 物陰に隠れて様子を伺っていたランドルフが、小さな魔術の弾を放った。

 弾は勢い良く真っ直ぐに、今度はノアに防がれること無く、正確にシャーロットを背後から撃ち抜く。

 

「あ……」



 小さな声を上げ、何が起こったかわからないまま、シャーロットは意識を失い地面へ崩れ落ちる。

 それ確認したランドルフは、いつもと普段通りの穏やかな表情のまま歩み寄ると、軽々とシャーロットを抱き上げた。

 

「っ、シャル!……うっ」



 必死に溢れ出る魔力を抑えながら、ノアはシャーロットの元へ行こうともがいたが、痛みで上手く動くことが出来ない。

 

「魔結晶には負のエネルギーを増幅させる効果があるというのは、どうやら本当みたいですね。……なんでラヴィニアさんがそんなことを知っていたんでしょう? まあ、どうでもいいことですが」



 苦しむノアを見下ろしながら、ランドルフは呟いた。

 

「……シャルを、返せ……っ」

「それは出来ません。彼女を渡すよう、約束しているので。……では、私はこれで失礼しますね」



 ランドルフは巻物を取り出すと、それを勢い良く引き裂いた。

 同時に、その姿が掻き消える。

 瞬間移動のスクロールを使用したのだろう。

 

「シャル!……くそっ」



 こうなっては、もう形振り構っては居られない。

 ほぼ暴走しているため、上手く魔力の制御が出来ず、大きな魔法は使いたくても使えない。

 僅かな魔力で、なんとしてもシャーロットを取り戻さなければならない。

 ――彼女はノアの、最後の希望なのだから。

 

「カイ!」

「……はい、ノア様。ここに」



 魔力を込めてその名を呼ぶと、音もなく背後から腹心が現れる。

 

 ランドルフの行方はわからないが、先程仮面を付けた誰かを引き渡したと言っていた。

 それはきっとメロディだ。

 メロディの居場所が分かれば、おのずとランドルフの目的地もわかるだろう。

 

 少ない魔力で人の居場所を特定するには、何か補うものが必要だ。

 例えば髪の毛。例えば血。要するに肉体の一部である。

 必要な魔力は少し増えるが、血の近しい者の媒体でもそれは可能だ。



 痛みを押さえつけ、ゆっくり立ち上がりながらノアは言った。

 

 

「……カイ、お前の血が、必要だ。メロディの……お前の姉の、居場所を突き止めたい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...