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5章 過去からの声
53. 崩壊
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美しい街の、賑やかで楽しい祭りは、一瞬にして消え去った。
ゴブリンやオーク達が辺りを駆け回り人を襲う。巨大なオーガが建物を破壊する。
どこからか火の手が上がったのが、焦げたような臭いが辺りに充満し初めた。
この惨状を作り上げたのが、あの、アルストルへの愛を語っていたランドルフだというのが信じられない。
混乱した状況の中、ランドルフがどこかへ駆けていくのが見えた。
ノアがそれを追いかけようとして――
「ぐっ……」
苦しそうに呻いて、その場に蹲った。
「ノア!?」
シャーロットは慌てて駆け寄ろうとしたが、ばちっ、と足に衝撃を受け、思わず立ち止まる。
ノアから、黒い魔力が溢れおちて、地面を焼いていた。
「なに、これ、濃すぎる……!」
阿鼻叫喚の最中だ、ある程度負の感情が辺りに溢れるのは分かっていた。
しかし予想以上にそれが濃く、経験したことない勢いでノアの中に魔力が流れ込んでくる。
ただでさえ器の限界が近いのに、このまま気を抜けば一瞬で崩壊してしまう。
体が引き裂かれそうな痛みを堪えながら、ノアは魔力を暴走させないように必死に抑え込んだ。
「危ないから、離れてて、シャル……!」
(ノアが、こんなに苦しんでいるのに、私は何もすることが出来ない……!)
聖力が使えれば、ちゃんと聖女として覚醒していれば、ヒロインの「シャーロット」なら、ノアを救うことが出来たかもしれないのに。
助けてもらうばかりで、肝心なときに何も返すことが出来ない。
己の無力さを痛感し、シャーロットは唇を噛み締めた。
――その時だった。
物陰に隠れて様子を伺っていたランドルフが、小さな魔術の弾を放った。
弾は勢い良く真っ直ぐに、今度はノアに防がれること無く、正確にシャーロットを背後から撃ち抜く。
「あ……」
小さな声を上げ、何が起こったかわからないまま、シャーロットは意識を失い地面へ崩れ落ちる。
それ確認したランドルフは、いつもと普段通りの穏やかな表情のまま歩み寄ると、軽々とシャーロットを抱き上げた。
「っ、シャル!……うっ」
必死に溢れ出る魔力を抑えながら、ノアはシャーロットの元へ行こうともがいたが、痛みで上手く動くことが出来ない。
「魔結晶には負のエネルギーを増幅させる効果があるというのは、どうやら本当みたいですね。……なんでラヴィニアさんがそんなことを知っていたんでしょう? まあ、どうでもいいことですが」
苦しむノアを見下ろしながら、ランドルフは呟いた。
「……シャルを、返せ……っ」
「それは出来ません。彼女を渡すよう、約束しているので。……では、私はこれで失礼しますね」
ランドルフは巻物を取り出すと、それを勢い良く引き裂いた。
同時に、その姿が掻き消える。
瞬間移動のスクロールを使用したのだろう。
「シャル!……くそっ」
こうなっては、もう形振り構っては居られない。
ほぼ暴走しているため、上手く魔力の制御が出来ず、大きな魔法は使いたくても使えない。
僅かな魔力で、なんとしてもシャーロットを取り戻さなければならない。
――彼女はノアの、最後の希望なのだから。
「カイ!」
「……はい、ノア様。ここに」
魔力を込めてその名を呼ぶと、音もなく背後から腹心が現れる。
ランドルフの行方はわからないが、先程仮面を付けた誰かを引き渡したと言っていた。
それはきっとメロディだ。
メロディの居場所が分かれば、おのずとランドルフの目的地もわかるだろう。
少ない魔力で人の居場所を特定するには、何か補うものが必要だ。
例えば髪の毛。例えば血。要するに肉体の一部である。
必要な魔力は少し増えるが、血の近しい者の媒体でもそれは可能だ。
痛みを押さえつけ、ゆっくり立ち上がりながらノアは言った。
「……カイ、お前の血が、必要だ。メロディの……お前の姉の、居場所を突き止めたい」
ゴブリンやオーク達が辺りを駆け回り人を襲う。巨大なオーガが建物を破壊する。
どこからか火の手が上がったのが、焦げたような臭いが辺りに充満し初めた。
この惨状を作り上げたのが、あの、アルストルへの愛を語っていたランドルフだというのが信じられない。
混乱した状況の中、ランドルフがどこかへ駆けていくのが見えた。
ノアがそれを追いかけようとして――
「ぐっ……」
苦しそうに呻いて、その場に蹲った。
「ノア!?」
シャーロットは慌てて駆け寄ろうとしたが、ばちっ、と足に衝撃を受け、思わず立ち止まる。
ノアから、黒い魔力が溢れおちて、地面を焼いていた。
「なに、これ、濃すぎる……!」
阿鼻叫喚の最中だ、ある程度負の感情が辺りに溢れるのは分かっていた。
しかし予想以上にそれが濃く、経験したことない勢いでノアの中に魔力が流れ込んでくる。
ただでさえ器の限界が近いのに、このまま気を抜けば一瞬で崩壊してしまう。
体が引き裂かれそうな痛みを堪えながら、ノアは魔力を暴走させないように必死に抑え込んだ。
「危ないから、離れてて、シャル……!」
(ノアが、こんなに苦しんでいるのに、私は何もすることが出来ない……!)
聖力が使えれば、ちゃんと聖女として覚醒していれば、ヒロインの「シャーロット」なら、ノアを救うことが出来たかもしれないのに。
助けてもらうばかりで、肝心なときに何も返すことが出来ない。
己の無力さを痛感し、シャーロットは唇を噛み締めた。
――その時だった。
物陰に隠れて様子を伺っていたランドルフが、小さな魔術の弾を放った。
弾は勢い良く真っ直ぐに、今度はノアに防がれること無く、正確にシャーロットを背後から撃ち抜く。
「あ……」
小さな声を上げ、何が起こったかわからないまま、シャーロットは意識を失い地面へ崩れ落ちる。
それ確認したランドルフは、いつもと普段通りの穏やかな表情のまま歩み寄ると、軽々とシャーロットを抱き上げた。
「っ、シャル!……うっ」
必死に溢れ出る魔力を抑えながら、ノアはシャーロットの元へ行こうともがいたが、痛みで上手く動くことが出来ない。
「魔結晶には負のエネルギーを増幅させる効果があるというのは、どうやら本当みたいですね。……なんでラヴィニアさんがそんなことを知っていたんでしょう? まあ、どうでもいいことですが」
苦しむノアを見下ろしながら、ランドルフは呟いた。
「……シャルを、返せ……っ」
「それは出来ません。彼女を渡すよう、約束しているので。……では、私はこれで失礼しますね」
ランドルフは巻物を取り出すと、それを勢い良く引き裂いた。
同時に、その姿が掻き消える。
瞬間移動のスクロールを使用したのだろう。
「シャル!……くそっ」
こうなっては、もう形振り構っては居られない。
ほぼ暴走しているため、上手く魔力の制御が出来ず、大きな魔法は使いたくても使えない。
僅かな魔力で、なんとしてもシャーロットを取り戻さなければならない。
――彼女はノアの、最後の希望なのだから。
「カイ!」
「……はい、ノア様。ここに」
魔力を込めてその名を呼ぶと、音もなく背後から腹心が現れる。
ランドルフの行方はわからないが、先程仮面を付けた誰かを引き渡したと言っていた。
それはきっとメロディだ。
メロディの居場所が分かれば、おのずとランドルフの目的地もわかるだろう。
少ない魔力で人の居場所を特定するには、何か補うものが必要だ。
例えば髪の毛。例えば血。要するに肉体の一部である。
必要な魔力は少し増えるが、血の近しい者の媒体でもそれは可能だ。
痛みを押さえつけ、ゆっくり立ち上がりながらノアは言った。
「……カイ、お前の血が、必要だ。メロディの……お前の姉の、居場所を突き止めたい」
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