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4章 赤い月が昇る

47. 赤月祭

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 男たちはそそくさと姿を消そうとしたが、シャーロットはそれを呼び止めてゾウの魔道具を返してもらった。
 どこかでメロディに会ったら返そう。そう思いシャーロットはそれを鞄に突っ込んだ。
 気の抜けたゾウをノアはなんとも言えない表情で見ていたが、触れないことにしたらしい。
 やがて口にしたのはシャーロットへの文句だった。

「あんまり一人で外をふらふらしないで欲しいんだけどな。化粧しているときは特に」
「でも、別にそこまで危なくはないですよ?」

 そこらにいる魔導師崩れが束になってかかったところで別に負ける気はしない。
 シャーロットは思わず反論した。
 強力な魔法が使える、ということはシャーロットにとって重要な心の拠り所だった。
 
「確かにシャルの魔力は強力だけど、だからといって油断していると格下に足を掬われかねない。あまり慢心しない方が良い。まして、経験は殆ど無いんだからね」

 一分の隙もない正論だった。
 そういえば原作の「シャーロット」を鍛えたのはこの人だったな、と改めて思い出す。
 
「それは……その通りだと思います。すみません」

 素直に謝ると、ノアは柔らかく微笑んだ。
 
「それだけじゃないよ。単に……僕が嫌なんだ。シャルに少しでも危害を加えられる可能性があるのがね」

 予想外の言葉に思わず照れたシャーロットは、誤魔化すように話題を変えた。
 
「もっと……他に言うことがあるんじゃないですか? ほら、よく見てください。今日もメロディさんにやってもらったんです」

 以前まともに褒めて貰えなかったのが引っかかっていたのか、そんな言葉が口から飛び出す。
 
「ああ――信じられないくらい綺麗だよ。他人に見せるのが勿体ないくらい」

 存外あっさりと褒められ、シャーロットはますます赤面した。
 こう――直球に来るとは思ってなかった。完全に誤算だ。
 
「ただ、折角『赤月祭』だからね。うーん、そうだな……」

 少しだけ考え込み、ノアは指を鳴らした。
 瞬間、ノアの居た場所に見覚えのない青年が姿を現す。
 
「え、ノア……?」
「君と色彩を交換してみた。どう?」

 髪と瞳の色が変わるだけで、こんなにも印象が変わるのか、とシャーロットは驚く。
 男性にしては少し長い銀色の髪は、触るのをためらわれる程清らかに見えたし、切れ長の目も瞳が瑠璃色になることで清廉な印象を覚える。
 まるで精巧な作り物のようだった。ルミナリアに行けばその容姿だけで信仰を集められそうだ。
 
「信じられないくらい綺麗です」

 先程のノアと同じ言葉を返す。
 シャーロットは丁度近くにあった窓に映り込む自分の姿を確認した。
 交換した、というノアの言葉どおり、シャーロットの色彩も変化していた。
 ゆるやかに波打つ髪は濡羽のような黒に、瞳は普段のノアと同じ、ルビーの様な紅に変化している。

(なんだか、大人っぽいわ!)

 シャーロットは嬉しくなり思わず微笑んだ。
 実際には大人っぽいどころではなく、色香が匂い立つような妖艶な姿になっていたのだが――そこまでは思い至らなかった。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 
 二人で街を巡る。
 なんの肉かわからない串焼き肉を食べた。香ばしくて美味しかった。
 
 吟遊詩人の歌を聞いた。
 意味はわからないが、不思議な響きの心が揺さぶられるような旋律だった。
 シャーロットはその歌についてノアに尋ねた。

「ああ、古から伝わる古歌だよ。赤月が昇った時、あの歌を一斉に歌うのがこの祭りのいちばん重要なところだね」
「どういう意味なんですか?」
「さあ、ウィンザーホワイトが建国される以前から伝わる歌だからね。確実なことはわからない。この島に恵みに感謝している、というのが主な説だけど――」
「……あ」

 説明は途中だったが、シャーロットは露店に並んでいた商品に気を取られ完全に意識がそちらに行ってしまった。
 それは、瑠璃色の石があしらわれた耳飾りだった。シンプルなデザインで、着ける人間を選ばない。
 
「お目が高いね、お嬢ちゃん。そいつにはちょっとした祝福がかかっているんだ。なんでも、身に着けた者を魔から守り、幸運をもたらすそうだよ」

 シャーロットの様子に気づいた店主が言った。
 
「欲しいの?」

 ノアが尋ねる。ねだれば買ってもらえそうだ。

「ええ、まあ……」

 しかし、シャーロットはそう言って自分でその耳飾りを購入した。
 あまり使う機会の無かった騎士団からの報奨金が役に立った。
 
「ちょっと屈んでください」

 その言葉に従いノアは少し屈む。丁度シャーロットと目線が合う格好になった。
 シャーロットは購入したそれを手間取りながらノアの耳に着ける。
 
「僕にくれるの?」
「今の色彩にぴったりだな、と思って……」

 実際、それはノアによく似合っていた。
 それに、身に着けた者を魔から守り、幸運をもたらす、という触れ込みも良かった。
 
 ノアに悪いことが起こりませんように。幸運が訪れますように。そう願いながら着けた。
 ノア自身が魔そのものということは一旦考えないようにする。
 
「あと、この腕輪のお返しです」

 シャーロットがそう言うと、ノアは顔を綻ばせた。
 
「ありがとう。――シャルの瞳と同じ色だね」
「そういうつもりじゃないです!」

 それは照れ隠しの嘘だったが、ノアは何もかも分かっているとばかりに微笑むばかりだった。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 
 楽しくて、夢のような時間だった。
 二人で時間を過ごすうち、シャーロットは薄々気づき始めていた。
 
(私、きっと、ノアのこと――)
 
 まだはっきりとした形にはしたくなくて、思考をそこで止める。
 それは、本能だった。
 
 シャーロットはノアの態度にどこか影があるのに気づいていた。
 ノアがふとした瞬間に見せる切なげな表情に、シャーロットは胸が締め付けられる思いがした。
 まるで楽しい二人の時間はこれが最後なのではないかという気がして。
 
 そろそろ日が落ちようか、という頃、二人は港に足を運んでいた。
 街の中心部から少し外れているため、普段より閑散としている。
 
「――シャーロット」

 やがて、ノアが切り出した。
 
「君に、伝えないといけないことがある。まず――君は、本物の聖女だ。魔王である僕が保証する」

 知っている、とは言えなくて、シャーロットは曖昧な表情で頷いた。
 そして、感情を感じさせない無機質な声音でノアは続ける。
 
 
「君をこれまで側に置いていたのは、僕を封印して貰うためなんだ。聖女として、役目を果たして欲しい」
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