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決別

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 白けていく頭でなんとか口を開く。握った拳は熱かった。
「ユ、ユリウス様はよくこちらに……?」
 この男は生粋の女たらしだ。いつでも何処でも女性を侍らせている。
 よく考えれば欲を発散する、上流貴族の澱みたいなこの場に居てもおかしいことはない。王族のしきたり――純潔とて、女性に限ったことなのだから。
 しかし、王子は軽く笑い飛ばす。
「まさか」
「じゃ、じゃあ……なんで」
「なんでって……。それはさっきも言ったけど、メティの誤った道を正すのが婚約者たる僕の役目だからね」
 またそれだ……。
 この男はいつもそう言って、私の行動を制限した。
 やれ、肩は出すな。宝飾類は身につけるな。紹介した者以外とは話すなと。
 自分はその全てをこなしたご令嬢と遊んでいる癖に、私には全てを排除させて端に追いやるのだ。
 思い返せば沸々と積年の恨みが沸き上がる。
 力強く押し返し、奥歯を噛み締めてから王子を睨み上げた。
「大体なんで私の予定をご存知なんですか! 恐ろしい!」
「メティのことならなんでも知ってるさ」
 ははっと笑われた。
 ダメだ、話にならない。
「さっ、城に帰ろっか? こんなところメティには似合わない」
 再び距離を詰めてくる。あっでもネグリジェはよく似合ってるよ、なんて爽やかに付け足しながら。
 さっきまではやる気満々だった癖に、どの口が言ってんだ。
 私は近寄る王子をかわしてそっぽを向く。
「何故、城に? 私は私の屋敷に帰ります」
「……え?」
 なにその、何言ってんのこいつ顔。
「でも、もうほら……」
「指差すな!」
 王子は寝台に残る情事の跡、それも純潔の証を指差した。
 私は慌ててシーツで覆い隠す。
 何処までもデリカシーのないやつだ。
「既成事実あるし」
「証拠はありません」
 此処は仮面舞踏会。屋敷のあちこちで見知らぬ者同士の情交がおこなわれていたはずだ。
 誰と、なんか証拠などはない。
「困った子だなぁ……」
 やれやれと王子が息を吐く。
 ユリウス様がね! 私は心で罵り背を向けた。
「とにかく私は帰りますので」
 屋敷を出れば私の勝ち。
 あとは、親に報告さえすれば破談待ったなしというわけだ。
「では」
 二度と関わらないでください、さようなら。
 頭の中で手を振り、昨晩置いたハンカチを手に取った。ベッド横のナイトテーブルに置いておいたのだ。
「待って!」
 腕を掴まれ、すかさず王子を向く。
 目が合った瞬間、躊躇わずに口を押さえ込んだ。
 途端に王子の力が抜けていく。
「ふふっ、どうかごゆっくりお休みくださいね」
 避妊薬と併せ、危なそうな奴対策で気絶薬を姉から渡されていた。ハンカチに包んで潜めておいて正解だった。
 ありがとう、お姉様!
 鼻唄まじりにランランと着替えを進めていく。
「さようなら」
 ベッドにもたれるように倒れた王子を横目で見遣り、喜色満面で手を振ってから部屋を出た。
 帰路へつく私の足取りは非常に軽い。
 二度と会いたくない、そんなことを思った。
 だから――
 私を見送る王子の笑みなんかは、まるで気がつくことはなかったのだ。
 
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