上 下
51 / 76
誘拐

嵐の前に

しおりを挟む
「姫、お手を」
 やられた。
「おや、顔色が優れないようだね。やはり今日は城に戻って、僕たちの聖域サンクチュアリでゆっくりと過ごそうか」
 やられてしまった。
「では、ジル。ミラ・オーフェル、イルヴィス・アラストリアの両名を、恋煩い不治の病として欠席の連絡を入れておいてくれ」
 私は今、王子と共に登校をしていた。
 昨日といえば、シャーレア様から癒しを得て、その善性を十分に浴びた私は、王子の言いつけ通りいつもの部屋に足を運んでいた。
 当たり前のように両手を拘束され、ジルさん看守のもと、出された紅茶やらお菓子やらをぽりぽり貪った。
 けれど、結構待っても来ないので、気を利かせたジルさんと――
『ミラ様も、枷が様になってまいりましたね』
『うるさいですよ』
 ――なんて、他愛もない会話を交わしつつ。
 結局、様子を見に行ったジルさんから、
『盛り上がっておられるようでして、もう少しお時間が掛かりそうですね』
 と言われたので、
『そうですか。では残念ですが、私はここで……』
 喜色満面、しかし楚々と立ち上がったところで、不自然な眠気に襲われた。
 これは、まさか!
 グラつく頭で、ジルさんを見る。すると、綺麗な笑みを浮かべていて。
 や、やられた!
『ははっ、ミラ様は相変わらずお薬がよく効く体質で助かります』
 そんな言葉と共に私はソファーへと倒れ込み、視界をブラックアウトさせていったのであった。
 ていうか、ペンタ草使う気満々なら、絶対拘束いらないでしょ!
 と、いうわけで現在いま
 相変わらず絢爛豪華な盛装馬車の前にて、私は王子に手を差し出されていた。
 当然の如く私はドン引きで、
「なんだ、姫って……」
 ボソボソと呟けば、王子は逸らした私の顔をわざわざ覗き込んできた。怖いわ!
 すかさず顔を反対方向に振り切る。慌てて、視界から王子を追い出した。
「ほら、君は今朝からずっとつれない態度だろう。僕と目を合わせてくれない。だから、趣向を変えて喜んで貰おうと思ったんだけど、失敗だったかな?」
 王子の声色は心なしか哀愁が漂っていた。
 つれないって……、つれたことなんか一回もないはずだけど。そんなことを思いながらも、罪悪感が胸をチクチク突いてくる。
 意思の弱い私が、横眼でチラリと覗いてみれば。
「すっごいニヨニヨしてる!」
 またしても、やられた。
「あ、やっと目が合ったね。君は優しいから、絶対に向いてくれると思ったんだ」
 策士だ! この人役者だ!
 ぐぬぬと唇をきつく結んで睨みつけた。
「どうしたんだろうね? 昨晩はあんなに愛し合ったのに」
 言いながら王子は、小さく肩をすくめてみせる。それが、なんていうかヤレヤレ困った婚約者だね、みたいな満更でもない雰囲気を醸し出していたので、普通にイラッとした。
 私は、王子の手を引いて、一度降りた馬車へと乗り込んだ。
 適当に私の正面へと王子を放り投げ、
「言い方! 言い方に悪意がありすぎるかと! 愛し合ったって、普通にお風呂に入っただけですし! なんなら、昨ではなくて、まだお日様が見えてましたから! そもそも、不治の病とか聖域サンクチュアリとか…………」
 溜まり込んだものを一息で吐き出して、最後ジリ貧で弱々しくなった私の語勢は、
「ほんと、意味分かんない」
 敬語なんてものを取っ払った素の状態で放り出されることとなった。
 しかし、王子はなにを勘違いしたか、
「ちなみに、不治の病は、恋煩いと書くんだ。聖域サンクチュアリは、君も承知のうえかと思っていたが、勿論僕たち二人が過ごしているあの部屋だ」
 とか頬染め顔で。
 例の部屋かよ!
「ていうか、あんな拘束具に施錠だらけの部屋のどこが聖域サンクチュアリですか! そういうのってもっとこう、自由な感じで温かくて、それこそお花畑みたいな……」
 手をワキワキさせながら訴える。
 上っ面だけでなく、ちゃんと理解をして欲しかった。
「しかし、聖域サンクチュアリとは通常、保護管理されるものだ。君は、楽園と勘違いをしているんじゃないかな?」
 楽園……。言われた言葉が、悔しくもしっくり来てしまう。
 確かにまぁ、私の『お花、小鳥、池』みたいな想像は、そっちの方が近いのかも……?
 とか思っていれば、王子から。
「勿論、お望みとあらば楽園にはいつでも連れて行ってあげるよ。ベッドの上でね」
「……」
 絶句。
 あれ……? この人、本当に王子だっけ?
 さっきから下ネタばっかじゃない?
「さて、君も僕と二人きりになりたかったみたいだし、さっさと部屋に帰ろうね。実は昨日、新しい湯着とブレスレットが届いてね。帰ったら、早速君に合わせてみたいんだ」
 普通に、枷って聞こえた……。
 そして、また湯着。あの、絶妙に大丈夫なやつ……。
 ていうか、また一緒に入るつもりか⁉︎
「というより、ずっと思っていたことだけど。学園なんて、婚約ホヤホヤのカップルが来るところじゃないね。卒業資格だけ貰えるよう、交渉してみるよ」
 出た、王家と学園のただならぬ癒着発言! 絶対無理でしょ、と言い切れないので恐ろしいこと極まりない!
 そんなことより、なんだ。許可が下りたら、私ずっと聖域あれの中……?
 いや、無理。無理すぎるでしょ、それは!
 容易く、王子好みのいかれた女に仕上げられる未来しか見えてこない!
 焦った私は、弾くように声を出した。
「あっ、あの私は――」
 と、そこで、おあつらえ向きに歩く我が弟の姿を発見する。
 頭に干し草がのっているところから察するに、ナイルは荷馬車で居眠りしていたようだ。
 相変わらずお寝坊なんだな……と、ちょっとほっこりしつつ、私はナイルをだしに使わせていただくことにした。
「母より弟の支援を任せられておりますので!」
 言い切ってから、私は力任せに扉を押し開けた。
 すかさず王子が私の手を取ったけど、咄嗟に人体急所喉仏を狙い撃ち――
「――っ」
 とはいかず。流石に躱されたものの、手は緩まったのでその隙に、
「では!」
 外されていた踏み台に、ぴょんと飛び降りて逃げ去った。
「ナイル! 私が教室まで案内してあげます!」
 振り向くナイル。相変わらずのぼんやり顔だ。
「え、大丈――」
 断ろうとするのを般若顔で制して、駆け寄って。
「ささっ、お姉ちゃんが案内してあげますからね!」
 有無を言わさず学園へと押し入れる。
 王子なんかは絶対に振り返らず、無事、ナイルと共に登校を果たしたのであった。
 ふっ、勝ったわ!
 勝ち誇った笑みと共に、私は素敵な一日を予感した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

騎士団長!!参る!!

cyaru
恋愛
ポップ王国の第二騎士団。騎士団長を拝命したフェリックス。 見た目の厳つい侯爵家のご当主様。縁談は申し込んだら即破談。気が付けばもうすぐ28歳。 この度見かねた国王陛下の計らいで王命による結婚をする事になりました。 娼婦すら恐る恐る相手をするような強面男のフェリックス。 恐がらせるのは可哀相だと白い結婚で離縁をしてあげようと思います。 ですが、結婚式の誓いのキスでそっとヴェールをあげた瞬間、フェリックスは・・・。 ※作者からのお願い。 決して電車内、待ち合わせ場所など人のいる場所で読まないようにお願いいたします。思わず吹き出す、肩が震える、声を押さえるのが難しいなどの症状が出る可能性があります。 ※至って真面目に書いて投稿しております。ご了承ください(何を?) ※蜂蜜に加糖練乳を混ぜた話です。(タグでお察しください) ※エッチぃ表現、描写あります。R15にしていますがR18に切り替える可能性あります。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※8月29日完結します(予約投稿済)おバカな夫婦。最後は笑って頂けると嬉しいです

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

処理中です...