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その後2

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「じゃあ、ちゃんと約束守ってね」
「は、はい……」
「守れなかったらお仕置きだよ」
「…………はぃ」
 消え入りそうな声で返事して、王子は私の手を離す。走る馬車の窓から、意外と楽しそうな王子の姿を見送くれば、数日振りの開放感に包まれた。
 私はこれから一週間ぶりの故郷へと向かうのだ。
 勿論、これは王子の気遣いなんてものではなく。教会の定めに乗っ取る形だ。
 婚約成立後の男女は一ヶ月間の間、接触禁止努力が課せられるのであった。
 ちなみにこの期間には、当婚約についての異議申し立てを受け付けたり、課せられた努力をどれだけ誠実に守れるかというところを見られたりするらしい。
 けれど、私にしたらどっちにしろ天国でしかない期間なので、大層浮かれていた。
 勿論、植え付けられた洗脳と刷り込まれた約束を決して忘れたわけではないけれど、今までの私であれば遵守も楽勝なはずなので気楽なものだったのだ。
 そんなわけで、接触禁止努力が禁止義務で、なんなら一ヶ月といわず十年くらい課してくれればいいのにな、なんて不謹慎極まりないことを頭に浮かべながら揺られ続けること十数時間。
 懐かしの生家へと辿り着いた。
 久しい土の匂い、微かに香り始めた青っぽさ。
 つい、ニマリと笑う。
 年季の入った屋敷の扉を開ければ――
「「「おかえりなさい‼︎」」」
 盛大な笑顔で迎えられた。
 土でもいじってたのか、頬に薄ら泥をつけた父。
 いつもよりちょっとお洒落で優しく微笑む母。
 それから、一見大人しそうだけど心ではきっと喜んでくれているはずの……。
 はずの……。
 はずの?
「…………えっ、どちら様で?」
 問えば答えは一瞬で返ってきた。
「ふふっ、ミラの弟よ。できちゃった!」
 できちゃった、じゃないよ!
 大き過ぎるでしょ!
 その男の子は、私より歳上に見えるほど大人びていた。でも、母が弟というのだから歳下なんだろうけど……。
 そんなことは置いておいて。
「昨日まではいなかったじゃん⁉︎ なんでたったの数時間で弟誕生してるの!」
 叫べば、父と母はウフフと笑い合い、
「いやぁ、ちょっと前から話はあったんだけどね。ほら、うちの家計危なかっただろ? けど、ミラが婚約したことで、大口が決まったから……、つい」
「つい、じゃないよ! つい、じゃ! その大口っていうの、絶対王家でしょ! しかもその話、私、一回も聞いたことないんだけど⁉︎」
 父に訴える。我が一家は、品というところに重きを置いていないので、親子共にフランクな関係が特徴だ。
「あれ、そうだったか? まぁ簡単にいえば、ミラの遠い親戚だよ。結構前に、両親が亡くなってな、暫くは弟のモータスが預かっていたんだが、ほらモータスは発掘先で事故にあっただろう? それから、転々としてたんだ」
「……」
 モータス叔父さん、魔石研究を生業とする父のひとつ下の弟だ。
 結婚はしていなかったけど、とても大らかな優しい人だった。
 しかし、丁度半年前、魔石発掘の際に崖から落ちて命を落としたのだ。
 ちょっと話が読めてきた。
 黙っていれば、母は眉毛をピンっと上げて、
「いい、ナイルはこれから貴女の弟よ! 今、申請中なんだからね! もうナイルを一人にはさせないわ!」
 言いながら、母はナイルという我が弟らしき人物に抱きついた。
 いや、なんだ。事情的に、口を出せないようなやつ。
 だけど……。
 私によぎった不安は知らずして、母は興奮気味に続けていった。
「学園の手続きも取ったから、明日から宜しくね。お姉ちゃんなんだから、色々教えてあげなさい!」
「え……、手続き早くない? だって試験とかは……。ていうか、学年……」
「ナイルは今月お誕生日なの。貴女と同い年よ」
「……え」
「ちなみに成績は、貴女よりずっと優秀だったみたいよ?」
 何故だか母に、ふふっと勝ち誇った笑みを向けられる。
 えっ……? 何故⁉︎ 私も結構頑張ってたのに!
 ナイルとやらを向く。すると、初めて口を開いて。
「……モータスさんに教わっておりましたので」
「あぁ、なるほど」
 スッキリ納得した。モータス叔父さんは、確かに知的だった。研究を生業とするだけあって、うちの父が筋肉で解決しそうな所を、モータス叔父さんは頭で解決していた。
「それなら……、確かに優秀だよね」
「…………いえ」
 ナイルは褒められたのにちっとも嬉しく無さそうだった。
 そして、一通り私たちの会話が落ち着くと、母がナイルと私の手を引いて、
「さっ、これで貴方達は兄弟よ!」
 そう言って、ギュッと握らせてきたのだった。
 もうすぐ同い年の男の子の、ずっと大きく温かい手が私に触れる。
 母より上から、がっしりプレスをされて――
「仲良くね!」
 こうして私は、イルヴィス条約第三条を早速破る運びとなったのであった。

 かくして、私は翌日から王子の冷えた眼差しで刺され続け、ナイルとはちょっとだけ打ち解けつつも、過酷な一ヶ月を終えることになったわけである。

「……」
 王子である。目の前には、光を完全に失った王子が私を見下ろしていた。
 今日は、婚約セレモニーから一ヶ月たったその翌日の放課後だった。
 毎朝毎晩、寮から同じで通い続けたナイルにごめんねと断って、今日は王城にある例の部屋に来た。
 この一ヶ月、私と王子は一言も言葉すら交わさなかったのだ。
「…………あの」
 イルヴィス条約第三条――異性との皮膚接触禁止(ただし、実父を除く)。
 私は、荷馬車の乗り降りで、結構ナイルに手を貸してもらっていた。
 加えて、勉強を教えて貰ったりもした。
 あとは、転びそうになったのを助けて貰ったり。なんなら、母からの言い付けもあったので寮生活中は結構助け合った。
 だから正直第三条だけと言わず、一から五くらいまではなし崩し的に破った気もするけれど……。
「……ナ、ナイルは弟なので」
 なけなしの勇気を振り絞って声を出す。
 都合が悪いと目を逸らしてしまう私の悪い癖だ。
「なんで僕が実父に限定して除外したと思う?」
 え……、なんでって? ちょっと考える。
「さ、さぁ?」
 分からないので早々に首を傾げた。
 すると、王子は愉しげな冷笑を咲かせつつ、
「婚約者の家庭事情くらい、普通把握してるものだよね」と。
 言いながら王子は、座らされた椅子から立ち上がるよう私の手を掴む。
 フワリと笑って手を引いて、
「じゃあ、お仕置きだね。一緒にお風呂に入ろっか」
 そんなことを言いました。
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