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王子の思い出7

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「⁉︎ な、何故君がここに……?」
 驚くイルヴィスの視界の端っこには、湖を隔てた暗がりに僅かに光る小さな輝きが映り込んだ。
 こんな悪趣味な観察を自分に向けるのは、イルヴィスの知る限りただ一人。
 イルヴィスは、目の前のミラがジルの企てによってそこにいるのだと理解する。
 しかし、そんな考察を重ねている間に暗闇で、ミラの狙いはただのひとつだけだった。
 曰く――根本的排除。
 ミラはイルヴィスに駆け寄って――
「――なっ⁉︎」
 イルヴィスが手にしていた真偽の望眼を掻っ攫った。
「なにを!」
 声を張るイルヴィスに、ミラは気にせず振りかぶる。
 そして――
「こんなものは、いりません!」
 暗く沈む湖に向け、力いっぱいに特位魔導具を投げ捨てた。
「き、君は! あれの価値を……力を、知っているのか⁉︎」
 珍しくイルヴィスの語勢は強かった。
 自分の唯一の望みを、それを叶える宝具を、目の前で投げ捨てられたが故だ。
 それも、中々手に入ってはくれなかった最愛の人物にだから尚更だ。
 けれど、ミラは気圧されてはいなかった。むしろ、張り合うように声を上げて、
「知ってます! ついでにいうと、イルヴィス様がなにをなさろうとしてたのかも聞きました! だから、捨てました。あんなもの、絶対にいらないから!」
 叫べばイルヴィスは、一層顔を険しくする。
「どう聞いたのかは知らないが、君自身の不都合は特に……」
「ある! あります! 勝手にきめないで!」
「……。君には悪いが、ジルは少し僕を揶揄うのを趣味としているところがある。だから、君もおそらく乗せられたんだろう。しかし、はっきり断言しよう。この力で君に不都合は――」
 イルヴィスは、改めて言い改める。しかし、
「ある! イルヴィス様こそ、私のこと散々見てた癖に、お忘れなんじゃないですか⁉︎」
 訴えるミラの言葉にイルヴィスは、制止する。
『見てた』とはどういう意味なのかと、思考が揺らぎを見せていき。当然、表情にも映っていった。
「……は?」
「干魃のこと聞きました」
 ミラの言葉に、イルヴィスの胸が重くなっていく。
「……そうか」
「イルヴィス様が昔、気まぐれで考えられた結界術を使用した所為だって」
「……それを知ったのなら、何故ここに? 君や家族を散々苦しめた災害だろう」
 もっともイルヴィスにしてみれば、結果としてミラを引き寄せたのだから後悔はしていない。
 とはいえ、やり直すのならば、もう少し手っ取り早い方法にすげ変えようとは思っていた。
 しかし、そんなイルヴィスの気など知らずして、ミラはその苦労を打ち明ける。
「ほんっとに大変でしたよ。皆ピリピリするし、食糧は減ってくし、暮らしだって物凄く大変でした」
「では……」
「でも、それは私の望んだことでした。っていっても、ほんのいっ時、寂しさ募らせてだったけど……」
 ミラの言葉にイルヴィスは、怪訝を露わにする。
 なんのことか、分からなかったのだ。
 そんな様子にミラもあぁ、やっぱり覚えていないんだと、確信を覚える。
 息を大きく吐いてから、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「イルヴィス様は、私の願いを叶えてくれたんでしょう?
 それで、魔術解析までして術を編み出しちゃうっていうのが、ちょっと斜め上ですが。貴方が覚えてなくても私は覚えてますよ」
 困ったように笑むミラは、記憶に残る思い出をなぞっていく。
 か細い糸を手繰り寄せるように、あまりに些細な思い出を。
 
 幼い頃。といっても、もう五つだか六つだかの頃。
 私の両親は、仕事に大忙しだった。
 今とは真逆の好天に恵まれ続け、ジャガイモからニンジンからその他諸々、大豊作の年が続いていたのだ。
 そんな私は、まだ幼かったから。
 雨なんか降らなきゃいいのにな、とか思ってしまったのだ。
 それがつい、心細くも慣れない茶会なんかに参加中。逃げ隠れた生垣の影で、ボソリと溢してしまったということがあった。
 その時の言葉は、誰かに言う為のものではなかった。ただ、寂しさに吐き出せば楽になるかなと、呟いてみたものだった。
 けれど、生垣の裏には誰かいたようで――
「……降らないようにしてあげよっか?」
 なんて言葉が返ってきた。
 またあの子だ、と思った。
 声をちゃんと聞いたことはなかったけど、身分違いの茶会の場で、隠れて美味しいジャガイモを食べてる自分についてきてる子がいたのには気が付いていた。
 でも、どうせ話も合わないだろうし。なんなら、ジャガイモを寄越せと言われても嫌だしなって、ずっと無視を決め込んでいた。
「そんなのできないくせに……」
 突き放した。早くあっちへ行けと思っていた。けれど、その子は身体の端から端まで勇気を振り絞ったみたいに声を出して――
「できる……、できるよ! も、もしできたらその……。ぼっ、僕と――」
 
「友達になって、って! そう言ったんですよ」
 正直、ミラは不安だった。
 本当にこんな取るに足らない子供の口約束、それも全然本気になどしていなかった冗談みたいなものを信じてイルヴィスが結界術なんてものを編み出したのか。
 けれど、言い終えてイルヴィスは目を見開いた。そして、僅かに唇を震わせて、
「僕は――」
 言い掛けて、口を噤んだ。
 イルヴィスの中に想いが満ちていく。
 何故、結界術の研究なんかに夢中になったのかずっと不思議に思っていた。
 ただの気まぐれにしてはマイナーな術法であるし、いくらなんでも子供には難解過ぎるものだったからだ。
 けれど、その答えかわやっと見つかったのだ。
 忘れていたと言うのが信じられないほど、イルヴィスには大切な思い出だった。
「勿論、だからって本当に雨を降らせなかったのは、たいそうな迷惑行為で悪いことだと思います。でも、貴方は凄い人だから。きっと、ずっと間違えないで生きてきた人だから――」
 ミラはイルヴィスを見据えた。
 言い聞かせるようにゆっくりと、
「……私は許します。だから」
 ――死なないでください
 そう言い掛けて、ギョッとする。
 何故なら、イルヴィスの瞳が潤んでいたからだ。今にも零れ落ちそう涙を目一杯に溜め込んで、それは美しく輝いていた。
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