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王子がいなくなった2

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そんなわけで、ちょっと平和な放課後。
「ん――! 今日も一日頑張った!」
 伸び切った声と共に身体を伸ばし、リドーさんの待つ馬車へと足を向けていく。
 今日は王子がいないので、気が楽で。久しぶりに休暇でも貰った気分になっていた。
 だから、ちょっと上機嫌で馬車へと乗り込もうとする。
 そんな時だった。
 馬車には、既に先客がいて。
 その人は、綺麗なビジネススマイルを伴いつつも、私を出迎えた。
「お疲れ様です、ミラ様。ひとつご依頼したいことがありまして、無礼を承知でお待ちさせていただきました」
 その片手には、美しい模様のティーカップが握られていて。敷物に乗せられたちょっとしたお菓子なんかが優雅な時間を想像させた。
「どうかお許しください」
 ニコリと笑って言うその言葉は、絶対思ってないんだろうなってことがよく分かる。
 とはいえ、そもそもジルさんは私に仕える身ではないし、私だって婚約者疑惑のあるただの貧乏伯爵令嬢なんだから、礼儀云々に物申すことなどなにひとつなかった。
 それよりも……。
「……ご依頼?」
 そっちの方が、ずっと気になった。
 尋ねる私に、ジルさんはゆったりとカップに口を付けてから、
「はい、実は私、只今イルヴィス様のご命令に背いておりまして。宜しければ、ミラ様にもご協力を――」
「無理です」
 即答した。全てを聞かないスタンスだ。
 普通に嫌な予感しかしない。
「そこをなんとか」
「無理です」
「お願い致します」
「無理です」
「……仕方ありませんね」
 更に嫌な予感……。しかし、遅かった。
 笑みを深めたジルさんは、未だ踏み台に片足を残す私の腕を引っ張った。
 と、同時に口を抑えられる。
 フワリと怪しげなお花の香りが鼻いっぱいに広がっていく。
 あ、これなんかまずいやつ!
 途端に視界が揺れて、意識が朦朧と!
――た、助けて! リドーさん、この人ダメ人です!
 しかし、閉まる扉の奥でリドーさんは優しく笑っていた。なんなら、ユルユルと手すら振っていた。
 悪い大人だった……!
「申し訳ありません、ミラ様。なんせリドーは兄想いなもので」
 兄弟かよ‼︎
 そんなギリギリの叫びと共に、私は意識を手放していった。

 目が覚めたら、綺麗な夕陽が広がっていた。
 いや、嘘。綺麗な夕陽が
 ここは、連れ込まれる前に意識を手放した馬車の中。座席に横たわっていた私の向かいには、ジルさんが暇そうに外を眺めていた。
「おや、やっと目が覚めましたか」
 王宮に住まうものは、人の意識を奪うというのが常套手段なんだろうか。眠らせておいたくせに、『疲れてたんですね』みたいなオーラを放たれる。
 私はゆっくりと身体を起こして、念の為にジルさんとは対角位置に居住まいを正した。
 う……、馬車で横になってたせいで、頭がガンガンする。
 それとなくこめかみを押さえれば、
「申し訳ありません。膝枕という手もあったのですが……」
「いえ、別にそういうのは――」
「足が痺れるのが憚られたので遠慮させていただきました」
 笑顔。満面の笑みである。
「正直過ぎ!」
 ……しまった、つい本音が。
「いえいえ、ほら。万一に刺客が現れた時に反応できないと困るじゃないですか」
 あ、そういう……。
「咄嗟にミラ様を盾に逃げないとなりませんからね」
 死にたくないって顔に書いてあった。
「酷い! しかも自分だけ!」
「……ふふ」
 ふふ、ではなくて!
「さて、前置きはこれくらいですかね。そろそろ本題に入りましょうか」
 前置きなんだ。冗談じゃないんだ……。
 本題聞きたくないなぁ。
 しかし、私の思いとは裏腹にジルさんは和かなままに言葉を続けていく。
 決してそんな緩い口調で語られるべきではない、特別ビッグな国家機密級極秘ミッションを――
「端的に申し上げましょう。イルヴィス様は今、魔法を用いて世の道理を書き換えようとしてらっしゃいます。故に、ミラ様には、イルヴィス様を止めていただきたいのです」
 そう言うジルさんの顔は夕陽に照らされ、紅く妖しく輝いていた。
「…………は」
 唖然とする私は、
「大丈夫、ミラ様でしたらきっと止められるはずです。というより、ミラ様にしかできないことだと、私は思っていますよ」
 悪魔みたいに細められた瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。
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