お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

王子がいなくなった1

「おはようございます、ミラ様。朝食のご準備ができました」
　眠気眼を擦りつつ、目覚まし声に促されて起きた先には見知らぬ男性が立っていた。
「…………は？」
　思わず出た品のない声。
　しかし、男性は一切として動じることなどなく。それどころか、あくまでスマートな笑みを私に向けてきた。
「申し遅れました。私、リドーと申します。昨晩、イルヴィス様が急用によりジルと共に宿を出られましたので、私がミラ様のお世話をさせていただくことになりました」
　言い終えてリドーさんは、折目正しい綺麗なお辞儀を私に送る。
　それだけで、身分を証明されている気がした。
「そ、そうでしたか……」
　昨晩……。その言葉に、耐え抜いた羞恥の時間が思い起こされる。
　自然と顔も熱くなっていき、顰めっ面で平静を取り戻そうとすればリドーさんに軽く笑われた。
「ささっ、早く準備をされませんと。学園に遅れてしまいますよ」
　そんな声に私は、言われた通り起き上がり、ぽっかりと空いた正面に違和感を感じつつも、この宿らしからぬ豪華な朝食を口にしていった。

　取り敢えず、昨日の御礼を言おう。
　そんな目的が、始まりだったと思う。
　私の一日は、ひと学年上の教室をしらみ潰しに回るという、王子探しから始まった。
　いつもなら、探さなくたって視界に入り込んで距離を縮めてくるのに。こうやって探している時に限って、王子はいなかった。
　よく考えれば、私、王子のクラスすら知らないで恋人役なんかやってたんだ……。
　果てしなく情けなくなってくる。
　ちなみに、王子が手際よく手配した婚約パーティーの案内のせいで、例え一年生の私が二年生のゾーンを練り歩いていようが表・立・っ・て・文句は言われなかった。とはいえ、視線はガチガチに攻撃的なものなので、流石に『王子、どこですかぁ？』なんて呑気に聞けはしない。
　というわけで、丸々午前中。アスラだって容易に話しかけられない状況で、一生懸命探して得た結果というのが――
「イルヴィス様、今日お休みだよ？」
　昼食中に聞いた、リネットからの言葉だった。
　改めて友達の少なさを感じた瞬間。
　最近は、休み時間だってバタバタしていたし。リネットはリネットで、ミーハー心で立候補した風紀委員に忙しそうだったから、久しぶりの会話だった。
　聞けば、風紀委員は男女共に美形揃いらしい。リネットは、男女共に美形好きなのだ。
「そ、そう……」
　毎時ダッシュで走り回った苦労が頭に浮かび、陰ながら苦笑する。
　朝一、リネットに聞いてみれば良かった……。
　もっといえば、リドーさんに見送られる前に確認しておけば良かった……。
　ちょっとした後悔が頭を渦巻いて、一通り落ちたところで小さく息を吐いた。
　まぁ、いいや。どうせこの後も有無を言わさず城に帰らされるんだろうし、戻ったらお礼を言えばいい。まだ肝心の、王子の目的だって聞いてないしね……。
　そんなことを思いながら、リネットがあーんをしてくれた鶏のフリットに齧り付いた。