才能は流星魔法

神無月 紅

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異世界へ

0106話

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 警備兵がやってきたおかげで少しだけ遅れた騎士や兵士たちと黎明の覇者の衝突だったが……騎士や兵士たちは上からの命令で来ている以上、ここで退く訳にはいかない。
 そして黎明の覇者もまた、ここで騎士や兵士たちに捕まれば流星魔法を使うイオを奪われるし、ソフィアやローザが領主によって手籠めにされる可能性がある。
 お互いに退くことが出来ない以上、ぶつかるのは当然のことだった。

「これ以上こちらの言葉に従わないのであれば、力ずくで一緒に来て貰う。全員、攻撃用意! ただし出来るだけ殺さずに捕らえる!」

 無茶を言うな!
 騎士のその言葉を聞いた者たちは、言葉には出さずとも内心でそう叫ぶ。
 ただでさえ、純粋な実力という点では黎明の覇者の方が上なのだ。
 そのような実力が上の相手を、殺さずに捕らえろというのは無茶でしかないと。
 だが、騎士や兵士である以上は上からの命令に従わないという選択肢はない。
 ……中にはそんな状況であっても命令に従うつもりがないという者もいるが、多くの者はそのような者の相手をしているような余裕はどこにもない。

「私たちは黎明の覇者! 権力者の横暴に屈するようなことはないわ! それも、今ここにいる者たちは、領主の私利私欲によって動かされている者たち! 自らが何のために騎士になったのか……それをしっかりと理解した上で、まだ戦ってもいいというのならかかってきなさい!」

 氷の魔槍を手に、ソフィアが叫ぶ。
 騎士たちの中には、そんなソフィアの言葉に何か思うところがある者もいたのか、何人かの士気が見るからに落ちてしまう。
 しかし、そんな者は当然だが決して多くはない。
 多くの者はソフィアのそんな言葉を聞いても、今は意図的に無視するか……あるいは、最初からそのようなことは何も考えていないかだった。
 それでも騎士としてはこのままでは退けないと判断し、前に出る。
 自分がソフィアに勝てるとは、騎士も思ってはいない。
 だが、それでも黎明の覇者をドレミナから出すなという命令がある以上、それに従うしかない。

「ここまで来れば、もはや言葉は不要! 残るは力で示すのみ!」

 叫ぶ騎士。
 実際には言葉でやり取りをすると、余計に味方の士気が下がりそうだったので、これ以上言葉でのやり取りはしない方がいいと判断しての言葉だったのだが……先程のソフィアの言葉を聞いて既に士気が下がっている状態では、少し迂闊だったのも間違いない。
 騎士もそれは分かっていたのだが、今の状況を思えばそれが最善だと思ったのも事実。
 長剣を手に、一気にソフィアといの間合いを詰めていく。
 当然だったが、ソフィアはそんな騎士を迎え撃つ。
 氷の魔槍を手に、自分もまた前に出たのだ。
 お互いの舞が十分に狭まったとこで、最初に動いたのはソフィア。
 槍という武器だけに、騎士の持つ長剣よりも間合いが広いからこその一撃。
 放たれた突きは、魔槍の力を使っていないというのに言葉通り目にも留まらぬ動きだった。
 連続して放たれた突きのうち、最初の一撃を長剣で防げたのは半ば反射的な動きでしかない。
 二撃目を鎧で受け止めたのは、偶然によるもの。
 そして三撃目は……偶然が二度続くことはなく、右肩の鎧で覆われていない場所を穂先が貫く。

「ぐっ……」

 騎士として領主に仕えているだけあって、男も自分の実力には相応の自信があった。
 しかし、こうしてソフィアと正面から戦うと、その実力差について理解するしかない、
 自分が弱いというつもりはないが、それでも相手はより強いのだと。
 だが……だからといって、ここで自分が負ける訳にいかないのも事実。

「ぐ……ぐおおおおおっ!」

 右肩の鎧で覆われていない場所を貫かれたものの、騎士はその痛みを無視するかのように左手で魔槍の柄を掴む。
 右手に握っていた長剣は、右肩を貫かれた衝撃で既に地面に落ちている。
 そうである以上、今の自分の出来ることは氷の魔槍を押さえることであり……

「今だ、俺ごとでいい。押さえ込め!」

 叫ぶ騎士。
 普段なら自分ごと殺せと叫ぶべきところなのだろうが、今回の目的はあくまでもソフィアを始めとした黎明の覇者の者達を生け捕りにすることなのだ。
 殺してしまっては意味がない。
 ……勿論、どうしようもないのなら殺すという手段もあるのかもしれないが、今はまだそこまでのことにはなっていない。
 であれば、自分諸共にソフィアを押さえつけるべきだと、そう判断したのだ。
 ソフィアが強いのは理解出来る。
 だが、その強さの多くは氷の魔槍によるものが大きい。
 なら、自分がこうして氷の魔槍を使えなくすれば……と。
 その考えは決して間違ってはいない。
 いないのだが……それはあくまでもソフィアがその辺の傭兵と同じくらいの実力しかもっていなければ、の話だが。

「させると思う!?」

 騎士の言葉に驚きつつも、ソフィアは氷の魔槍を大きく振るう。
 そうなれば、本来なら騎士が氷の魔槍を押さえてソフィアに攻撃をさせないといったようなことになってもおかしくはなかった。
 しかし、そんな騎士の計算は完全に狂ってしまった。
 何故なら、魔槍によって貫かれたその身体諸共に持ち上げられてしまったのだから。

「ぐ……ぐおおおおお!」

 一体自分がどのようなことになっているのか理解出来ない。
 そんな風に思いつつも、騎士の身体は空中を飛ぶ。
 やがて空中で魔槍が肩から引き抜かれ……その際、ソフィアは槍を回転させることによって騎士の傷口を広げるという小技を行っていたが、幸か不幸か驚きや振り回されている衝撃で騎士がその痛みに気が付くことはなかった。
 そうして吹き飛ばされた騎士は、先程警備兵に対して自分たちの援軍になれと言った兵士に向かって吹き飛ばされる。
 大の男……それも金属鎧を身に着けているその騎士の体重は、それこそかなりの重量になるだろう。
 それこそ場合によっては百kg前後になってもおかしくはない。
 そんな重量物が飛んできたのだが、当然ながら兵士にそのような存在を受け止められるはずもない。

「ぐえっ」

 受け止められないと判断してその場から逃げようとしたのだが、騎士の飛んでくる速度の方が早く、対応出来ずにその身体は騎士に潰されることになる。
 それもただ潰されただけではない。
 百kg前後の重量の男が、ソフィアによってかなりの速度で吹き飛ばされたのだ。
 それを思えば、ただの兵士がそのような物……いや、者をぶつけられて、ただですむはずもない。
 ソフィアは女を強調するかのような非常に起伏に富んだ身体付きをしているが、言ってみればそれだけだ。
 とてもではないが百kgを越えるような騎士を投擲するといった真似は出来ないのだが……それでも、実際にやっている以上は出来るのだろう。
 それをぶつけられた兵士は、悲惨だった。
 騎士は金属鎧を身に着けていたので、その硬さと騎士の重量とソフィアの投擲した速度によって、かなりの威力……それこそ砲弾と呼ぶに相応しいだけの威力を持っていたのは間違いない。
 そんな騎士の様子を見て、いざ始まろうとしていた戦いは完全に止まってしまう。
 ソフィアに苦もなく倒されてしまった騎士は、この場では最強の男だった。
 そうである以上、そんな男がこうも簡単にやられるというのは、予想外だったのだろう。
 ましてや、ソフィアの振るった一撃で騎士のような大柄な、それも金属鎧を着ていた男が吹き飛ばされたのだ。
 それを見れば、ソフィアがただものでないというのは明らかだろう。

(どうやら、今の攻撃は向こうにとっても衝撃だったようね。……あとは野次馬たちが妙な風に煽らないといいんだけど)

 ソフィアは離れた場所で見ている野次馬たちの方に視線を向けるものの、幸いなことにそこにいる野次馬たちの数はかなり減っていた。
 野次馬の避難を任された警備兵たちが、半ば強引にではあるが野次馬を運んでいるのだ。
 ソフィアにしてみれば、それは非常に助かる。
 ここで野次馬たちが、騎士たちに向かってみっともないや弱いといったようなことを口にした場合、向こうも退くに退けなくなるのだろうから。
 ……もっとも、兵士ならともかく騎士を相手にそのようなことを言えるかといった疑問もあるが。
 騎士にそのようなことを言ったと知られた場合、間違いなく面倒なことになってしまうだろう。
 それを理解しているからこそ、野次馬たちもそのような真似はしない……そう思えた。
 だが、それも絶対ではない。
 集団の中に自分がいるので大丈夫だろうという思いや、ソフィアの戦いを見て興奮した者、あるいは元から難しいことを考えない……そんな者の場合は、それこそ今の光景を見て何を言ってもおかしくはなかった。

「さて……」

 野次馬によけいなことはさせないようにと考えつつ、ソフィアは一歩前に出る。

「今のでお互いの力の差は理解出来たでしょう。これでもまだ戦うというのなら……蛮勇を褒めてあげるから、前に出なさい。私の力を使い、その蛮勇を示させてあげるわ!」

 そう告げるソフィアの言葉を聞いた者たちだったが、前に出る者はいない。
 ソフィアにやられた者以外にも他に騎士はいるのだが……幸か不幸か他の騎士が出て来る様子はない。
 先程ソフィアにやられた騎士は、この場にいた騎士の中で最強だった……という訳ではない。
 人望からこの部隊を率いるといった形になっていたが、純粋な強さという意味では先程の騎士より上の者もいる。
 しかし、強さが上とはいえ、それは隔絶した強さという訳ではない。
 それこそ、その日の体調によって勝敗が変わってしまうくらいには、同じような強さでしかないのだ。
 であれば、騎士を圧倒的な強さで一蹴してソフィアと戦い、それで自分たちが勝てるかと言われれば、その答えは当然のように否となる。
 とはいえ、上からの命令には従わなければならない。
 そのような状況でどうするべきか考えている中で……ソフィアが数歩前に出ると、騎士や兵士たちもソフィアの迫力に押されて、後退ってしまう。
 こうなると、もうどうしようもなく……ソフィアを先頭に進む黎明の覇者を、騎士や兵士たちは止めることが出来ずにただ見送るのだった。
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