才能は流星魔法

神無月 紅

文字の大きさ
上 下
82 / 178
異世界へ

0082話

しおりを挟む
「ソフィア様、敵が撤退を開始しました。追撃を行いますか?」
「いえ、必要ないわ。今の状況を考えれば、ここで追撃を行うだけの戦力を出すのは勿体ないもの。今はまず、他の敵の襲撃に備えましょう」

 ソフィアの指示に従い、その場にいた者たちは戦闘が終わったということで休憩する。
 そんな中、イオはかなり手持ち無沙汰だった。
 杖があるので魔法は使えるものの、普通のメテオを使う訳にはいかない。
 であれば、ミニメテオくらいしか使えないのだが……魔法を使ってから発動するまでタイムラグがある以上、乱戦の中では使いにくい。
 そのような手持ち無沙汰なままで周囲を見ながら、ふと思う。

(パトリックはあのまま逃がすよりも、こっちの指揮下において戦力として使った方がよかったんじゃないか? ……まぁ、今更の話だけど)

 パトリックたちが黎明の覇者と接触したというのは、他の勢力にも何らかの方法で知られたのだろう。
 パトリックたちと同じく、他の勢力もソフィアたちと接触してくる者が多かった。
 ただしパトリックたちと違うのは、逃がして欲しいと希望するのではなく、見逃してやるからベヒモスの素材を渡せと要求してきたことだ。
 イオを寄越せと言わない辺り、ある程度譲歩はしているつもりなのかもしれない。
 だからといって、これで大人しく退くからベヒモスの――骨になっていて正確な名前は分からなかったが、とにかくこの巨大なモンスターの――素材を寄越せという言葉に、ソフィアが頷く訳がない。
 ベヒモスの素材というだけで、非常に大きな価値があるのだ。
 ましてや、このベヒモスは黎明の覇者の新人たちが必死になって倒したモンスターだった。
 そんなモンスターの素材を、そう簡単に渡せるはずがない。
 何よりも、このモンスターの素材の所有権はイオにもある。
 そしてイオは黎明の覇者の客人ではあっても、そこに所属する傭兵ではない。
 そうである以上、勝手にその素材を渡すといった真似は出来なかった。
 ……実際には、この場にイオがいるし、ベヒモスを倒した者たちも揃っている。
 そういう意味では、もしソフィアに素材を渡すつもりがあるのなら、イオや新人たちと相談するといったことは出来たのだが……ソフィアは最初からそのようなことをするつもりはなかった。
 結果として、向こうも妥協した条件を却下され……それで退くに退けなくなり、攻撃をしてきて、それをソフィアたちが撃退したというのが今の状況だった。

「また他の馬鹿たちが来る可能性があるから、休憩しつつ、周囲の警戒もしておきなさい」

 普通なら休憩しつつ周囲の警戒をするというのは難しい。
 それこそどちらか片方だけなら何の問題もないだろうが。
 休憩の方に力を入れすぎれば、どうしても警戒が疎かになってしまう。
 警戒の方に集中しすぎれば、休憩の意味がなくなる。
 しかし、この場にいる者たちは黎明の覇者に所属する傭兵だ。
 黎明の覇者の中では新人と呼ばれている者たちも、他の傭兵団に行けば即戦力として主戦力になれるだけの力は持っているのが大半だった。
 そうである以上、ほとんどの者が休憩しつつ警戒をするといったことも普通に出来る。
 黎明の覇者に所属したばかりのレックスや、そもそも傭兵ではないイオのような存在もいるが。
 イオは客人ということや、いざというときに流星魔法を使ってもらうために警戒はしなくてもいいので、ゆっくり休むようにと言われている。
 いざ流星魔法を使うようになったとき、イオが疲れていて魔法が発動しなかったり、あるいは発動しても狙いがそれて自分たちの方に隕石が降ってきたりといったようなことになったら致命的なのだから。
 実際には馬車で走りながらでもきちんと狙い通りに魔法を発動させて命中させたのだから、そういう意味では特に問題がないとイオ本人は思っている。
 とはいえ、それはあくまでもイオがそう思っているだけで、実際にどうなるのかというのは分からない以上、念には念を入れた方がいいのは間違いなかった。
 そしてレックスの方は……ゆっくりと出来るイオとは違い、先輩たちからビシバシと鍛えられている。
 元々レックスはイオの防御を任されている存在だ。
 この先どうなるのかは分からないが、今の状況ではそうなってしまう。
 ただでさえ黎明の覇者が連れて来たのは精鋭ばかりで、どうしても数は少ないのだ。
 だからこそ、イオの護衛に人員を割く訳にはいかない。
 もちろんイオの存在が非常に重要だというのは、全員が分かっている。
 だが、それでも今の人数を考えると、出来ればレックスに護衛をして貰いたいと思うのは当然だった。
 レックスもそれは理解しており、何よりも自分の恩人でもあるイオの護衛をするのは望むところなので、先輩たちからの厳しい指導も真剣に聞いていた。
 具体的にはどのくらいのことが自分に出来るのか。
 それを知ることこそが、今の状況では重要なことなのだ。
 だからこそ、レックスは戦いが終わったばかりだというのに、先輩たちの話を聞いて少しでもそれを今の自分の力にしようとしていた。

「それにしても……当初予想していたよりはこちらに来る勢力の数が少ないわね。ギュンターたちが上手くやってるのかしら」
「そうでしょうね。パトリックたちの影響もあるのかもしれませんが」
「そちらに関しては……そういうこともあると、そう思っておいた方がいいわね。とりあえず、この調子で他の勢力が出来るだけ早く撤退するなり、あるいは壊滅してくれるなりしてくれると、この騒動も終わるんでしょうけど」
「その件ですが、この一件は具体的にいつくらいまで続くと思いますか? 今の状況を思えば、それこそ延々と他の勢力が襲ってくるよう気がするんですけど」

 そう尋ねる傭兵の心の中には、やはり疲れの色がある。
 明確にどのくらいの敵と戦うと最初から分かっているのなら、そこまで疲れはないだろう。
 しかし、今回のようにいつまで戦い続ければいいのかが分からないとなると、そのような相手との戦いはどうしても疲れてしまうのだ。
 体力的にはまだ問題なくても、この場合は精神的に。

「具体的にいつまでとは言えないけど、最初からこの辺にいた勢力はもうあまり残っていないはずよ。ただ……問題なのは、現在ここに向かっている勢力もいるということでしょうね」

 ソフィアの口から出た言葉を聞いた傭兵は、残念そうにしながらも納得はする。
 そういう流れになるというのは、傭兵も理解していたのだろう。
 普通ならドレミナを発つのが遅れ、また何らかの理由で移動するのに支障が出て、ここに到着するのが遅れた勢力というのは、警戒すべき相手ではない。
 ましてや、既にこの場にいられなくなって撤退した者や、敗走した者たちを見たり、話を聞いたりすれば、そのままここに来るのを諦めるような者もいるだろう。
 だが、そのような状況でもここまで来るような相手は、ソフィアたちにとって厄介なのは間違いなかった。

「いっそ、全部纏めてイオの流星魔法で吹き飛ばしたらどうですか? さっきの脅しの一撃は効果があったんですから、もう一度同じような攻撃をすれば今度こそ撤退するのでは?」

 少し離れた場所で周囲の様子を見ているイオに視線を向けながら、傭兵の一人が言う。
 傭兵にしてみれば、今の自分たちの状況にはイオも大きく関係しているのだ。
 そうである以上、イオにはここでもう一度流星魔法を使ってもいいのでは?
 そんな風に思っても、おかしくはない。
 しかし、ソフィアはそんな言葉に対して首を横に振る。

「いえ、やめておきましょう。見たところ、イオはまだ人を殺すというのにそこまで慣れているようには思えないわ。だとすれば、ここで迂闊にそんな真似を強制させるようなことがあった場合、こちらに対して不信感を抱いてもおかしくないわ」

 実際には、イオは水晶の力によって人を殺すといったことに対する抵抗感はかなり減っている。
 それこそ自分の命を狙ってくるような相手を殺して、『俺が……人を……殺した?』といったように戦場で苦悩したりといったようなことはないだろう。
 ソフィアも何となくそれについては理解しているものの、それでも今の状況でそのような真似はさせない方がいいだろうと思うのは当然の話だった。

「そうですか? まぁ、ソフィア様がそう言うのならそれで構いませんけど……そうなると、これからどうします? ここで延々と敵を待ち受けることにしますか?」
「それでもいいとは思うけど、そうなるとそうなったで無駄に時間がかかるのよね」

 ここで敵が来なくなるまで待ち続ける。
 その方法も、決して悪い訳ではない。
 いや、むしろ普通に考えた場合は最善の方法に近いだろう。
 それはソフィアも分かっていたが、だからといって黎明の覇者である自分たちが一般的な行動をして無駄に時間がかかった戦いを行ってしまう……というのは、決して向いていないと思う。

「では……ギュンターさんや白き眼球のパトリックの行動を待つんですか?」
「そうした方がいいかもしれないわね。……この骨を守る必要がなければ、一気に攻撃に移ってもいいんだけど」

 一気に攻撃をするということは、暗黒のサソリと戦ったときと同じようなことになる。
 ただ、今は暗黒のサソリと戦ったときと違うことがあった。
 それが、流星魔法を使うイオの存在。
 イオが一度流星魔法を使っている――ミニメテオも含めれば二度だが――だけに、他の勢力の者たちはどうしてもイオを警戒せざるをえない。
 だからこそ、今の状況なら全面攻撃に出ても……と、そうソフィアは考えるのだが、それでも今の状況を考えると素直にその選択肢を選ぶような真似は出来なかった。

「取りあえずギュンターたちが戻ってくるまで待ちましょう。そうすれば、現在この周辺にいる戦力がどんな状態になっているのか分かりやすいわ。それを聞いてから決めてもおかしくはないでしょう?」

 ソフィアのその言葉に、話を聞いていた者たちは素直に頷く。
 内心では若干思うところもあるのだろう。
 だが、ソフィアの言うことである以上、明確に反対する理由がない限り、頷くしか出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスまるごと異世界転移

八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。 ソレは突然訪れた。 『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』 そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。 …そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。 どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。 …大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても… そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。

もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~

鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
 第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。  投票していただいた皆さん、ありがとうございます。  励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。 「あんたいいかげんにせんねっ」  異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。  ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。  一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。  まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。  聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………    ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。

無自覚副会長総受け?呪文ですかそれ?

あぃちゃん!
BL
生徒会副会長の藤崎 望(フジサキ ノゾム)は王道学園で総受けに?! 雪「ンがわいいっっっ!望たんっっ!ぐ腐腐腐腐腐腐腐腐((ペシッ))痛いっっ!何このデジャブ感?!」 生徒会メンバーや保健医・親衛隊・一匹狼・爽やかくん・王道転校生まで?! とにかく総受けです!!!!!!!!!望たん尊い!!!!!!!!!!!!!!!!!! ___________________________________________ 作者うるさいです!すみません! ○| ̄|_=3ズザァァァァァァァァァァ

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

すき

橋本彩里(Ayari)
ライト文芸
机に入れてあった宛名のない一通の手紙。二文字の言葉を見て推理していくうちに……。 伝えるってすごいことだよね。 可愛らしい二人のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

令嬢はまったりをご所望。

三月べに
恋愛
【なろう、から移行しました】 悪役令嬢の役を終えたあと、ローニャは国の隅の街で喫茶店の生活をスタート。まったりを求めたが、言い寄る客ばかりで忙しく目眩を覚えていたが……。 ある日、最強と謳われる獣人傭兵団が、店に足を踏み入れた。 獣人傭兵団ともふもふまったり逆ハーライフ! 【第一章、第二章、第三章、第四章、第五章、六章完結です】 書籍①巻〜⑤巻、文庫本①〜④、コミックス①〜⑥巻発売中!

処理中です...