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最終話

138頁 勇者のいない世界で

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風が吹く。

俺は、舞いあがる草と共に空を飛ぶ鳥だった。




雨が降る。

俺は、土に染み込む雨をその身に感じる虫だった。



朝日がさす。

俺は、日の出とともに草原を駆ける獣だった。



時には雨だった。
時には雲だった。
時には土だった。
時には、時には、時には……。


その中で、沢山のを見た気がする。
それがなんだったのかは…わからないけれど。


そして……どれくらい…そうしていただろう。









自分でもどこにあるのかわからなくなっていた目に、眩い光が差し込んだ。

自分でもどこにあるのかわからなくなっていた耳に、だんだんと声が聞こえてきた。

自分でもどこにあるのかわからなくなっていた体に、触れられる感覚がした。





「カイトさん、カイトさん!カイトさん!!!」



揺さぶられる。

目を開く。

霞がかった視界に、白と、赤と、青いものがうつる。



土の匂い。

植物の匂い。


そして、どこか懐かしい…3つの色を持った人達の匂い…。





「……しろ、かの…あいと?」

無意識に言葉が漏れる。

同時に脳の奥から記憶が溢れ出した。




「無事…だったんだ、な。…良かった」



「よ、よかったぁああ?!なな、ななに、なに、言ってんですかこんのバカ!!バカ勇者ぁああ!!!」


「とりあえず外に出そう」


「あ、ボクも運ぶよ」



以前と変わらない様子の藍斗と、さっきまでは小さかったものの、ニューンと俺と同じくらいに身長を伸ばした火乃に肩を貸されて、外に出る…。





木陰に敷布を広げ、即、横たえられる。

正直、体がだるくて仕方ないから助かるな。


それからシロが鼻水ズビズビしながら今までの事を話してくれた。




シロが目覚めたのは世界が再編纂へんさんされてからすぐだったという。

神の権能を譲渡したイザベルさんが、起こしに来たそうだ。

イザベルさんは俺のメモに気づきすぐにそれを世界中に知らせた。
俺の事は忘れていたのにそれを知らせてくれたのは、世界のシステム画面で真実だと理解して、知らせた時のデメリットより知らせなかった時のデメリットの方が大きいと判断したから。

しばらくは混乱もあったが、イザベルさんが神の使いとして指示を出すことですぐに落ち着いたらしい。


さて、シロはというと、こちらも記憶のうち勇者おれのことだけ綺麗さっぱり忘れていたそうだ。

今までやってきたことも、何故そうしたのかも覚えているのに、俺のことは忘れていた。


それを思い出したのは、自分の種族名がきっかけだったとのこと。


ステータスが消えた世界。
しかし、アイテムを利用することで自分の種族が何なのか知ることができる。

シロが興味本位で種族を調べたところ……。



種族 の友人



シロは思った。

ってなんだ、と。


友人?自分に友人と呼べる存在はいなかったはず。あれ?そもそも、何故神だった自分がこんな謎の種族名で地上に?はじめに予定していた結果とは違うぞ?おや、はじめに予定していた結果とは何だったか?それには絶対的に必要な存在があったはず……。そういえば、まだあのRPGゲームクリアしてなかったなぁ…。主人公ゆうしゃがなかなかめんどくさいやつで……って、


勇者カイトさんだああぁぁあああ!!!



と、なったそう。

なにそれカナシイ。


ちなみに、思い出すまでに半年近く経っていた。






藍斗や火乃にも記憶の欠落があったそうだ。



藍斗と火乃は世界の再編纂時に龍人の村にいたらしい。

何かを取り戻しにきた感覚はあれど、何を取り戻しに来たかが分からない。

ほとんど破壊し尽くされた村の中心で、2人は互いに首を捻って考えた。


だが、さすがと言うべきか何と言うべきか……。


周囲に擦り付けられた記憶にない…ただ、知っているはずの匂い。
まるで、中にあるものを壊さないように注意して壊したかのような建物の残骸。



そして、これは忘れたらちょっと困るだろうなと思って(あとたいしたエネルギー量でもなかったので)みんなの記憶に残るよう調整した職業ジョブ
その、使の文字。


とりあえず、これらのヒントからほんとにかすかな残り香を追ってユタユン遺跡に到着。


だが、シロはすでにイザベルさんに起こされた後で、ユタユン遺跡はもぬけの殻。

しかし、記憶の欠落をそのままに出来なかった2人は、とりあえず記憶にある場所をそれぞれ片っ端から旅したという。

その途中でふとした拍子にポンっと記憶がよみがえったそうだ。



ちなみに、勇者の記憶が戻ったのは職業ジョブ、ないし種族名に勇者の言葉が入っていたからで、ほかの人たちでは記憶を思い出すのは難しいとのこと。

………それは、少し寂しいな。




藍斗と火乃は旅していたのもあって、思い出すのに年単位でかかり、3人が再会するまでにまた数年。


俺を見つけ出すまでにもっと時間が………って、



「え、結局、あれから何年たってるの?!」


「10年くらいですかね?」


「あぁ、ちょうどそれくらいだな」

「だねー」


「じゅうねんっ?!」


言われてみれば、藍斗は髪がさらに長くなっているし、幼かった火乃は中学生くらいがデフォルト姿になってるし、シロは立派な青年…いや女性?え、ちょっと待ってどっち?!


「え、それ聞きますぅ?カイトさんのえっちー♡」

「ぐっ、卑怯だぞ、その言い方!!」

気になる…気になるが無理に聞き出すのはっ……!


苦悩する俺を横目に、3人が笑い合う。

くそう、俺抜きで仲良くなりやがってぇ。




「ふふ、そのうち…旅の途中ででも教えてあげますよ。私たちにはまだ…たくさん時間があるんですから…もちろんお説教もちゃんとしますけどね!」


「旅?」


「ええ。一緒に行きましょうよ、カイトさん。私と藍斗さんと火乃さんと、カイトさんの4人で。この、あなたが、勇者あなたが救った世界を旅するんです!」


シロが、

藍斗が、

火乃が、


俺を期待した眼差しで見ている。



俺は大きく頷いた。





旅をしよう。この世界を。

俺が壊した…勇者が消えてしまった、この世界を。









「それにしても、本当に奇跡でした。カイトさんが生きて見つかったの」


「え?」


「だって、考えてもみてくださいよ。10年もの間未発見だったのに餓死してないって。しかも、カイトさんがいたの聖域の神木のうろですよ…まぁ、ここは動物もいないし、そんな見つかりにくい所だったからこそ肉体的に無事だったのかもですが」


かすかに、記憶がよみがえる。俺は、鳥になって、魚になって、虫になって、獣になって、時には自然そのものになって…。

その間、飢えることも凍えることも、暑さに負けることもなく過ごしていたような。

……暖かい手に…導かれていたような…。




俺は1度、目を閉じた。

よく分からないが、俺が無事だったのはあのの主のおかげなのだろう。
俺が眠っている間、俺を世界中に連れ回していたに向かって、ありがとう、と、心の中で呟く。





天の彼方。
あの白い部屋で、誰かが笑ったような気がした。
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