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ユタユン遺跡編

133頁 龍人の村 2

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「………こっちだ」


周りに人がいないことを確認して、俺たちはひとつの小屋に入った。小さくも造りの良かった他の家と比べ、この辺りの家は本当に粗末だ。


中に入ると、ほんの少し寒さが和らぐ。

とはいえ、隙間風もあり、寒いことに変わりはないが。


扉にかんぬきをはめ、中を見渡す。


「エレノアは…まだ来ていないな」

「にしてもマジでさみぃっスね…」

「あぁ、ちょっと待ってろ」


トーシャがガサゴソと部屋のすみから何かを持ってきた。

火打ち石と人抱えのまき

部屋の粗末な暖炉に火を起こし、慣れた手つきでまきべて火を大きくしていく。




冷えた手足を炎で温めると、少し緊張がほぐれた気がした。


「はぁ、エレノアが来るまで暇っスね」

「だな」


トーシャとセマリも暖炉の火に当たりつつ何気ない会話を交わしている。



…そういえば、バタバタしててイザベルさんには聞いてなかったけど……。


「……いまさらなんだけど、俺たちがここにいる事、神にバレてたりしない?」


いつも天の彼方で俺の動向をモニター…もとい、見守っていたシロ。今も見られていたりしたら、俺たちの計画を邪魔してくる可能性も……。


「あ、それは大丈夫らしいっス。なんか力を溜めるので精一杯で…、だから勇者御一行の誘導役とかをイザベル魔女さんに任せたっぽいっスよ?」


「なら、よかった」









そして、しばらく世間話に花を咲かせていると、


コンコン、コン…コンコンコンと、

ノックが聞こえた。

このノックのリズムはこの村に来る前に決めた暗号。エレノアが帰ってきたのだ。

かんぬきを引き抜き、扉を開ける。



「待たせたね」

そこにはいい笑顔で仁王立ちするエレノアがいた。



「おつかれっス」

「首尾はどうだ?」


「バッチリだよ」


エレノアが隠しポケットから小さな鍵を取り出した。

木製の…しかし、宝石が埋め込まれた鍵。


「そ、それっ!」


「あぁ、そうさ。ユタユン遺跡の鍵さ!」


「ほんとーに盗ってこれたんスね。さすがエレノア」


「ま、アーシだからね。とはいえ、これでアーシは裏切り者認定された。周りにバレるのも時間の問題さ。さっさと出発しようじゃないか」



「だな。よし、バレる前にいくぞ」


トーシャは火に灰をかぶせる。


あぁ、また外…セマリじゃないけど寒いのやだなぁ。


いや、さっさと行かなきゃ龍人たちが俺たちを探し始めるからな。仕方ない。

よし、気合を入れて…出発だ!



















「長老、こちらです。何やら他の龍人が怪しい侵入者を目撃したとか…」


「わかっておる、かすでない」


雪に包まれた渓谷けいこくを進みながら、先程の人質を連れてきた奴らのことを思いかえした。


災害児をこの地におびき寄せ、袋叩きにする…か。



「まったく…。下等レッサーごときがこのわしに意見するなど…」


作戦そのものの良し悪しはともかく、下等龍人が純血種の儂に意見したこと自体が腹立たしい……しかし、儂は長老。無礼千万な下等レッサーにも寛容にあらねばならない。

普通の純血であれば即、あやつらを処分できていたものを……。



「……報告では、この辺りに侵入者がいた…との事だったんですが………」


「……何もないではないか」


雪。

足跡はいくつかあるが、魔物モンスターのものや、幻術で引き返したであろう冒険者のものくらいだ。

侵入者と呼べる足跡はない。


あたりにもそれらしい気配は…ないな。



「何かの見間違いではないのか」


ここまで先導してきた龍人に問う。


「い、いえ。しかし、イカヅチの家系の者が、たしかに見た、と」


「雷の家系…?」


たしか、本家の雷の家系は他所に出払っているし、分家の下等レッサーの方は……たしか、エレノアだったか?

そういえばトーシャ達と行動を共にしていたはずだが、さっきはいなかったな。

死んだか?…いや、まて。まさか。


わずかに嫌な予感がよぎる。



「さすがに、家紋持ちの龍人…しかも下等レッサー俺たち純血種に嘘は吐かないだろうと判断して……こ、これが証拠です」


先導していた龍人が差し出したのは、雷の家紋に下等龍人を表す傷が入った板。


……雷の家系、分家。エレノアの紋章だった。




「な…なっ、!」


なぜ、なぜ、そんな嘘を…。

いや、ならば、ならばまさか、あの人質を連れた下等レッサーどももグルか?!



「ちょ…長老ぉ~!!」


遠くから駆けてきたのは、伝令係だ。

ええい、今は忙しいと言うに!


「…何事だ!!」


「み、巫女みこ様から…お、お告げ、です…。下等なる…イカヅチが、秘められし…扉のかぎ、を…はぁ…、奪った…との、こと…!」



「あの下等レッサーめ…!!!」


たばかられたことに気がつき、頭に血がのぼる。



「いかに寛容な儂といえども、これは許せん!!罰を与えてくれよう!!」


怒りに身を任せ、雪道を疾駆する。

あやつらがどこにいるか探すより、隷属契約を利用して処分する方が早かろう。


家に駆け入り、一冊の本を取り出す。


下等レッサーが産まれると、その者の血でここに名前を書く。

すると隷属契約が結ばれ、その下等レッサーは純血種に逆らえないようになる。

そして、書かれた名前を炭で塗りつぶすと、その下等レッサーのだ。


「本来であれば拷問の末に処分するところ…儂の寛容さに感謝するがいい…鍵は殺した後で下等レッサーに探して来させればよかろう」


さて、エレノアのページは……。


……?




「おかしい…たしか、あやつのページはここのはず」


たいして人数のいない下等レッサー種。
初めのページから見直しても数分とかからず全員の名前を見終わる。


そして、エレノアの名は…ない。


「まさか、まさか…、隷属契約を切ったのか?!どうやって?!!」


慌ててトーシャとセマリの名前も探す…が、そやつらの名前もない。




「くそ、くそくそくそ、くそぉ!!なん、なんなのじゃ、これは!!!」



こうなれば、今いる他の下等レッサーどもに探させるか。

どうせ災害児が来ると言うのも嘘に決まっておる。ならば人質などは捨ておけば良い。

第一、ここにいる限り儂ら純血は絶対安全。
災害児の目撃情報の多発と、巫女が探せと神から予言されたと言うから万が一のために災害児を探させたが、それも本来不要のこと。


ふん、腹立たしい下等レッサーどもめ!!


あやつらを捕らえさせたら、しばらく魔物モンスター下等レッサーと殺し合わせる見せ物にでもしてやろう。

いっそ、下等レッサーなど雑用係の必要最低限だけ残して処分してしまってもいいかも知れんな。あやつらの存在は食料や素材を無駄に消費するだけ。

よし、では、雑用係として5匹程度残して、後は処分するとしよう。


そこまで考えて、扉から近くを通りかかった下等レッサーに声をかけた。



「おい!おまえ!!エレノア、セマリ、トーシャを探すよう下等レッサーども全員に伝えてこい!!必ず生かしてここへ連れてこい!捕らえてくるまで帰ってくるなとな!!!」


「は、はい!!」













「以上、長老からの命令だ」


「……もうすぐ吹雪くってのに、帰ってくるなってか」


「しかも、エレノアさんやセマリさん。トーシャさんを生かして捕らえろって…無茶いうなぁ。ほんと」


「やるしかないさ…命令には、逆らえないから、な」


「しかし、あの人たち、何やったんだ?長老はカンカンだったが…」


「さぁ、な。会ったら聞いてみるか?もしかしたら説得に応じてくれるかもしれないしな」


「…だな」


総勢30名の下等レッサー達は探索を開始する。

そして、すぐに手がかりを発見した。

自分たちに与えられた下等レッサー小屋。
夜になれば、狭苦しい小屋に何人もがぎゅうぎゅう詰めで過ごすその小屋から、村から離れるようにつく足跡を。

雪道を歩きなれた足跡3つ。
ヨタヨタ、ヨロヨロと雪に足を取られながら歩く足跡1つ。


最近は満足に食事も睡眠も取れていない体に鞭打って足跡を追跡すると、彼らの足取りはユタユン遺跡に続いていた。



「よぉ、」


「………トーシャ…セマリ、エレノア」



そこには、3人の姿があった。


「久しぶりだな、アトリ」


「…あぁ。………トーシャ、長老がお前たちを探してこいと命令を出した。大人しくついて来てくれないか?…俺たちは最悪…刺し違えても連れてこいと命令を受けている。その意味、同じ下等レッサーならわかるだろう?」


大人しく来てくれるのでは、と、淡い期待を。
けれど、聡明な彼らのことだ。
ここでついてくるようなら初めから長老を怒らせるをするはずがない、と、深い絶望を持って問いかける。



「…なぁ、アトリ。おかしいと思わなかったか?」


「え?」



「なぜ、長老は俺たちを下等レッサーの名簿録で殺さなかった?」



「…それ、は」


言葉に詰まる。
それは俺も感じていた疑問だから。


「答えは簡単だ。殺せないからさ。俺たちは隷属契約を切ったからな!」


「う、そ…だろ」



「ほんとっスよ。だからアイツは俺たちを下等レッサーたちに追跡させた」


「………」


考えれば考えるほど、その通りだ、と思った。

でなければあの長老が名簿録を使わない理由がない。



「あんたら…どうやって契約を…いや、どうあれ俺たちには命令が出ている。あんたらを見つけちまった以上…もう、俺たちは……」



「なぁ、アトリ。アーシ達と取り引きしないかい?」


「…取り引き?」


久しぶりに見た幼なじみエレノアが、昔と変わらない悪戯めいた笑顔でこっちを見ている。


「アーシ達に協力してたら、あんたらの隷属契約も解除するよ」


「なっ?!」


「いい提案だろ?」


「そんなこと、できるわけ」


「できる」


トーシャが言い切る。


できる…のか?

このクソ忌々しい契約を…切れるのか?



周りの仲間たちに目を向ける。

皆の目には、隠しきれない希望が宿っていた。



………そうだ。

どうせ、どうせ…いつかはあの純血種たちに使い潰される。なら…ここでトーシャたちにかけてみるのもいい。


3人を見つめ、強く頷く。


「…決まりだな」


「…俺たちは何をすればいい」


「ああ、まずは………」





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