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魔法塔編

80頁 藍斗の記録

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カイトがいなくなった。

森の中や、塔の周辺を再度探してみたけれど、やはりいない……かすかに残った匂いからして、おそらく、俺がいない間に、魔法塔に入ってしまったのだろう。


塔の周囲からの侵入は難しい。

……なら、上から入るか。


さすがは何重にも結界が張られた塔…飛行と跳躍を駆使しても、最上階までたどり着いたのは朝方だった。


朝日に照らし出されたのは、塔の上とは思えないほどに自然豊かな場所。

目の前に広がる、滝、池、川、山、草原、雪原、砂漠、溶岩地帯……

しかし、その中央に、明らかに自然物ではないものがある。


一言で言うならば、氷の家。

決して大きくはないながらも、神秘的なそれに近づく。


「誰ですか?」


氷の家の中から刺すような殺気……これは、只者じゃないな。


「……突然の訪問、恐れ入る。俺は藍斗というものだ。人探しのためにここに来た」


「人探し、ですか……どうぞ、こちらへ」


殺気が消え、氷の家の扉がひとりでに開く。
警戒しつつ入ると、そこには、質素に見えるが、作りがいい家具に囲まれ椅子に腰掛ける、雪と氷の彫像のような女がいた。

「ようこそ、魔法塔へ……よく、ここまで来れましたね」

ほんのかすかに唇の端を引き上げ、椅子に座るように促される。

……特に危険はなさそうだ。


「…ところで、人探しをしていた…ということですけれど…?」


「ああ、珍しい黒髪黒目の若い男だ。少し前にこの塔に入った筈なんだが」


「そうですか…しかし、私の所へは、特にそんな情報は来ていませんね」

少し前に感じた殺気や、この部屋の内装から考えて、おそらく、コイツはこの塔でも地位が高いほうだろう。
…だったら、

「…なら、塔の中を探す許可が欲しい。どうにか都合してくれないか?」


「それは構いませんが。…っ!すみません、少し、隠れていてください」

「は?」

女が手をかざすと、氷の床が音もなく滑り出し、俺は棚の裏の隙間に押し込まれた。

と、ほぼ同時に、ノックの音。


「どうぞ」


「すみません、塔長とうちょう。実は、報告したいことが」


「どうしました?アレクトニクス先生」


「先程、カイト、という来訪者が来まして、賢者の石がほしい、と」


カイト…よかった。無事だったか。


「そうですか。少量でしたら構いません。お金なども取らないでくださいね」


「……わかりました。それから、魔法塔の内部を見学したい、とも言っているのですが…」


「好きにさせてあげてください」


「では、そのように伝えておきます」


………扉の閉まる音…行ったか。

再び、氷の床が滑り、元の位置に戻る。


「…お騒がせしました…あの、あなたの強さを見込んで、少し、お願いがあるのです。話だけでも聞いていただけませんか?」


「…なんだ?」


「はい…先程話に出た賢者の石…。魔法塔でも、そこまで大量には取れない筈の素材……。それがここ1年程度で、異様なほど乱用されている…という噂を耳にしました。また、それとほぼ同時期から、この塔の生徒が、何名も、まるで洗脳を受けたかのように、性格が変わってしまったり、急に異常に成績が上がったり……先程の男、マーリウス・アレクトニクス…彼がこの件に関わっているのでは…、とまでは調べられたのですが、残念ながら、この場所を離れられない私では、これ以上の成果は得られず…」


「つまり、この塔で起こっている異変を調べろってことか?」


「はい。それならば、その、カイトという人とも会えるでしょう?」


……確かに…一理あるか。

それに、もしこの塔でなんらかの問題が起こっているのなら、カイトを危険にさらす事になりかねない。
塔内に入る許可がなければ、いくら俺でも侵入は難しいだろう……ここで断って侵入に手間取るよりはマシか。


「その条件に、賢者の石の譲渡も加えてくれ…それで手を打つ」

「わかりました。あまり大量には用意できませんから、そこはご了承を」


「わかっている」


「それでは、休息が必要な時は、外の雑木林の中に隠れ家がありますから、自由にお使いください」

確かに、飛行と跳躍を使いすぎて、MPが少なくなっている…調査は明日からにした方がいいかも知れない。


「わかった。そうさせてもらう」


「ありがとうございます。ご武運を。」









探索1日目

とりあえず、怪しいというアレクトニクスとやらを尾行する。
調査は隠れて行う事にした。
主に、盗み聞きだ。

午前中は、カイトに塔の案内をしていた。
……今はカイトと接触しない方がいいな。人目が多すぎる。

昼は、翌日の授業の準備だろうか。
どうやら、アレクトニクスは死霊降霊科の教師だったらしい。なにかの骨やら、怪しい粉やらをセッセと用意していた……特に怪しいところはない…か?


しかし、問題は夜だった。
5階の修練場に入ったところから、追跡対象から距離を置きすぎたのが仇となって、目標を見失ってしまった。

においで追おうにも、5階は魔物モンスター臭が強すぎてわからない。
音も同じく、耳をすますと、剣戟や爆発音がうるさくてよく聞こえない。

……5階に何かがある…程度の情報しか得られなかったな。




探索2日目

アレクトニクスがカイトの部屋を訪ねて来た。

死角から聞き耳を立てていると、

「塔長に、賢者の石の件を相談してみたのですが、しばらくはお渡しできないとのことです」

…へぇ、一昨日の話と違うな。
塔長とかいうあの女は、少量の賢者の石を無料で与えるようにって言っていた。

…この男、何を企んでる?


部屋の中では会話が続いているが、少し離れたところから、こちらに向かう足音が聞こえた……チッ、ここじゃバレかねないな。いったん離れるか。


ランタン置き場の影……ここならとりあえずバレないだろう。


扉の前にいるのは茶髪の女だ…が、奇声をあげて走り去った。

…何しに来たんだ。

少し間を置いて、それを追うアレクトニクス。


すぐに部屋から出て反対方向へ向かうカイト。



……あぁ、クソッ!

俺はすぐに、アレクトニクスの後を追った。



……しかし、やはり、5階で見失う。

あの茶髪女も一緒にいなくなっているから、アレクトニクスとグルだろうな…。

しかし、どうやらこの階には魔術的な結界が張られているらしい。

ここまで強力な結界…なんだか嫌な予感がするな。








探索3日目

……………………カイトが、消えた。

アレクトニクスは、いなくなったカイトを探すそぶりも見せない…アイツが何かしたのか?だが、アイツがカイトの部屋に向かう様子はなかった…あの女か、もしくはそれ以外にも仲間がいるのか…。


……どちらにせよ、カイトの手がかりになるのは、あの教師2人組。アイツらを尾行するしかないだろう。


…やはり、2人は5階に行く。

今日はどちらも授業が休みらしい。

限界まで距離を詰めて、耳をすますと、剣戟や爆発音をぬって、言葉が聞き取れた。


「今日は……の日……すから、………メラ……準備………ますね?」

「も、も…ろん……。準…は……ています。…………フロアに…、……………くらいの……キメ…や、ゾ…ビを置…てます。大…夫で…」

「賢…の石…素材…………、くれぐ…も、逃…ことの…い…うに」

「わかっ……すよぉ」

「それ…ら、カイトくん………の研…に…………から、手を…さない……に」

……っ!?
今、カイトって…!!


集中力が切れ、結界の影響で2人を見失う。

…しくじったな。

だが、この付近を捜索していれば、もしかしたら何かあるかも知れない。


この付近を捜索しようと、辺りを見渡した時だった。


ペキッ!

ペキッ、ペキッ!


どこかから軽い音がする。

まるで、卵が孵化ふかするような音。

その正体は、すぐに判明した。


修練場のドアから、通路から、魔物モンスターが溢れ出る。


溢れ出る魔物モンスターの中心に、大きな卵があった。

欠けた隙間から見える卵の中は、光の一筋すら通さない、暗い赤色。そこから、無尽蔵に魔物が湧いて出てくる。


向かって来た1匹を斬りはらう。

死んだは、粘ついた血のようにべチャリと地面に落ち。溶けて消えた。

なんだ……これ、

魔物モンスターじゃ、ない?






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