香りの聖女と婚約破棄

秋津冴

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 そんな俺の様子を見て訝しむように疑問の声を放つ誰かがいた。
 そいつらは俺がこの二人の関係を修復しようとするのを、面白く思わない連中だった。
 言葉と行動で、陰湿にエヴァをいじめ抜き、マシューの周りにたかることで、自分の将来を優位にしようと考える。そんなクズどもだ。
 もしくはそんな気はなくてもエヴァのことが気に入らないというだけでいじめるような心の狭い、薄汚い連中だと俺は思っていた。

「ねえ、もしかして」

 それはそんな声から始まった。

「あの二人、もしかして裏でできていらっしゃるんじゃないの?」
「ええ、まさかそんなっ。だとしたら‥‥‥」
「マシュー様にだけ好ましくない香りをつけて、近づけないようにしたとしてもおかしくないわよね」
「そんな事ってある? だって、あの御方は王位継承権を持たないのよ‥‥‥? 二人の仲を裂くわけがないじゃない」
「よく考えなさいよ。さっき自分から申されていたじゃない。爵位だけで言えば、一番高位だって。だからやっぱり次期国王になりたいんじゃないのかしら」
「あー、わかるわかる。エヴァ様があの香りをやめるのもあと四か月とか詳しく言っていたし。それがなくなるまでにマシュー様と決別させたら、自分が跡乗りできるかもね。だって、エヴァ様‥‥‥」
「悔しいけれど、学院では一番か二番に美しいもの。マシュー様が心を奪われたのも分かるわ」
「なんて罪な女なのかしら。この学院からさっさと去ってくれたらいいのに、庶子の子供風情が」

 絶え間ない暴言の嵐が降ってくる。
 それを黙って耐え抜くエヴァと、婚約者が傍若無人な学院性の言葉に貫かれ、悪逆非道な目に遭っているというのに、救おうともしない第三王子。
 そして、何もしない妄想はどこから湧いてきたのかと思うほどたくましい想像の元に冤罪の可能性へと変化していく様を、見届ける俺。
 このまま放っておけば最初に言った通り、教授連の仲介は待ったなし。
 そろそろ、声を上げなければならなかった。
 少なくとも、俺だけはエヴァの真実を知っているのだから。

「それぐらいにしてくれないか? ありもしない冤罪を申し立てるのは罪だと、みんな知っているだろう。俺は潔白だ。まずそれを先に伝えておく」

 群衆が喚きだしたとき。
 それを止めるのは簡単なことだ。
 一発の銃声でも、ド派手な魔法の爆発音でもない。
 ただ、こうすればいい。
 俺は彼らに向かって限りなく大きく響くように、柏手を打って場の雰囲気を沈めた。
 もちろん普通にそうしただけでは響くわけがない。
 これはちょっとした音と魔法の相乗効果によるものだが、大して誰かに悪影響を及ぼすわけでもない。
 しかしその効果は絶大だった。

「ちょっとちょっと! なによこの音!」
「やだっ、耳から離れない‥‥‥」

 呻くような声が周囲から響いてくる。
 当たり前だ。数秒遅れで手を打ち響いた音の波紋を、建物に反響させるようにしたのだから。
 しばらくして生徒たちの文句が止み、俺達三人に、再び周囲の耳目が集まってきた。

「もう一度、言うぞ。俺とエヴァ嬢、マシュー第三王子は友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。むしろ責めるなら、こんな公衆の面前で婚約者を馬鹿にしたり、立場や人格を貶めても、それを王族の特権とのたまう、マシューが責められるべきだろう。違うか?」

 俺は周りの学友たちにそう問いかける。
 もちろんそこには、何の魔法も特別な術もかかっていない。
 俺はただ、事実を述べ、周囲は当たり前のようにそのことに賛同する。
 やがてみんなの目は、エヴァを糾弾しようとしたマシューに対して批判を帯びてものに変わり始めていた。
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