6 / 9
涙の断ち切り方
しおりを挟む
帰宅してボートを船着き場に係留すると、レイダーに集金してきた金貨の袋を手渡した。
いつになく元気がない娘に、父親は不思議そうな顔をする。
なにかあったのか、と問いかけたら、ぽつり、ぽつりとマーシャはさっきの出来事を話し出した。
可哀想に、ずっと我慢して溜め込んでいたのだろう。
その瞳には普段の勝ち気な彼女らしくない、大粒の涙がこぼれだしていた。
「おいおいどういうことだよ。あいつは浮気なんてしない男だろう?」
「嘘じゃないってば! 漁師仲間のフレッド、ライオネル。それにルクスもいたんだから」
「だから行くべきじゃないって言ったじゃないか。太陽が出てから行けば出くわすことなんてなかったのに」
「どういう意味よ!」
あまりの唐突な出来事に、父親のレイダーは急にもうろくしたらしい。
意味不明なことをつぶやいて両手で顔を覆ってしまった。
「知らなきゃいいことだってあるんだよ」
「ふざけないでよ! 結婚した後にこんなことが分かったら離婚だけじゃ済まないのよ? 結婚してしまったら夫婦それぞれに責任があるって教会は判断するんだから!」
「……わかってるよ。お前の母親もそう言って出ていった」
「なんで親子揃って、大事な人に浮気をされて……」
「俺もお前もそういう運命だってことだ。それよりどうする」
母親は商売に熱心になりすぎて彼女にかまうことを疎かにした父親に愛想を尽かし、当時、上顧客だった貴族の愛人になった。
まだこの街の中に住んでいて、マーシャと歳の離れた異父兄弟がいる。
彼女との交流は今でもまだ細々と続いてはいるが、そのことを父親には言っていない。
もう数年前に終わった仲だと、レイダーは思っているはずだ。
「どうするもなにも! 向こうの親にお父さんからちゃんと話ししてよ! 私から話をしにいっても、親同士が先に話をする慣習に外れるって相手にされないのは目に見えてるわ」
「片親だけだと相手が強気に出てくるからな……お前ちょっと母さんに」
「はあ?」
「だから。ティムのやつに連絡とってくれよ。今どこにいるか俺は知らないんだ」
「どうして私がお母さんの居場所を知ってるって思うのよ」
「会ってるだろ? 何年前から……俺が知らないと思ったのか?」
「……ごめんなさい。隠すつもりはなかったんだけど、なんだか言い出しづらくて……」
まさかバレてると思わなかった。
レイダーは仕方ない、と肩を竦める。
「お前は悪くないよ。離婚してしまった父さんと母さん双方に責任があるんだ。お前は子供だった。なにも悪くない……俺だけで話ができるようになんとかやってみるよ」
「うん……」
父親の腕の中に逃げ込んだ。
しばらくすすり泣いた。
それから泣いている自分に腹が立って、悲しみを断ち切るように顔を上げる。
負けているのは悔しかった。
そう思ったら、怒りの波が途絶えた。
一旦治まり、また荒々しく、うねるような感情の激流が、頭の片隅から生まれてくる。
同時に気分が悪くなり、吐き気を催してから、ようやく自分が朝から何も口にしていないことに気づく。
朝から何も食べてなくて胃の中が空腹で揺れていた。
いつになく元気がない娘に、父親は不思議そうな顔をする。
なにかあったのか、と問いかけたら、ぽつり、ぽつりとマーシャはさっきの出来事を話し出した。
可哀想に、ずっと我慢して溜め込んでいたのだろう。
その瞳には普段の勝ち気な彼女らしくない、大粒の涙がこぼれだしていた。
「おいおいどういうことだよ。あいつは浮気なんてしない男だろう?」
「嘘じゃないってば! 漁師仲間のフレッド、ライオネル。それにルクスもいたんだから」
「だから行くべきじゃないって言ったじゃないか。太陽が出てから行けば出くわすことなんてなかったのに」
「どういう意味よ!」
あまりの唐突な出来事に、父親のレイダーは急にもうろくしたらしい。
意味不明なことをつぶやいて両手で顔を覆ってしまった。
「知らなきゃいいことだってあるんだよ」
「ふざけないでよ! 結婚した後にこんなことが分かったら離婚だけじゃ済まないのよ? 結婚してしまったら夫婦それぞれに責任があるって教会は判断するんだから!」
「……わかってるよ。お前の母親もそう言って出ていった」
「なんで親子揃って、大事な人に浮気をされて……」
「俺もお前もそういう運命だってことだ。それよりどうする」
母親は商売に熱心になりすぎて彼女にかまうことを疎かにした父親に愛想を尽かし、当時、上顧客だった貴族の愛人になった。
まだこの街の中に住んでいて、マーシャと歳の離れた異父兄弟がいる。
彼女との交流は今でもまだ細々と続いてはいるが、そのことを父親には言っていない。
もう数年前に終わった仲だと、レイダーは思っているはずだ。
「どうするもなにも! 向こうの親にお父さんからちゃんと話ししてよ! 私から話をしにいっても、親同士が先に話をする慣習に外れるって相手にされないのは目に見えてるわ」
「片親だけだと相手が強気に出てくるからな……お前ちょっと母さんに」
「はあ?」
「だから。ティムのやつに連絡とってくれよ。今どこにいるか俺は知らないんだ」
「どうして私がお母さんの居場所を知ってるって思うのよ」
「会ってるだろ? 何年前から……俺が知らないと思ったのか?」
「……ごめんなさい。隠すつもりはなかったんだけど、なんだか言い出しづらくて……」
まさかバレてると思わなかった。
レイダーは仕方ない、と肩を竦める。
「お前は悪くないよ。離婚してしまった父さんと母さん双方に責任があるんだ。お前は子供だった。なにも悪くない……俺だけで話ができるようになんとかやってみるよ」
「うん……」
父親の腕の中に逃げ込んだ。
しばらくすすり泣いた。
それから泣いている自分に腹が立って、悲しみを断ち切るように顔を上げる。
負けているのは悔しかった。
そう思ったら、怒りの波が途絶えた。
一旦治まり、また荒々しく、うねるような感情の激流が、頭の片隅から生まれてくる。
同時に気分が悪くなり、吐き気を催してから、ようやく自分が朝から何も口にしていないことに気づく。
朝から何も食べてなくて胃の中が空腹で揺れていた。
11
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
ミーナとレイノーは婚約関係にあった。しかし、ミーナよりも他の女性に目移りしてしまったレイノーは、ためらうこともなくミーナの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたレイノーであったものの、後に全く同じ言葉をミーナから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
さようなら、あなたとはもうお別れです
四季
恋愛
十八の誕生日、親から告げられたアセインという青年と婚約した。
幸せになれると思っていた。
そう夢みていたのだ。
しかし、婚約から三ヶ月ほどが経った頃、異変が起こり始める。
【完結/短編】いつか分かってもらえる、などと、思わないでくださいね?
雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
宮廷の夜会で婚約者候補から外されたアルフェニア。不勉強で怠惰な第三王子のジークフリードの冷たい言葉にも彼女は微動だにせず、冷静に反論を展開する。
第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!
黒うさぎ
恋愛
公爵令嬢であるレイシアは、第一王子であるロイスの婚約者である。
しかし、ロイスはレイシアを邪険に扱うだけでなく、男爵令嬢であるメリーに入れ込んでいた。
レイシアにとって心安らぐのは、王城の庭園で第二王子であるリンドと語らう時間だけだった。
そんなある日、ついにロイスとの関係が終わりを迎える。
「レイシア、貴様との婚約を破棄する!」
第一王子は男爵令嬢にご執心なようなので、国は私と第二王子にお任せください!
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
王子と令嬢の別れ話
朱音ゆうひ
恋愛
「婚約破棄しようと思うのです」
そんなありきたりなテンプレ台詞から、王子と令嬢の会話は始まった。
なろう版:https://ncode.syosetu.com/n8666iz/
【完結】裏切ったあなたを許さない
紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。
そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。
それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。
そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる