公爵閣下の契約妻

秋津冴

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第四章 地下の秘密

第三十五話 地下の奇跡

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「魔猟に赴くのも悪くないが、ここから採掘した魔石を加工するのも悪くないと思わないか、オフィーリナ」

 紫の燐光を放つ薔薇を一輪、手ずからハサミで手折って茎の棘を飛ばし、指先が汚れることのないように注意を払って、ブライトは花を渡してくれた。

「この薔薇の花に秘められた魔力の量だけでも、空になった魔石に力を注ぎ込めばそれなりの加工ができそうだわ……」

 信じられない。
 驚きで目をしばたかせる彼女に、ブライトは今度はオレンジ色の花を手渡してきた。

 先ほどの紫の花はどちらかといえば闇に近い属性の魔素だったが、こちらは真逆の光属性を放っている。
 同じ土壌から二極化した属性の魔力を持つ花が咲く現実に、こちらの常識が塗り替えらてしまいそうだ。

「いい品物になるなら、利用してくれてかまわないよ。俺の持ち物だ。遠慮することはない」
「でも。どうしてこんな特別な場所に案内して下さったの?」

 総合ギルドとか、魔石加工ギルドとかに開放したり専売特許を与えれば、もっと有意義でもっと莫大な利益を得られるはずなのに。
 辣腕企業家の彼が、そんなことに目端が利かないはずがなかった。

 どうして? と目で問いかける。
 自分に開放してくれるのは手放しで喜びたいが、何か裏があるような気もしている。

 確かめないと、はいありがとうございます、と素直には受け入れられなかった。

「俺は君を支援すると決めた。そのためにできるものはどんどん与えていく。君は思うようにすればいいよ」
「奥様、これは凄いチャンスですよ!」

 ブライトの発言に加勢するように、またカレンがひそひそと耳打ちしてきた。
 声援は嬉しく思うが、なんとなく頷けない。まだ納得のいっていない自分がいた。

「前にもお伝えしたでしょう、ブライト。私はアイデアで特許を取るつもりがないって」
「あ? ああ、あの全体で共有すれば技術進歩が上がるというあの説か」

 目の前にこんなに素晴らしい材料があるのに、どうしてオフィーリナが目を輝かせて飛びつかないのか、ブライトには不思議でならない。
 普通なら、即答してこれから先、どんな加工をしようか考えるだろうに、と。

「あれと同じです。みんなと共有すれば、さらに業界は進化するし、加工の段階で怪我を負う人間も減ることになるの。そう考えたら、独占するっていうのはちょっと……」

 あなたの申し出はとてもありがたいのだけれども、とオフィーリナは遠慮しがちにそう言った。
 彼女の常識は、職人ならではのもので、商売人であるブライトにはいま一つ理解できそうにない。

 カレンは間に立って仲介しようかとも考えたが、自分はここでは単なる使用人だと思い、それを止めた。
 愛おしそうに与えられた華を愛でる妻に視線を注ぎ、ブライトはどうすれば最善の策が見いだせるかをじっと考える。

「困ったな。それはできない相談だ。君が有意義に使い、その成果を報告するのでいいのではないか?」
「でも――。この土地の地下深くにこれだけ豊富な魔素を含む鉱脈があるなら、魔猟で負傷する人を減らせます」

 ブライトはふうむ、と眉根を寄せる。
 真剣にそういった事実を視野に再度収めて、熟考する。

 短い時間だったが、彼の脳は常人の数倍はよく回っていた。

「そういえば、国内の魔石鉱脈から採掘する量を増やすというのはなぜ、されないんだ?」

 第三者にここを解放することは不可、だ。
 王族関係者でもないと知り得ない、ある意味禁断の場所なのだから。

 ならば、既に開発されている鉱山から一般への供給を増やせば同じことになる。
 提案してみたら、「寡占されていますから」と即答された。

 流石、現役の魔石彫金技師だ。市場の内情に精通している。

「外国資本の企業や、提携した鉱山を持つ地方領主、国が独占している鉱山もいくつかありますけど、どれも魔導列車のように、魔導科学の発展と習得が優先されていて。魔石彫金はほら、ある意味で宝飾品ですから」
「技師の数も限られ、供給される魔石が増えれば市場の価格が下がる、ということか」
「ええ。年間に手にできる量も限られている。だから、みんな魔猟に赴くか、魔猟師から天然の魔石を購入するの。そうしないと、採掘された魔石だけではやっていけないもの」
「……これは思っていたよりも、根深い問題だな。解決方法は?」
「だから……ここ?」

 オフィーリナは躊躇いがちに、手にした薔薇を振って足元をじっと見やる。
 ここには魔石彫金技師の業界にとって、革命的な意味を持つ量の魔石が眠っていそうだ。

 そんな、期待に満ちた目を裏切るのは、ブライトとしても胸が痛い。
 なるべくなら彼女の要望に沿ってやりたいが、やはり決まり事を破る訳にもいかない。彼は公爵なのだから。

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