公爵閣下の契約妻

秋津冴

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第四章 地下の秘密

第三十二話 愛の序列

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「神々のご機嫌を損ねないように、空中に道を敷く、とかしたらどうかしら?」
「空中に道? どうやってそんな突拍子もないアイデアが思いつくのか、俺には不思議でならないな」

 ブライトはやれやれ、と肩を竦めて見せる。
 どうやら彼には単なる気休めとしか聞こえなかったようだ。
 空中にそんなものが敷設できるくらいなら、誰も苦労しないよと言いたそうだった。

「アイデアというか、誰でも思いつきそうなものだと思いますけれど」

 再び手をつなぎ、四回に戻ると今度は彼の外出の支度をする。
 どこに行くのかまでは言わなかったが、どうやら重要な用事らしい。

 ここに二週間居続けるといったばかりだし、本宅に行くとも思えない。
 薄いグレーに染めたシルクのスーツに、ダークブルーのストライプシャツ、小紋柄の赤ベージュのタイ。足元はキャメル色の革靴という出で立ちだ。

 どう見ても、会議など公職の場にでるような出で立ちではない。
 ネクタイの歪みをきちんと正し、スーツに合わせた色合いのコーデュロイのハットを渡すと、ブライトはまるでモデルか歌劇場で歌う花方歌手のように艶やかに彩られた。

 胸元を彩るネクタイと同色のポケットチーフが、小柄な顔立ちをより引き締めて艶やかにしてみせる。
 その華やかさを独占できる喜びに浸りながら、明日はこれを、その次はこれがいいかしら。

 と、オフィーリナは脳裏でブライトのファッションショーを連想していた。

「いやいや、そんなアイデアはあっても口には出さないものだ」
「そうかしら?」

 私の考えってそんなに突飛ですか?
 腰に手を当てて上目遣いに見つめると、ブライトは目元を緩めて見せた。

 またえくぼが一つできて、可愛らしい人、とほんのりと頬が染まってしまう。
 悪戯心を出して、そこを指先で押してみると、ブライトはやれやれ、困った人だなんてぼやいてみせた。

「君のことをおかしいとか言ってるのではないよ。橋をかけるにしても、両端に土台を設置しなければ吊り橋だってかけられないだろう? だがこちら側は精霊王や女神リシェス様に遠慮しているし、帝国側がそんな気すら持っていないと見える」
「でも、あちら側では誰の土地かも分かっていないのでしょう?」
「いや……。向こう側はもう一柱の女神の神殿が管理している」
「古い浄化の女神リシェス様に、新しい戦女神ラフィネ様。そのどちらもが望む土地に関わるなんて、あなたはどんな不運の持ち主なのかしら」

 今回、早く戻ってきたことでその問題から解放され――いや、担当から外されたのだろうということは、オフィーリナも気づき始めていた。
 自分の生まれと血筋の問題が、ブライトを別の方向から苦しめていることも。

 彼は言わないだろうけれど、もし、この国家間の問題が原因となって去ってくれと離縁を付き付けられたら、それそれで仕方ない、なんて思いたくもないが思わずにいられない。

「俺が不運とは聞き捨てならないな。こんなに美しくて可愛らしい君がいるのに」
「でも、私のせいでそれも終わりそう?」
「それは考えすぎだ。陛下がもしそうしろと言っても俺は――」
「駄目よ。奥様がいらっしゃるでしょう。そこはそうなれば覚悟しておけ、くらいは言わないと。公爵様なのだから」

 私はひっそりとどこかで囲ってもらえればそれで十分。
 待つ女、なんて行動的な自分からしてみればあり得ないことまで考えてしまうのだから、愛とは不思議だ。

 ただし、やるべきことを全て成し、可能性が消え失せてからそれは考えるようにしたい。
 オフィーリナはそう思っていた。

「まずエレオノーラが激怒するだろうな。君の帝国の血を王族に迎えるように提言したのはあれだから」
「……そう言えば、気になっていたの。どうして、エレオノーラ様が陛下に物申せるのかって……特別な間柄とかかしら?」
「う、うむ」

 途端、ブライトは口籠ってしまう。

「とにかく、君を失うことは国益に損を与えかねない。俺の決意にも、だ」
「どんな決意かしら? 私を籠の中の鳥のように囲っていく決意?」
「君は意地悪だな。自由にしていいんだよ。束縛する気は毛頭ない。ただ、序列を守ってもらうことにはなるが」

 分かっているだろう、とブライトは目線を降ろしてきてそう言った。
 序列。つまり、子供を産む時期だったり、社交界で後に続いたり、とそういう順場のことだ。

「分かっています……。ええ。分かっているから、控えてくださいってお願いしているの」

 何故だろう、目の間がじわりと熱くなる。
 ブライトがそっと指先でオフィーリナの頬を拭うと、それは涙だった。

「妻がそう言ったか」
「いいえ、別に」

 コクンっと頷きそうになり、どうにかそれを止めた。
 愛されることに序列があることがこんなにも悲しいなんて。
 まだ十六歳と若いオフィーリナの心には、少々重すぎる試練だった。
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