公爵閣下の契約妻

秋津冴

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第三章 愛人の役割

第二十七話 秘めた本音

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 そうじゃないんだよ、と彼は半分ほどに開いた口から、穏やかな声を出してオフィーリナに語り掛ける。

「俺が言ってるのは、俺のことじゃなくて、君のことについてだ。オフィーリナ」
「私の?」

 彼の胸板に頬を寄せ、上目遣いに伺うと、ブライトは優しく頭を撫でてくれた。
 オフィーリナは自分の願いを言ってもいいのだろうか、と謙虚になってしまう。

 こういうとき、ずけずけと希望を言える女性は強いのだろうと思いながら。
 あのときのエレオノーラのように。

 ブライトと彼女の関係が壊れないように配慮しつつ、何がいいかと眉根を寄せて考える。

「それはまだ施策品だし、これから補填したい機能もあるし、まだまだ世に出せる商品じゃないの」
「アイデアを盗まれたらどうするんだ?」

 この程度のアイデアなんて誰にでも思いつくものだと、オフィーリナは自己肯定感低く考えていた。
 すくなくとも、この商品を目にすれば、優秀な先輩方はなにをすればもっと良くなるかを、手に取るように分かるはずだ。

 その程度の商品を大々的に私が考えました、なんて喧伝しようものなら、周囲から叩かれるのは目に見えていた。

「この出来映えで優れたものです、なんて言ったらみんな怒るわよ。師の工房にいたら、もっといい物、優れた物にしようとは思わないのかってしかられそう」
「君の師であるラバウル殿ならそう言うかもしれないが、これは素晴らしいものだ」
「先見の明があるとでも?」
「俺はそう評価しているよ。だから、このアイデアは登録しておくべきだ。特許として」
「……」

 特許か。
 そういえばそんなものもあったな、とオフィーリナは思い出す。

 自分が考え出したアイデアを他人に模倣されないように守るのが、特許の姿勢だ。
 そればかりではないが、登録しておけば、法律が不正利用などから守ってくれるだろう。

 でも、そのやり方はオフィーリナにとって非常識だった。

「魔石の彫金に関わらず、魔導具を作成するのって物凄くリスクが高いのよね。御存知?」
「いや?」

 ブライトは軽く首を振った。
 彼にしてみたら、製鉄所で鉄を精錬するのも、魔導鍛冶師たちが武具に魔法の効果を付与するために加工するのも、同じように感じるのかもしれない。

 しかし、魔石の加工だけは違うのだ。
 単なる彫金ではないのだから。

「魔石は魔石によってしか、加工できないの。つまり、そこには秘めている魔力と魔力のぶつかり合いが、普通に存在するの」
「つまり、魔石同士が常時触れ合うたびに、爆発が起こっている、と?」
「少しちがうけれど、似たような物です。だから、その爆発を制御する必要があって」

 オフィーリナは手と手と合わせる。
 それぞれ、拳と広げた掌が、すっぽりと覆い隠していた。

「なるほど」
「こういう風に、ね。加工する道具の方から発生する魔力を大きくしてやらないと、包み込めないでしょう? 反対になると、魔石が魔力を放出して、バラバラになるから」

 ブライトはオフィーリナの言いたいことがなんとなく理解できた。
 魔石彫金には危険がつきものであり、その失敗例などを共有しないと、文化の発展にはならない、とオフィーリナは言いたいのだ。

「だから、君は特許に。自分だけの秘伝にするよりは、他者と技術を共有して、危険を収めたい、と。そういうことかな?」
「そうね。師からはそう教わったし、もし特許なんか取れるような技法なら……みんなで共有すべきよ。そうしたほうが、より貢献できるわ」
「一体、何に?」

 オフィーリナはちょっと考えて口を開く。

「私たちの未来そのものに」

 こう言われたら、ブライトに特許を取れと押し切ることはできなくなってしまった。

「困ったな。それでは俺が儲けることができなくなる。そうなると、この工房に支援する目的も減ってしまうことになるな」
「あら、旦那様は困らないわよ。それよりもっと有名になるわ。これを販売できるようになれば」
「うん? ……ああ、発案者制度の話か」

 そこまで考えて、ようやく思い至ったそれは、魔石彫金師の技法を国内で守るために提唱された制度だった。
 特許とはまた違った特権を、技法の発案者に与えるそれは、金銭にこそならないものの、支援者を含めた開発陣に国が栄誉の称号を与えるものだ。

 新技法の発案者として認められれば、この国で技法に名前がつく。
 ブライトはその技法の守り手として業界に認知されることになる。

「箔がつくでしょう? 公爵様には一番、お似合いだと思うの」
「君には参ったな。名より実を取れということか」
「そうね。でもそういうつもりはないのですけど。我がままを言えと命じられたら、もうすこし研究を深めたい、かなと」

 理解を示すように、ブライトは熱烈な抱擁と、情熱的なキスをくれた。
 本音はあなたの子供が欲しいのよ?

 そう言いたいのを我慢して、二人はしばらく抱き合っていた。
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