公爵閣下の契約妻

秋津冴

文字の大きさ
上 下
6 / 44
プロローグ

第五話 手柄と魔竜と愛人と

しおりを挟む
 オフィーリナは分かりやすく説明してやる。

「さっき、罠で落雷のようなものを与えたでしょう?」
「ああ、はい。燃え尽きるようにして落下しましたね」
「生物。魔獣も人間も植物も、動物もそうだけど、生きているから再生するでしょう?」
「腐蝕したゾンビなども再生しますが……」
「ああいうのもそうだけど、結局、周りから魔力を取り込むから再生できるわけよね。なら、魔石を再生しない呪いを魔法で先に与えてやってから、魔石を取り除いたら?」
「……肉体は再生しても、心臓は再生しない?」
「そういうこと。だから、生きているのと同じくらい綺麗な状態で鮮度を保ちつつ、持ち帰るには、ね?」
「なるほど……」

 彼はその説明にいたく感心したのか、その後もしきりに肯いては何かを呟いていた。
 もしかしたら、自分も同じようにして魔猟をしてみようと、試みる気になったのかもしれない。
 しかし、生憎とこれはオフィーリナの編み出した技術であり、そうそう簡単に真似ることはできないもので――。

「ま、こうしてこうすると、こうなるのよ」
「おおっ!」

 腰からポーチを外して竜の遺骸の一部をそこに挿入すると、遺骸はするっとその全てがどこかに消えてしまった。
 空間魔法の応用だけれども、ここまでサクサクと作業ができる魔猟師もそうそういないだろうと、オフィーリナはほくそ笑む。
 これは彼女の師匠とその一門だけが受け付いできた、門外不出の秘技なのだ。
 見ただけでは理解できるようには作られていなかった。

「さすがです、若奥様!」
「あのねえ……。さっきからそういうけれど、私、まだ十六歳ですよ! それに側室だし……」
「なんだかすいません、オフィーリナ様」
「そう呼んでもらえるとありがたいわ、本当に。なんだか一気に老けた気分になるのです」

 そこまで言うと、馬車で待機していた、四人の最後の一人がこちらへとやってきた。
 どうやら、狩りが無事に終わったと見て、罠一式を回収して仕舞う段階になったと思ったらしい。
 今回の魔猟に当たるに際して、新しく組んだ冒険者たちの中では、一番最初にオフィーリナがする魔猟の段取りを覚えてくれた女性で、その名をカレンといった。

「老けたと言われたら、年上の私はどうなるのですか、オフィーリナ様」
「ごめんなさい、カレン。罠の回収をお願いできるかしら。私達は他の場所に仕掛けたのを、見回りに行きたいの」
「それはもちろん。でも、歳のことは触れちゃだめよ、貴方たち」

 と、カレンはさっきまでオフィーリナを若奥様呼ばわりしていた男に向かって注意をする。
 彼は申し訳なさそうに頭を掻き、「先に行ってみてきます」と言い残して馬と共に渓谷の奥へと向かっていった。

「大変ですね、オフィーリナ様も」
「……愛人、ですから。私」
「気にしてるんだ」
「はい……」
 カレンはぼやくように言いながら、三つ編みにした腰まである銀髪をいじる雇い主に微笑みかける。
 若いし、美しいし、爵位はあるし、凄腕の魔猟師だし。
 色々な才能と素養に恵まれているオフィーリナが落ち込むのは、一介の冒険者であるカレンから見ていて、どこか面白い。
 絡まっていた魔哭竜の遺骸が回収され、単なる網の塊を彼女はよいしょっと持ち上げた。
 両端を一つにして、くいっと手前に引くと、それはどういった仕掛けになっているのか。
 地下深くに埋まっていたはずの長い鉄杭までもがやすやすとカレンの手元に揃っていた。
 それを器用にくるくるとまとめると、馬車の荷台に放り込んで、罠の回収が終了する。

「まあ、あまり気になされても仕方ないんじゃないかしら。貴族様のそれも奥方様じゃない、側室様がこんなに可愛らしくておまけに凄腕の魔獣を狩る、魔猟師だなんて。誰も思いませんから」
「そうでしょうか……」
「次からこういった魔猟に冒険者を雇う時は、身分を同じ冒険者にするとか。魔猟師の資格をお持ちなら、そちらを雇い主の欄に記載するとか。された方がいいですね」
「そうすることにします」
 
 愛人枠に収まってからというもの、こういった魔石と取るための『魔猟』と呼ばれる狩りに出向くたびに、ちらほらと好奇の視線に晒されることしばし。
 基本的に魔猟は数人でチームを組んで行うものだなのだが、オフィーリナはまだ若く名声も知名度もない。
 腕のいい魔猟師ほど、高名な魔石彫金師に高額で雇われているか、複数の決められた得意先を持っていて、そこ以外には魔石を納品しないものだ。
 そのせいもあってか、オフィーリナには固定の仲間というものは存在しない。
 いないし、これまでは費用がかかりすぎるから雇用するという視点が欠けていた。

「これを機に、私を常雇いにするとかどうですか、お嬢様?」
「それはいい考えかもしれません。あの人たちも――」

 次の罠を確認しに行った二人組は、顔なじみの友人で応募してきたと言っていた。
 女性を雇用するならともかく、男性となると……。

「御主人様の許可が必要?」
「え、ええ」

 カレンに思考を読んだかのように言われて、オフィーリナは焦ってしまう。
 脳裏に思い浮かんだ旦那様。ブライトは男性を雇うと話したらいい顔をするだろうか?
 カレンの雇用を前向きに考えることを告げ、馬車に乗って次の罠を目指すこと数分。
 渓谷が広がり、小さな湖のようになったその岸辺で、罠にかかった魔哭竜の対応に追われる二人の男たちが見えてきて、その件は一旦、保留にしようとオフィーリナは愛用の武器である槍をその手に取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切りの公爵令嬢は処刑台で笑う

千 遊雲
恋愛
公爵家令嬢のセルディナ・マクバーレンは咎人である。 彼女は奴隷の魔物に唆され、国を裏切った。投獄された彼女は牢獄の中でも奴隷の男の名を呼んでいたが、処刑台に立たされた彼女を助けようとする者は居なかった。 哀れな彼女はそれでも笑った。英雄とも裏切り者とも呼ばれる彼女の笑みの理由とは? 【現在更新中の「毒殺未遂三昧だった私が王子様の婚約者? 申し訳ありませんが、その令嬢はもう死にました」の元ネタのようなものです】

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【HIDE LEVELING】転生者は咎人だと言われました〜転生者ってバレたら殺されるらしいから、実力を隠しながらレベルアップしていきます〜

久遠ノト@マクド物書き
ファンタジー
【ステータス1の最弱主人公が送るゆるやか異世界転生ライフ】✕【バレたら殺される世界でハイドレベリング】✕【異世界人達と織り成すヒューマンドラマ】 毎日更新を再開しました。 20時に更新をさせていただきます。 第四創造世界『ARCUS』は単純なファンタジーの世界、だった。 しかし、【転生者】という要素を追加してしまってから、世界のパワーバランスが崩壊をし始めていた。挙句の果てに、この世界で転生者は罪人であり、素性が知られたら殺されてしまう程憎まれているときた! こんな世界オワコンだ! 終末までまっしぐら――と思っていたトコロ。  ▽『彼』が『初期ステータス』の状態で転生をさせられてしまった! 「こんな世界で、成長物語だって? ふざけるな!」と叫びたいところですが、『彼』はめげずに順調に協力者を獲得していき、ぐんぐんと力を伸ばしていきます。 時には強敵に負け、挫折し、泣きもします。その道は決して幸せではありません。 ですが、周りの人達に支えられ、また大きく羽ばたいていくことでしょう。弱い『彼』は努力しかできないのです。 一章:少年が異世界に馴染んでいく過程の複雑な感情を描いた章 二章:冒険者として活動し、仲間と力を得ていく成長を描いた章 三章:一人の少年が世界の理不尽に立ち向かい、理解者を得る章 四章:救いを求めている一人の少女が、歪な縁で少年と出会う章 ──四章後、『彼』が強敵に勝てるほど強くなり始めます── 【お知らせ】 他サイトで総合PVが20万行った作品の加筆修正版です 第一回小説大賞ファンタジー部門、一次審査突破(感謝) 【作者からのコメント】 成長系スキルにステータス全振りの最弱の主人公が【転生者であることがバレたら殺される世界】でレベルアップしていき、やがて無双ができるまでの成長過程を描いた超長編物語です。 力をつけていく過程をゆっくりと描いて行きますので「はやく強くなって!」と思われるかもしれませんが、第四章終わりまでお待ち下さい。 第四章までは主人公の成長と葛藤などをメインで描いた【ヒューマンドラマ】 第五章からは主人公が頭角を現していくバトル等がメインの【成り上がり期】 という構成でしています。 『クラディス』という少年の異世界ライフを描いた作品ですので、お付き合い頂けたら幸いです。 ※ヒューマンドラマがメインのファンタジーバトル作品です。 ※設定自体重めなのでシリアスな描写を含みます。 ※ゆるやか異世界転生ライフですが、ストレスフルな展開があります。 ※ハッピーエンドにするように頑張ります。(最終プロットまで作成済み) ※カクヨムでも更新中

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

処理中です...