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プロローグ
第三話 魔石彫金師オフィーリナ
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いやそれよりも、オフィーリナ自身が呆気に取られていた。
自分の婚約者だと紹介された相手の常識が、あまりにも世間のそれからかけ離れていると分かったからだ。
世間の男性は、女性が魔物を狩る行為を勇ましいとも、素晴らしいとも言ってくれない。
それどころか危険な行為に首を突っ込むな、と叱りつけるのが普通なのに……彼は素晴らしいと評価してくれる。
もしかして公爵様って意外といい人?
師匠と工房の弟子仲間以外に、自分を評価してくれた男性を知らないオフィーリナの中で、ブライトに対する好感度がうなぎのぼりに上がっていく。
反対に、その返事を聞いて両親は呆れを通り越して呆然となっていた。
だが、やっぱり二番目の妻は嫌だなあ、と思ってオフィーリナは謝罪する。
「公爵様、大変失礼ですが……」
「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」
「しかし、結婚は考えられない」
「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」
「でも、それだと奥様が怖いです。本当に、無理がある……」
褒めてもらえるのは本当にうれしかった。
その一言だけでこの客間に来てからの嫌な時間を忘れることができる。
しかし、それはそれこれはこれ。
結婚となれば話が違うし、勝っても違う。
何よりも……正妻がいるのにそんなところにのこのこと、嫁ぎに行くなんて。
眠っているドラゴンを叩き起こすような愚行にしか思えない。
おまけに自分は愛人枠だ。
どう考えても、理想的な未来は見えない。
「俺にも陛下に対する面子がある。立ててくれたら、資金援助は惜しまないつもりだが?」
「結婚……資金援助! まじで? でも、正妻……奥様が怖いです……」
「うまくやる自信がない?」
「ある女性なんてそうそういないと思います……」
そうなのだ。
愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。
資金援助は夢のような申し出だし、これを断るのはおろかにも思えた。
噂に聞いた限りだけれど、彼の——ダミアノ公爵家の資産は国内でも有数のもののはず。
そんな富豪が、後押ししてくれるなら、工房を開店した後に資金の心配なんてする必要はまったくないことになる。
なるけれど、でもどうしよう。
二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、この日は去っていった。
彼との契約結婚、通い妻ならぬ週末だけの通い夫。
十歳年上の女性より美しい端麗な顔立ちをした金髪碧眼、眉目秀麗な美丈夫。
しかし、口はその外見に似合わない毒舌化。
そしてオフィーリナのどんな要望にも嫌な顔一つせずに甘やかしてくれる旦那様。
平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。
週末は契約妻として。
オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れる。
こうして二人の結婚生活は始まった。
◇
この世には魔石と呼ばれる鉱物がある。
それは魔物の心臓であり、魔猟師と呼ばれるハンターたちが採取してくる。
魔石は大小さまざまな形があるが、それをある程度の大きさに砕き、市場に流通する仕組みになっている。
この魔石を加工する職人は、魔石彫金師と呼ばれていた。
魔物の心臓だった魔石は、命を失っても人にとって有害な毒素である、瘴気を放つことが多いので、それを処理して無害にしなければならない。
それを中和するのに最も適した素材が、金なのである。
しかし、自然に採掘される金は希少価値が高く、また手に入りにくい。
そこで錬金術師の登場である。
彼らは魔法で人工的に作り出した金を魔石加工に用いることで、宝石や芸術品としての魔石細工を世に送り出すことに成功した。
そんな錬金術師たち中でも、いま一番人気のある女性魔石彫金師といえば――。
それは、ゼニアス伯爵家第二令嬢オフィーリナをおいて他にはいない。
そうして今、オフィーリナは公爵に一週間の暇をもらい、新たな素材の採取に行くところだった。
向かう先は王国の西北。
魔族との国境線沿いにある、魔哭竜の棲み処となっている渓谷が目的地だ。
魔哭竜は本体が全長三メートルほどある、中型の翼竜の一種で翼を広げたらゆうに馬車三台分はあると言われていた。
羽は頑丈な革製品として使えるし、骨から爪先に至るまで余すところなく、利用できる魔獣だった。
ついでに付近の農家から家畜を盗んで食べてしまう迷惑な害魔獣としても有名だ。
目標は三頭。
できれば五頭は欲しい。
そうしたら来年の春までかけて、立派な彫刻品を仕上げる余裕ができる。
自分のことを褒めてくれる公爵の期待にも応えることができる。
そう思うと、オフィーリナはレンガなどで舗装されていない道路が巻き起こす車輪からの振動にお尻を削られても我慢できるのだった。
自分の婚約者だと紹介された相手の常識が、あまりにも世間のそれからかけ離れていると分かったからだ。
世間の男性は、女性が魔物を狩る行為を勇ましいとも、素晴らしいとも言ってくれない。
それどころか危険な行為に首を突っ込むな、と叱りつけるのが普通なのに……彼は素晴らしいと評価してくれる。
もしかして公爵様って意外といい人?
師匠と工房の弟子仲間以外に、自分を評価してくれた男性を知らないオフィーリナの中で、ブライトに対する好感度がうなぎのぼりに上がっていく。
反対に、その返事を聞いて両親は呆れを通り越して呆然となっていた。
だが、やっぱり二番目の妻は嫌だなあ、と思ってオフィーリナは謝罪する。
「公爵様、大変失礼ですが……」
「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」
「しかし、結婚は考えられない」
「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」
「でも、それだと奥様が怖いです。本当に、無理がある……」
褒めてもらえるのは本当にうれしかった。
その一言だけでこの客間に来てからの嫌な時間を忘れることができる。
しかし、それはそれこれはこれ。
結婚となれば話が違うし、勝っても違う。
何よりも……正妻がいるのにそんなところにのこのこと、嫁ぎに行くなんて。
眠っているドラゴンを叩き起こすような愚行にしか思えない。
おまけに自分は愛人枠だ。
どう考えても、理想的な未来は見えない。
「俺にも陛下に対する面子がある。立ててくれたら、資金援助は惜しまないつもりだが?」
「結婚……資金援助! まじで? でも、正妻……奥様が怖いです……」
「うまくやる自信がない?」
「ある女性なんてそうそういないと思います……」
そうなのだ。
愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。
資金援助は夢のような申し出だし、これを断るのはおろかにも思えた。
噂に聞いた限りだけれど、彼の——ダミアノ公爵家の資産は国内でも有数のもののはず。
そんな富豪が、後押ししてくれるなら、工房を開店した後に資金の心配なんてする必要はまったくないことになる。
なるけれど、でもどうしよう。
二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、この日は去っていった。
彼との契約結婚、通い妻ならぬ週末だけの通い夫。
十歳年上の女性より美しい端麗な顔立ちをした金髪碧眼、眉目秀麗な美丈夫。
しかし、口はその外見に似合わない毒舌化。
そしてオフィーリナのどんな要望にも嫌な顔一つせずに甘やかしてくれる旦那様。
平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。
週末は契約妻として。
オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れる。
こうして二人の結婚生活は始まった。
◇
この世には魔石と呼ばれる鉱物がある。
それは魔物の心臓であり、魔猟師と呼ばれるハンターたちが採取してくる。
魔石は大小さまざまな形があるが、それをある程度の大きさに砕き、市場に流通する仕組みになっている。
この魔石を加工する職人は、魔石彫金師と呼ばれていた。
魔物の心臓だった魔石は、命を失っても人にとって有害な毒素である、瘴気を放つことが多いので、それを処理して無害にしなければならない。
それを中和するのに最も適した素材が、金なのである。
しかし、自然に採掘される金は希少価値が高く、また手に入りにくい。
そこで錬金術師の登場である。
彼らは魔法で人工的に作り出した金を魔石加工に用いることで、宝石や芸術品としての魔石細工を世に送り出すことに成功した。
そんな錬金術師たち中でも、いま一番人気のある女性魔石彫金師といえば――。
それは、ゼニアス伯爵家第二令嬢オフィーリナをおいて他にはいない。
そうして今、オフィーリナは公爵に一週間の暇をもらい、新たな素材の採取に行くところだった。
向かう先は王国の西北。
魔族との国境線沿いにある、魔哭竜の棲み処となっている渓谷が目的地だ。
魔哭竜は本体が全長三メートルほどある、中型の翼竜の一種で翼を広げたらゆうに馬車三台分はあると言われていた。
羽は頑丈な革製品として使えるし、骨から爪先に至るまで余すところなく、利用できる魔獣だった。
ついでに付近の農家から家畜を盗んで食べてしまう迷惑な害魔獣としても有名だ。
目標は三頭。
できれば五頭は欲しい。
そうしたら来年の春までかけて、立派な彫刻品を仕上げる余裕ができる。
自分のことを褒めてくれる公爵の期待にも応えることができる。
そう思うと、オフィーリナはレンガなどで舗装されていない道路が巻き起こす車輪からの振動にお尻を削られても我慢できるのだった。
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