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始まりは研究室で

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「シュヴァルト伯第二令嬢アイネ! この不逞の輩、年下の男に言い寄られ、身体を許した売女め! お前との婚約を破棄する!」
「そんなっ、オルビエート様。これは何かの間違いです――ッ!」

 この国の王太子にして自身の婚約者であるオルビエートの突然の婚約破棄宣言。
 伯爵令嬢アイネは、いきなり訪れた見覚えのない冤罪に、恐怖する――。

 ‥‥‥と、そこまで本を読み進めた時だった。
 後ろから理不尽にも、彼女の昼休みを潰すような一言が、やってきたのは。

「オリヴエ。すまないがここに書いてある書籍を蔵書庫から、持ってきてくれないか」
「はあ? 教授、わたしいま、本を読んでおりまして。まだ昼休みなのですが?」
「至急の案件なのだ」
「はあ……」

 そこは彼女が教授と呼ぶ人物。
 セノン帝国学院の教諭陣に与えられた研究室の一角だった。
 あまり広くないその部屋には、応接セットと思しき二脚の長椅子が対面し、真ん中にはガラス製のテーブルが置かれている。
 長椅子は年代もので、どこぞの中古屋から引き上げてきたにしては豪奢な造りをしていた。
 オリビエはその上に寝そべり、長寿には見えないほうに足を向けて、テーブルに広げた焼き菓子と紅茶を頬張っている。
 緑色の知的なその瞳が、猫の目のように、半目に閉じられていた。

「ご自分で行かれてはどうですか、レビン様」
「僕は動けない。後二時間でまず、この報告書を仕上げなくてはならないからな。動けるのは君だけだ」

 さあほら、早く行けと、机の上にうずたかく積まれた本の山から、一本の手が上がり、ひらひらと舞った。
 さっさと出て行け、という意思表示らしい。
 オリビエは亜麻色の豊かな髪をしている。
 長椅子の上に横たわるその肢体はほっそりとしているくせに出るところはでていて、男性が見ればそれなりに目を引きそうな美貌だ。
 腰まである亜麻色の髪が額に垂れてくると面倒くさそうに払いのけながら、読んでいた冊子に押し花で作ったしおりを挟みこみ、それをパタンっと閉じた。

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