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エピローグ

第六十七話 互いの気持ち

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 ディーノは同世代の少年少女が品の良い恰好をして席に座りつつも、大きな声出したり、気を散漫にして周囲をきょろきょろと見回し、親にしかられている中で、もう一人だけまともに食事を進めている。

 コース料理は子供の都合など関係なく、料理が出来上がった順に提供されるものだが、ディーノはそれをきちんとこなしていた。

「大丈夫? きちんと全部食べきれるの?」
「大丈夫です。それよりママの方こそ、ワインはどうするの?」
「……」

 肉料理には白と赤、どっちが合うんだろうね? とちょっと嫌味を効かせて息子は得意げに言った。
 部屋に戻ったらカードゲームでさんざんに負かしてやろう。

 やり込められたセナが心に小さな復讐を誓ったら、それを見透かしたかのように息子は「今夜は早く寝ようっと」なんて言ってセナに小さく舌を突き出す。

 こんな夢のような二人だけの生活、二人だけの毎日が何の問題もなくこれからずっと過ぎてくれれば……。
 そんな願いと共にひとつの不安がやはり胸の中に渦巻いている。

 ロバートに伝えた実家のことだ。
 思い出すだけで胸の奥からじわじわと全身を包み込むようにして、鈍い痛みのようなものが広がっていく。
 
 それはセナの正しい判断力をゆっくりと奪い取るものだ。
 二人の関係は終わったが、彼は必要な書類と謝罪としての破格な金額を用意してまで、会いに来た。
 
 その上さらに、それまで誰かに頼らなければ生きていけなかったセナの心に、自分で生きることの強さを見出してくれた。

「ママ」
「なにかしら……」

 ディーノは食後のデザートをスプーンですくいながら、窓際に通された席から見える魔都の幻想的な風景に魅入っしまっていたセナを、こちらへと呼び戻す。

 知らず知らずのうちに息子との会話がうわの空になっていたことを、セナはディーノに詫びた。
 また何か考え事してたの、とディーノはなぜか怒らずにそう言った。

 いつもなら不満げな顔して、ちゃんとしてよね、とやり込められるところだ。
 今夜に限って彼は、いつになく紳士らしくふるまってくれていた。

 今ならどんな無理難題だって、セナだけの王子様になって、訊いてくれる気がした。
 しかしこの王子様はちょっとばかり意地悪で、少しだけ賢かった。

「週末には帰るからね」
「うっ……。分かっているわよ、ちゃんとその予定でいるから」
「それならいいんだけど」

 セナはデザートと同時に頼んでおいたブラックコーヒーを口に含みつつ、このままでディーノが大人になればなるほど、口では勝てなくなる気がした。

 ついでに息子は、父親によく似ていて、自尊心が強く、周囲に対してどこか傲慢な振る舞いをするときもたまにある。

 それが悪い方向に向かないことを祈りつつ、片方の肘をテーブルに置いてセナはこの美味しそうな食べっぷりを、目を細めて鑑賞する。

 見れば見るほどにあの人に似てくる。
 成人を迎える頃には、六年前のあの一夜を過ごした彼よりも、更に立派で精悍な男子となっていることだろう。

 今は真っ黒になってしまった空の青と同じ色の髪を、頭をそっと撫でてやりながら、セナはこれまでにないほど充足感を感じていた。

 食事が終わり、セナの計画通りにカードゲームで勝利をすると、親子は旅の疲れが出たのか二人仲良く、ひとつのベッドで抱きしめあって夜を過ごした。

 夢の中にまた昨夜のような、誰かを糾弾する狭い自分が出て来るのは望ましくない。そんな夢ならば、見たくないと眠りの淵に立って願った。

 しかし嫌な夢というのは続くもので、今度は忘れもしない継母エリン、義姉リズ、義姉レイラの三人が、セナが最後に彼女たちを見た十年前の姿で出てきた。

 カーバンクル公爵のベッドのそばにすがりつき涙を流して回復することを願う公爵夫人。
 光景が移り変わり、義姉リズがどこかの男と、ベッドを共にしていた。

 それはどこか見覚えのある男性の顔つきで、よくよく思い出してみれば、高等学院を追放された自分を夜道に三本珠に放り出した、あの運転手の顔にそっくりだった。

「あの子をちゃんと始末してね。そうしないとこの家は私たちのものにならないから」
「わかってるよ。俺がこれまでしくじったことはないだろう? 公爵様だって、俺の用意した薬で弱っていってる。いや、お前の母親がそれを望んで用意させたんだけどな」
「そんなこと他の誰かに喋ったら許さないから!」

 恐ろしい夢だった。
 あの時この真実を知っていれば……いや、これは単なる夢なのだ。

 運転手がリズと関わりを持つ男性だったんて、セナは知らない。
 そしてまた場面は移り変わり、そこにはロバートとエリン、レイナがいた。

 他にもう一人、凶悪犯のような悪人面の人物がいる。
 誰かと思ったら皇弟陛下だ。

 継母と義理の姉は、ディノッソが用意した不思議な水晶の輝きにより、次々とそれまでの罪を自白していった。
 夢だとしたらあまりにも露骨すぎる最悪な夢だ。
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