上 下
61 / 70
第八章 断罪の朝

第六十一話 百の華

しおりを挟む
「例外、とは……?」
「生まれながらにして女神の系譜。つまり聖女と同じく神聖魔法を行使できる存在の命を奪おうとした、皇族、もしくは公族に適用される。昔は神殿と皇族の仲が悪かったからな」
「まさか……そんな、いえ。いいえ、私達はそんなことなど知りません」
「当たり前だ。わしもまだあなたたちが有罪などとは、発しておらん」

 ロバートの目の前で、しかし、レイナは唇を真っ青にして震えていた。
 エリンは余程しぶといのか、顔色をすこし変えただけだった。

 ディノッソは犯人探しが楽しいらしい。水晶を両の手のひらで弄びながら、客人を招いた主旨を説明する。
 その瞳はこれから新しいおもちゃで遊べる子供の様に、純粋に煌いていた。
 
 ディノッソは両手にした水晶を互いにぶつけた。
 すると、二つの水晶は無数の破片になり、室内の天井多角へと舞い上がる。
 
 黒い漆喰の天井に無数に煌めくそれらは、まるで夜空を彩る幾千億の星だった。
 これからその輝きが命を奪っていくのかと思うと、ロバートは居たたまれない気分になる。

 だが、セナを苦しめここまでのうのうと生きてきたエリンとレイナに対しては、自分がそうされたかのように純粋な怒りが湧き上がる。

 レイナはそれを見て心細くなり婚約者に手を伸ばしたが、それはロバートの無視により否定された。
 ロバート、と悲痛な叫びの様な声が漆黒の天井に吸い込まれていく。

「実は先月、王国から帝国の全寮制の高校へと入学したとある貴族の令嬢が、何者かに襲われるという事件があった」
「それは痛ましい事件ですね」
「そうなのだ女公爵。そしてその犯人は誰かといえば、夏休みを利用して寮から王国へと戻ろうとした彼女の家が臨時に雇った、貴族向けの送迎車の運転手だと判明した」

 嘘だ。ロバートの心の中で叫んだ。
 そんな事件は起きていない。この場所で女公爵たちを断罪するために、ディノッソがでっち上げた偽りの出来事だった。

「送迎車の運転手がそんなことをするなんて……。その会社の沽券にも拘る由々しき事態です」
「わしもそう思う。だからこの件について、これまで似たような事例がなかったかどうかを過去に渡って調べさせた」
「え‥‥‥」

 エリンの頬が一緒、ひくついた。
 それはすぐに余裕の微笑みに取って代わられたが、彼女が過去に似たような何かについて関係していることを暗に示していた。

「その高校というのは、帝国でも指折りの名門高校でな。名前をバルシャード高等学院という。送迎サービスを請け負っていた会社は、デンダー商会」
「バルシャード……」

 続いてその名前を発したのは、誰でもないレイナだった。ゆるやかにウェーブを描くその金髪が、ワナワナと震える唇とともに左右へと揺れ、彼女の心の動揺を強く表現していた。

「もちろんレイナ嬢はご存知だろう。あなたの義理の妹が、そこで行方不明になったのだから。なあ、女公爵殿、義理の娘が行方不明になった時、あなたも同じ送迎サービスの会社を利用したはずだ」
「……そうだったかもしれません。それがどうしたというのですか」
「不思議だな。普通の母親ならば、ワシは悲しむところだと思うのだが。女公爵、あなたの娘は、デンダー商会が雇った運転手のひとりの不手際によって、この世から命を散らせてしまったはずだ」
「いえ、それは違います。あの子はセナは自分から行方不明になったんです」
「自分から? これはおかしな話だ。自分から行方不明になるかそれとも他人の手によって行方不明にされるかは、その被害者にしかわからないはずだ」

 面白い発言をする、とディノッソはくくっと喉の奥から嫌な笑みを漏らした。
 裁かれる側にとってはこれほど聞き苦しい音もないだろう。ロバートは少しだけ罪人たちに同情を覚えた。

「言葉のあやというものです。運転手はきちんと謝罪を行いましたし、罪を償ってもいます。あの子はその時自分から荷物とともに怒りの言葉を吐き、道の途中でおろすように命じて、自ら消えていったと、運転手が語っていました」
「不思議なことなのだが。その運転手と同じ人物と思しき人間が、今回の騒動を起こしたと言えば信じるかな?」

 女公爵の顔が曇る。
 偽りの上に偽りを重ねた図太い神経が張り巡らされた顔には、後悔などというものは存在しないように思えた。

「……犯罪者は犯罪を繰り返すと言いますから。そうであっても不思議ではありません。被害を被った女性には、同情を禁じえません」
「なあ、女公爵。ひとつだけ確認をしておこう。その運転手はまだ生きているのか?」
「さあ? 私は逮捕され罪に服役したとだけしか、伝わっておりません」

 その時だった。
 天井に散らばっていた水晶の一つが、氷の破片が割れるように透き通った音とともに、女公爵の額を直撃したのは。

「ひいいいっ――!」

 絹を裂くような悲鳴が室内に轟く。
 きらめきを追いかけたロバートの視線が追いついた先にあったのは、両手で額を抑えて床に転げ回ろうとするも、すぐに衛兵に椅子の上に引きずりあげれて、両腕を椅子の左右にあるひじ掛けに革のベルトで固定された罪人の姿だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~

Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。 「俺はお前を愛することはない!」 初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。 (この家も長くはもたないわね) 貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。 ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。 6話と7話の間が抜けてしまいました… 7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈 
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

私は何も知らなかった

まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。 失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。 弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。 生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。    

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

真実の愛とやらの結末を見せてほしい~婚約破棄された私は、愚か者たちの行く末を観察する~

キョウキョウ
恋愛
私は、イステリッジ家のエルミリア。ある日、貴族の集まる公の場で婚約を破棄された。 真実の愛とやらが存在すると言い出して、その相手は私ではないと告げる王太子。冗談なんかではなく、本気の目で。 他にも婚約を破棄する理由があると言い出して、王太子が愛している男爵令嬢をいじめたという罪を私に着せようとしてきた。そんなこと、していないのに。冤罪である。 聞くに堪えないような侮辱を受けた私は、それを理由に実家であるイステリッジ公爵家と一緒に王家を見限ることにしました。 その後、何の関係もなくなった王太子から私の元に沢山の手紙が送られてきました。しつこく、何度も。でも私は、愚かな王子と関わり合いになりたくありません。でも、興味はあります。真実の愛とやらは、どんなものなのか。 今後は遠く離れた別の国から、彼らの様子と行く末を眺めて楽しもうと思います。 そちらがどれだけ困ろうが、知ったことではありません。運命のお相手だという女性と存分に仲良くして、真実の愛の結末を、ぜひ私に見せてほしい。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開は、ほぼ変わりません。加筆修正して、新たに連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

処理中です...