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第八章 断罪の朝

第六十話 暴虐の暴き

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 二人が安全な旅に出た、とロバートは報告を受け、ほっと安堵のため息をついた。
 その隣にはいかめしい顔つきの、ぎらぎらと目を輝かせた、見るからに凶暴そうな男が一人座っている。
 
 身なりも、その所作もロバートよりよほど優雅な彼は、その全身から隠しきれない暴力性を溢れさせていた。
 見る者すべてが思わず目を奪われてしまうような、そんな強烈な個性。

 皇帝の弟として、光の当たらない帝国の暗部を取りしきる男、皇弟ディノッソ、その人だった。
 彼は豪奢な革製のソファーに腰かけたまま、ふんっと大きく鼻を鳴らす。

「おまえの心配事は、これで一つ減ったことになるな、若造」
「せめて殿下をつけていただきたいものだ、ディノッソ閣下」
「口だけは達者だが行動はどうかな、殿下?」

 傍らに置かれた丸テーブルの上にある果実がふんだんに盛られた皿から、ぶどうをひと房取り上げると、彼はそれを丸のみにした。
 皇族でありながら、粗野な仕草すらも、その魅力と映る。
 なにかに一つ突き抜けて極めた存在は、こうも異才を放つのかと驚きかずにはいられなかった。

 あの後、ミアの考古学研究室を後にしたロバートたちは、その足で急行の魔導列車に乗った。
 皇族専用のそれは普通ならば半日はかかる距離を、たった数時間で駆け抜けた。

 夜に帝都エイデアの地を踏んだ二人は、ディノッソのオフィスがあるホテル・ギャザリックの総本店へと招かれ、その夜をスイートルームで過ごした。
 そして、ホテルのスイートルームディノッソと顔を付き合わせていた。

 帝国の皇室を護衛する専任のボディーガードたちが、セナとディーノを陰ながら守っていると打ち明けられ、ロバートの不安は一つ解消されたことになる。

 これからは更なる難問を解決するために必要な会議。
 糾弾の時間だった。

「お客様が到着なされました」
「ああ、通してくれ。丁重にな」

 秘書がそう言い、ディノッソの命を受けて室外へと姿を消す。
「あと数時間限りの爵位だが」と意地悪そうにつぶやいたのを見て、ロバートは視線を足元から扉へと向けた。

 これから行われるのは、法的な裁判の前の、諮問会だ。
 セナの義理の家族と皇弟が話し合い、彼らの容疑を確定させなくてはならない。

 それは本来ならば司法機関の取り行うものだが、ここで行われるのは、また別の取り調べだった。
 扉が開き、黒と紫の上品な装いに身を固めた五十代の金髪碧眼の夫人と、まだ若い二十代後半のこちらは赤色とグリーンを基調とした、胸元を強調したワンピースに身を包み派手な化粧を施した令嬢が入室する。

 セナの継母エリンと義姉であり、ロバートの婚約者レイナだった。その容姿はセナと同じほどに美しい。
 二人はこの場に彼がいることに驚き、眉根を寄せて訝しむ。

「ロバート! どうしてここにあなたがいらっしゃるの?」
「わしが必要だと思い呼び出したからだ。ようこそ、アーバンクル女公爵エリン殿、レイナ嬢」
「皇弟殿下、お久しぶりでございます。公爵家に関して重大な要件があるとうかがいまして、参じました。殿下みずから娘の婚約を祝っていただけるですか?」
「まあ、座れ。話はそれからだ。女公爵」

 席を勧められて二人は、ロバートの前に着席する。
 ロバートの視線はレイナに釘付けだった。

 レイナは婚約者がまじまじと自分を見ることに照れ、頬を赤くする。
 母親はそれを斜めに視野に入れつつ、ディノッソによく似た悪人の笑みを浮かべた。
 
 ロバートが凝視していたのは、レイナが美しかったからではない。
 それまで深窓の令嬢と呼ばれ、派手な化粧もいまのような肩を大きく開き、胸元をきわどく露出した格好をしている婚約者を初めて目にしたからだ。

 少し前までのロバートならば、新しい魅力を知ったと喜んだかもしれない。
 しかし、いまの彼にとってセナ以外の女性は路傍の石ころにすぎなかった。

 お世辞にも似合っているよ、と言葉にするのは躊躇われた。
 君をもう愛していない、とさっさと切り出しておしまいにしてしまいたかったが、物事には順序というものがある。

 まずは、自分と婚約する資格の証明が先だった。
 ディノッソは、中央に運ばれてきたテーブルの上にある、箱の中身を改める。
 
「なんですか、殿下。この水晶の華のような宝石は……きれい」
「これは水晶刑という刑罰に使われる魔導具だ、レイナ嬢」

 刑罰、という言葉にそれまで稀少な宝石を見るような目つきをしていたレイナはひっ、と言葉を裏返す。
 その反対に女公爵はそれが何であるのかを知っている様子で、顔色を失いつつあった。

「どんな人間も魔法が使える。なにがしかの魔力を使い、水や炎、息すらも行う。これは体内から魔力を奪い、奪った魔力の分だけ、肉体を水晶にしてしまう。そんな魔導具だ。足元や手の指先からそれは始まり、最後は全身を水晶へと変えて、四散してしまう。かつては皇族に連なる者がこの処刑を受けた。戦女神ラフィネの加護を受けた者たちが、普通の民と同じように死んでは、示しがつかない。死ぬときも、それ相応に、特権を得るべきだ。というのがこれの刑罰の始まりだ」
「……それは帝国法で禁じられたはずですよ、殿下」
「そうだな、女公爵。だが例外がある」
 
 なぜか嬉しそうに、皇弟は残忍な笑みを絶やさずにそう言った。
 例外、という言葉を聞いて、エリンは席を立とうとする。だが、それは後にいつの間にかいた、皇弟の部下によって肩を押し戻される形で、遮られた。



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