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第七章 正当なる後継者
第五十二話 援軍
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ロバートは訝しむ。こんなにまで緻密に犯行を行ってきた女公爵が、見落としなどするものか、と思えたからだ。
「切り札、とはなんだ?」
彼女、セナの義母が犯した最大の失敗は、セナの死を確認しなかったこと。
ただ、それだけ。
「私は帝国に戻ってきてからあの子のことを誰にも話してないの。そうして欲しいってお願いされたから。私も病気で伏せっていた時、ずっと看病してもらった恩があるし、セナのおかげで彼にも出会えたし」
「惚気はいいだろ」
「よくないわよ。ロアッソはホテルギャザリックの地方店とはいえ、一つの料理店を皇弟殿下に任されるほど信頼されているの。王国でギャザリックの総支配人をされているアレックスはわかってると思うけど、あなたの上司は、部下を雇い入れる時に適当な調査はしない」
「セナのことを知っている人物がいる、ということか。それも詳細に」
「だと思うんだけど。ロアッソどうなの?」
おどけた調子で、ミアは腕組みをして座っている恋人を斜め見た。
セナの過去について、ロアッソの語ることはない。
「さてな。俺は何も知らん」
「ちょっと、なによ急に黙り込むなんて!」
ミアが非難の声を出すが、それは仕方ないものだ。
ロアッソは知らないのだ。詮索してこなかったし、する気もない。
それが互いにビジネスパートナーとしてやっていく時の約束だった。
ロアッソは今でもそれを守っている。
しかし、ディーノの入学に際しての面談の席で、セナの過去に関する質問を、受けたことがある。
あの学院は神殿直営ということもあり、人の出入りには厳しい。
生徒の親やその兄弟姉妹に至るまで、厳しく審議される。
そのときも今のように問われたし、ロアッソとセナはそれぞれ互いの過去の経歴や戸籍関連の書類を、役場から発行してもらい提出した。
もちろん、ロアッソはそれを確認している。審問の席で異なる返事をしないように、あらかじめ予防をしていくためだ。
「……セナの過去の経歴は、俺もここにあるだけしか聞いていない。十四歳より前は知らん。なにより、あいつが最初に働き始めた料理店で、徒弟入りしたことになっている」
徒弟入り、か。とロバートは肯いた。それはアレックスも同じだった。
彼ら貴族の世界にも、似たような制度がある。騎士団への見習い入団だ。
親は騎士団長、兄や弟が周りの仲間となる。
本人が望めばそこで親との縁を切ることもできた。
封建主義と近代化のせめぎ合う現代で、古い時代に培われてきた制度は、貧しさから子供を身売り同然に手放そうとする親たちから、今度は子供たちを救う形へと変化してきたのだ。
「それで、セナの過去に関しては料理店の夫婦が親方代わりになり、ホテルギャザリックへの就職も適った、ということだな。地方とはいえ商人の娘ならば、それなりに信用が置ける」
「うちの審査は甘くない。出自はそれでいいが、教養が必要だ」
アレックスがホテルの管理が甘いと言われた気になったのだろう、反論する。
しかし、それはロバートの一言で終わった。
「古帝国語を苦もなく流暢に操っていた。ネイティブだから当たり前だ。採用した係官は目が高い」
「ついでに殿下もその辺りは気にされていた」
「そうね。もう一人、目の前にいるけれど」
ティースプーンの先で、ミアはロバートを示した。
無作法ぶりにこら、とロアッソがしかると、彼女は素知らぬふりをして目を逸らす。
ミアとのやりとりで、別の王族が出て来た、とロバートは渋面になる。
「俺の上司、エイデア帝国皇弟陛下、ディノッソ様は似たようなことを言われていた」
数か月前に自宅を訪れ、セナのもてなしを受けた皇弟はなるほど、と訳知り顔のように肯いてロアッソにそっと述べた。そのことを思い出して、あれはこういう意味か、とロアッソは納得するばかりだ。
皇弟殿下はロアッソと違い、女神の能力を聖女並みに扱う。
彼にしてみれば、自分と同じ血を引く懐かしい存在が、ここにもいた、と驚きと嬉しさの混じった対面だったことは、想像に難しくない。
「女神の導きはこんなところにも落ちている。そんなことをおっしゃっていたな……あとは、殿下。変な言い方だが、殿下同士で話し合ってみてはどうだ?」
「話し合いと言われても、それをするには一度国に戻り、正式な訪問を――」
「まどろっこしいな! 俺はすぐに連絡がつくんだよ皇弟殿下と! 今から連絡するから、さっさと話をつけてくれ。そうしないとあいつら二人は、あんたの負担になりたくないから逃げるようにどこかに行くと思うぞ」
そう言い、ロアッソは連絡用の魔導端末を操作した。
「切り札は最後までとっておかないと、ね?」
ミアは悪びれた素振りすら見せない。
ロバートはアレックスはまさか……と嫌な予感に襲われる。
数度なる小さな呼び鈴のような音。
向こう側に出たそのいかめしい野太い声は、間違いなくロバートの記憶にある皇弟……ディノッソのものだった。
「切り札、とはなんだ?」
彼女、セナの義母が犯した最大の失敗は、セナの死を確認しなかったこと。
ただ、それだけ。
「私は帝国に戻ってきてからあの子のことを誰にも話してないの。そうして欲しいってお願いされたから。私も病気で伏せっていた時、ずっと看病してもらった恩があるし、セナのおかげで彼にも出会えたし」
「惚気はいいだろ」
「よくないわよ。ロアッソはホテルギャザリックの地方店とはいえ、一つの料理店を皇弟殿下に任されるほど信頼されているの。王国でギャザリックの総支配人をされているアレックスはわかってると思うけど、あなたの上司は、部下を雇い入れる時に適当な調査はしない」
「セナのことを知っている人物がいる、ということか。それも詳細に」
「だと思うんだけど。ロアッソどうなの?」
おどけた調子で、ミアは腕組みをして座っている恋人を斜め見た。
セナの過去について、ロアッソの語ることはない。
「さてな。俺は何も知らん」
「ちょっと、なによ急に黙り込むなんて!」
ミアが非難の声を出すが、それは仕方ないものだ。
ロアッソは知らないのだ。詮索してこなかったし、する気もない。
それが互いにビジネスパートナーとしてやっていく時の約束だった。
ロアッソは今でもそれを守っている。
しかし、ディーノの入学に際しての面談の席で、セナの過去に関する質問を、受けたことがある。
あの学院は神殿直営ということもあり、人の出入りには厳しい。
生徒の親やその兄弟姉妹に至るまで、厳しく審議される。
そのときも今のように問われたし、ロアッソとセナはそれぞれ互いの過去の経歴や戸籍関連の書類を、役場から発行してもらい提出した。
もちろん、ロアッソはそれを確認している。審問の席で異なる返事をしないように、あらかじめ予防をしていくためだ。
「……セナの過去の経歴は、俺もここにあるだけしか聞いていない。十四歳より前は知らん。なにより、あいつが最初に働き始めた料理店で、徒弟入りしたことになっている」
徒弟入り、か。とロバートは肯いた。それはアレックスも同じだった。
彼ら貴族の世界にも、似たような制度がある。騎士団への見習い入団だ。
親は騎士団長、兄や弟が周りの仲間となる。
本人が望めばそこで親との縁を切ることもできた。
封建主義と近代化のせめぎ合う現代で、古い時代に培われてきた制度は、貧しさから子供を身売り同然に手放そうとする親たちから、今度は子供たちを救う形へと変化してきたのだ。
「それで、セナの過去に関しては料理店の夫婦が親方代わりになり、ホテルギャザリックへの就職も適った、ということだな。地方とはいえ商人の娘ならば、それなりに信用が置ける」
「うちの審査は甘くない。出自はそれでいいが、教養が必要だ」
アレックスがホテルの管理が甘いと言われた気になったのだろう、反論する。
しかし、それはロバートの一言で終わった。
「古帝国語を苦もなく流暢に操っていた。ネイティブだから当たり前だ。採用した係官は目が高い」
「ついでに殿下もその辺りは気にされていた」
「そうね。もう一人、目の前にいるけれど」
ティースプーンの先で、ミアはロバートを示した。
無作法ぶりにこら、とロアッソがしかると、彼女は素知らぬふりをして目を逸らす。
ミアとのやりとりで、別の王族が出て来た、とロバートは渋面になる。
「俺の上司、エイデア帝国皇弟陛下、ディノッソ様は似たようなことを言われていた」
数か月前に自宅を訪れ、セナのもてなしを受けた皇弟はなるほど、と訳知り顔のように肯いてロアッソにそっと述べた。そのことを思い出して、あれはこういう意味か、とロアッソは納得するばかりだ。
皇弟殿下はロアッソと違い、女神の能力を聖女並みに扱う。
彼にしてみれば、自分と同じ血を引く懐かしい存在が、ここにもいた、と驚きと嬉しさの混じった対面だったことは、想像に難しくない。
「女神の導きはこんなところにも落ちている。そんなことをおっしゃっていたな……あとは、殿下。変な言い方だが、殿下同士で話し合ってみてはどうだ?」
「話し合いと言われても、それをするには一度国に戻り、正式な訪問を――」
「まどろっこしいな! 俺はすぐに連絡がつくんだよ皇弟殿下と! 今から連絡するから、さっさと話をつけてくれ。そうしないとあいつら二人は、あんたの負担になりたくないから逃げるようにどこかに行くと思うぞ」
そう言い、ロアッソは連絡用の魔導端末を操作した。
「切り札は最後までとっておかないと、ね?」
ミアは悪びれた素振りすら見せない。
ロバートはアレックスはまさか……と嫌な予感に襲われる。
数度なる小さな呼び鈴のような音。
向こう側に出たそのいかめしい野太い声は、間違いなくロバートの記憶にある皇弟……ディノッソのものだった。
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