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第七章 正当なる後継者
第五十話 神々の悪戯
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「王室として調べさせた結果、セナの十四歳以前の経歴が全く分からなかった。『アーバンクル公爵には気を付けろ』とは、セナが教えてくれたんだ」
「……最後の最後で、敵に塩を贈っちゃったかー。セナらしい」
「どういう意味だ!」
「自分は権力なんてものに巻き込まれたくないと思っても、あなたのことを愛しているから、これから巻き込まれるかもしれない、最悪な犯罪者について調べなさい。そう教えたセナの人の良さに、呆れを通り越して感動してるの。まるで聖女様みたいな寛大さだわ」
「犯罪者……だと、いうのか。失踪し、捜索までしたのに。待ってくれ、高等学院に入る時には既に公爵家から抜けていた……?」
簡単なことよ、とミアは鼻を鳴らした。
当時のことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を選び、説明する。
「公爵様はあの当時すでに病床に伏せっていた。意識も朦朧としていて、いつ死ぬか怪しいとさえ言われていた。セナはいつもいつも義姉二人にいじめられて、それは酷いものだった。殴る蹴るの暴行は当たり前、家人から庇われながらも、食事すら満足に食べれない時だってあった」
「そんな惨状を知っていながら、なぜ誰も止めに入らない?」
「馬鹿にしないで、公爵家なの。そこいらの一般貴族じゃないの。家そのものが一つの国といってもいい、そんな場所に、親戚だからといって他所の家の者が何かを申し立てることはできないの。皇帝陛下に上訴しようにも、それなりの証拠がいるの。あの忌々しいおばたちが、その程度の策略を考えないはずがないでしょう」
「つまりあなたは彼女たちのことを好んでいないということですね。パルスティン公爵令嬢」
二人の会話にアレックスが口を挟む。
ミアはさも当然だ、というかのように顔をつーんと背けてしまった。
「あんな泥棒猫たちを親族だなんて認めるもんですか。叔父様が亡くなるまでは猫を被って大人しくしていて、それまでの間にセナをさっさと追い出して、おまけに母親の名前で通った方がいま大変な公爵家に負担がかからないとか言いくるめて……。結果として叔父様が亡くなったら、学費の送金をさっさとやめて、セナは行方不明よ。誰もが思ったわ、彼女は学院の寮から帝都まで戻るどこかで、死んだに違いない、あの義母たちの手にかかってってね」
「そんなにひどい状況だというのに、皇帝陛下は王太子殿下とアーバンクル公爵令嬢の婚約を進めて来られた。これは王国に対する裏切り行為では?」
嘲るようにアレックスは失笑を漏らす。
それを聞いて、ミアは牙をむいた。
「ふざけないで。いいこと? アーバンクル公爵家は帝国内でも指折りの名家なの。他の公爵家には流れていない血が流れている。それは聖女様の血筋だということよ」
「だが、義理の娘ではその血筋も途絶えてしまうことにはなりませんか、ミア様」
「名誉を手に入れることはできるでしょ。ついでにもう誰も戦争を起こしたいとは考えていない。たとえ血を引いていないとしても、家柄は家柄。正統な後継者として国が保証するなら、それは詐欺でも何でもない」
「それは取り繕うための言い訳に聞こえるが……ロバートはどうなんだ」
家のこと、国のこと。
どちらも目まぐるしくロバートの心を締め付けては息苦しくなるまで離そうとはしない。
本当の正しい事とは何なんだ。
俺に最低限できることは、なんだ。
ロバートの意識は再び闇の淵へと落ちていきそうになる。
それを救いあげ、光が見える方向へと道を指し示してくれるのは、やはりセナの面影だった。
「六年前。まだ俺は婚約者と出会っていない」
「だから、何だというの、殿下?」
「あの舞踏会の夜、セナと愛の約束を交わした。この指輪がそうだ」
「あ、それっ!」
ぎょっと、ミアが目を丸くした。
それはセナに貸した指輪の中で、もっともお気に入りだったルビーの指輪だ。
まさか今ごろになって、持ち主の前に顔を出しに来るなんて……。
それを見てしまったからには、もうあの夜、誰が舞踏会で踊ったのかを認めずにはいられなかった。
「どうやらご存知のようだな」
アレックスが勝ち誇ったように言う。
ミアは、はいはい、と手のひらをひらひらとさせて、降参の意を示した。
「そうね。確かにそう。あの夜、私と彼女が入れ替わったの。何があったかは知らないけど、聞かなくても分かってるから。ディーノだって生まれているし……それに聖女様の血筋という意味ならセナの方がよほどふさわしいもの。レイナなんかより」
「公爵家の血を引いているから、それは当たり前のことではないのか?」
「血を引いていても奇跡の御業を受け継いでいるとは限らないでしょ。子供の頃にセナが酷い虐待を受けていたのに、どうして周りの大人が気づかなかったと思う?」
「それは誰か優秀な回復魔術を与えることのできる存在がいたとか」
「そうね。普通はそう考える。でもそんな誰かはいなかった。いなかったけれどセナはそれを使うことができる。内緒だけど、あの子は聖女様の奇跡に近い技を使える。女神に祈りを捧げて、自分に神聖魔法を施していたのよ。幼い頃から、そうとは気づかないで」
「それこそまさに、周りの大人に報告すべきことだった」
「そんなことをしたらあの母親だもの。公爵様がお亡くなりになったと同時に、セナを殺したに違いないわ。だから、私たちは高等学院へと進学したの」
子供の頃からミアだけは、セナの理解者だった。
王国のあるホテルで再会した時、これはまさしく女神の奇跡だとそう感じた。
「……最後の最後で、敵に塩を贈っちゃったかー。セナらしい」
「どういう意味だ!」
「自分は権力なんてものに巻き込まれたくないと思っても、あなたのことを愛しているから、これから巻き込まれるかもしれない、最悪な犯罪者について調べなさい。そう教えたセナの人の良さに、呆れを通り越して感動してるの。まるで聖女様みたいな寛大さだわ」
「犯罪者……だと、いうのか。失踪し、捜索までしたのに。待ってくれ、高等学院に入る時には既に公爵家から抜けていた……?」
簡単なことよ、とミアは鼻を鳴らした。
当時のことを思い出しながら、ゆっくりと言葉を選び、説明する。
「公爵様はあの当時すでに病床に伏せっていた。意識も朦朧としていて、いつ死ぬか怪しいとさえ言われていた。セナはいつもいつも義姉二人にいじめられて、それは酷いものだった。殴る蹴るの暴行は当たり前、家人から庇われながらも、食事すら満足に食べれない時だってあった」
「そんな惨状を知っていながら、なぜ誰も止めに入らない?」
「馬鹿にしないで、公爵家なの。そこいらの一般貴族じゃないの。家そのものが一つの国といってもいい、そんな場所に、親戚だからといって他所の家の者が何かを申し立てることはできないの。皇帝陛下に上訴しようにも、それなりの証拠がいるの。あの忌々しいおばたちが、その程度の策略を考えないはずがないでしょう」
「つまりあなたは彼女たちのことを好んでいないということですね。パルスティン公爵令嬢」
二人の会話にアレックスが口を挟む。
ミアはさも当然だ、というかのように顔をつーんと背けてしまった。
「あんな泥棒猫たちを親族だなんて認めるもんですか。叔父様が亡くなるまでは猫を被って大人しくしていて、それまでの間にセナをさっさと追い出して、おまけに母親の名前で通った方がいま大変な公爵家に負担がかからないとか言いくるめて……。結果として叔父様が亡くなったら、学費の送金をさっさとやめて、セナは行方不明よ。誰もが思ったわ、彼女は学院の寮から帝都まで戻るどこかで、死んだに違いない、あの義母たちの手にかかってってね」
「そんなにひどい状況だというのに、皇帝陛下は王太子殿下とアーバンクル公爵令嬢の婚約を進めて来られた。これは王国に対する裏切り行為では?」
嘲るようにアレックスは失笑を漏らす。
それを聞いて、ミアは牙をむいた。
「ふざけないで。いいこと? アーバンクル公爵家は帝国内でも指折りの名家なの。他の公爵家には流れていない血が流れている。それは聖女様の血筋だということよ」
「だが、義理の娘ではその血筋も途絶えてしまうことにはなりませんか、ミア様」
「名誉を手に入れることはできるでしょ。ついでにもう誰も戦争を起こしたいとは考えていない。たとえ血を引いていないとしても、家柄は家柄。正統な後継者として国が保証するなら、それは詐欺でも何でもない」
「それは取り繕うための言い訳に聞こえるが……ロバートはどうなんだ」
家のこと、国のこと。
どちらも目まぐるしくロバートの心を締め付けては息苦しくなるまで離そうとはしない。
本当の正しい事とは何なんだ。
俺に最低限できることは、なんだ。
ロバートの意識は再び闇の淵へと落ちていきそうになる。
それを救いあげ、光が見える方向へと道を指し示してくれるのは、やはりセナの面影だった。
「六年前。まだ俺は婚約者と出会っていない」
「だから、何だというの、殿下?」
「あの舞踏会の夜、セナと愛の約束を交わした。この指輪がそうだ」
「あ、それっ!」
ぎょっと、ミアが目を丸くした。
それはセナに貸した指輪の中で、もっともお気に入りだったルビーの指輪だ。
まさか今ごろになって、持ち主の前に顔を出しに来るなんて……。
それを見てしまったからには、もうあの夜、誰が舞踏会で踊ったのかを認めずにはいられなかった。
「どうやらご存知のようだな」
アレックスが勝ち誇ったように言う。
ミアは、はいはい、と手のひらをひらひらとさせて、降参の意を示した。
「そうね。確かにそう。あの夜、私と彼女が入れ替わったの。何があったかは知らないけど、聞かなくても分かってるから。ディーノだって生まれているし……それに聖女様の血筋という意味ならセナの方がよほどふさわしいもの。レイナなんかより」
「公爵家の血を引いているから、それは当たり前のことではないのか?」
「血を引いていても奇跡の御業を受け継いでいるとは限らないでしょ。子供の頃にセナが酷い虐待を受けていたのに、どうして周りの大人が気づかなかったと思う?」
「それは誰か優秀な回復魔術を与えることのできる存在がいたとか」
「そうね。普通はそう考える。でもそんな誰かはいなかった。いなかったけれどセナはそれを使うことができる。内緒だけど、あの子は聖女様の奇跡に近い技を使える。女神に祈りを捧げて、自分に神聖魔法を施していたのよ。幼い頃から、そうとは気づかないで」
「それこそまさに、周りの大人に報告すべきことだった」
「そんなことをしたらあの母親だもの。公爵様がお亡くなりになったと同時に、セナを殺したに違いないわ。だから、私たちは高等学院へと進学したの」
子供の頃からミアだけは、セナの理解者だった。
王国のあるホテルで再会した時、これはまさしく女神の奇跡だとそう感じた。
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