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第五章 再会

第四十話 語らい

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 ディーノはそれじゃあ、髪色や瞳の色が自分にそっくりのロバートはどんな人なの、と小首を傾げる。
 母親に問うような視線を向けると、セナは困ったように口を閉じた。

 ロバートとセナがどう説明しようかと悩むのを見て、第三者であるアレックスが助け舟を出す。
 しゃがみ込むと、ディーノに視線を合わせて、彼は告げた。

「彼はグリザイア王国の王太子ですよ、ディーノ様」
「王太子?」

 言葉の意味は分からないような顔をディーノは一瞬だけ浮かべた。
 しかし彼はその意味を知っていた。

 通っている初等学院を経営している神殿では、入学したらまず、童話のような神学を学ばせる。
 そこには勇者や聖女、魔王に王子、皇帝やお姫様たちが、数多く存在した。

「王子さま?」
「まあ、そういうことになるのかな」

 賢い子だと、アレックスは肯く。
 それを見てディーノは、皇族や王族に対しては、きちんとした礼を尽くさなくてはならない、と学院で教えられた礼儀作法を思い出していた。

 えらい人だ。
 それだけはなんとなく分かる。校長先生や神官長に接するように、目上の人に対しての礼儀を守らなくてはならない。

「えっと……ようこそ……殿下?」
「俺にそんな気を使う必要はないよ、ディーノ」
「でも……」

 ディーノは少しためらってから、背筋を伸ばして右腕を胸に当て、左手を太ももに当てて、一礼する。
 それは帝国式の正式な礼法だった。

 それを見て、ロバートもアレックスもまた、少しばかり形は違ったが、王国式の礼法で返した。
 ディーノは自分が彼らに認められた気がして、少しばかり誇らしい気分を味わう。

 セナは息子の中に流れている血は、王宮にいなくても、高貴さを称えるものだと、改めて思った。
 この子は王国に迎えられた方が幸せになるだろうか?

 一瞬、そんなことを考えて、打ち消した。

 それは、十年くらい経過して、ディーノが自分で判断ができるようになった時、彼に伝えるべきことだ。
 選ぶのは息子であって、自分ではない。

「中に入らないの?」

 と、ディーノが来客者たちに訊いた。
 そんなに大事なお客様なら、家の中に招かなければいけない気がした。

 しかしどうして母親は先ほどまで、あんな悲しそうな顔をしていたのか。
 そのことだけが奇妙な不安となって少年の心に残った。

「入ってもいいのか?」
「……ママをいじめないなら、いい……と思う」

 決断を委ねられて、ディーノは隣に立つセナを見上げる。
 息子に要らぬ心配をかけているのだと、両親は心に痛みを覚えた。

 女王にディーノがいることを告げられ、王位や婚約のことばかりを念頭に置いてやってきたロバートは、そのままの心境だったらセナが悪いと、傲慢な感情を押し付けたかもしれない。

 子供に不安を与え、それなのに向こうからは礼を尽くす価値のある者だと、認められる。
 息子の期待を裏切ることほど愚かなことはない。ロバートはこの痛みは自分の傲慢さにあったのだと、静かに己を責めた。

「そんなことはしないよ。約束をする……入ってもいいのか?」

 ディーノがそうしたように、ロバートもまた、セナに許可を求めた。
 否定されても仕方がない場面だ。
 
 自分はこれまでそういった仕打ちを彼女と、息子にしてきたのだから。
 もし駄目だと言われたら、用意してきた物を渡して、別れを告げる気でいた。

 女王が大事? 婚約者への対面がある? そんなことは今は抜きだ。
 そんなものより、もっと身近で大事なものを失いたくない。

「いいわ。でも、アレックス。ディーノにリビングで王国の話をしてやっていただけませんか?」
「僕でいいなら是非、ディーノ様と話をしてみたい」
 
 もちろん、余計なことを言わないようにする。
 表情でそう告げると、アレックスはディーノに案内されて家の中へと入っていく。

 残されたロバートは、セナに優しさをたたえた瞳を向けて質問する。
 セナはその会話が家の中に伝わらないように、そっと玄関の扉を閉めた。

「あの子が俺の子供なんだな……なんという奇跡なんだ」
「ええ、そう。あの夜のことを、そんなふうに思うこともあった。最悪の夜だったと考えたこともあった」
「今はどう感じているんだ」
「あなたから逃げたことには、謝罪をしたいと思う。それはこの六年間、ずっと考えてきたことだから」
「それは俺も同じだ。正直に言うと、詐欺師に遭ったのかと思った。だが、考え直して君を探したんだ。しかし、それは言い訳にしなからない。俺は一年間で、君を探すことを諦めてしまった」
「……どうして、探せなかったの? 王族の特権を行使すれば、いくらでも探しようはあったはず」

 それはできなかった。
 そう答えると、アレックスは悔やむように首を振る。

 自分にとって都合のいい生き方を選択したのだと、深く実感したからだ。

「自分のプライドを傷つけられたことが、許せなかった。それを理由に、俺に課せられた義務を果たそうとした」
「その判断は何も間違ってない……私はあなたにいろんな嘘をついた。ホテルで働いていたことはもう知ってるの?」

 返事をする代わりに、手にしていたバッグから、一つの封筒を取り出す。
 中に入っている書類をセナに手渡して見せた。
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