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第一章 出会い

第十話 ミアの厚意

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 セナは胸がときめくを感じながら、そのドレスにそっと手を伸ばした。
 まるで触れてはいけない高価な宝石を扱うように、指先を感じてつたわってくる肌触りを感じた。

 繊細な生地が滑らかに指先を滑らせる。
 白を基調として、パステルグリーンとブルーのスパンコールがふんだんに取り入れられていた。

 銀糸で模様が描かれ、さまざまな宝石が散りばめられていて、白夜に咲く薔薇のように淡いブルーの薔薇が散りばめられている。

 胸元は今着ているウエィトレスのワンピースよりもやや控えめに、けれどそれとなく強調されていて、肩から両腕の指先に至るまで、レースとスパンコールが花園を作り出していた。

「素敵ね……」
「帝国の皇后さまに負けないくらい、美しい淑女になれるわ。あなたなら、セナ」

 足元はピンクゴールドのハイヒール。
 そして、ミアがこれも合わせてみて、と渡された仮面は顔の上半分を覆うタイプのものだ。
 
 黒い仮面には銀の装飾と、金の縁取りが施されていて、さらにはドレスに合わせたような淡いブルーの羽飾を模した宝石細工で装飾されている。
 
 セナは自分に合うはずはない、とうそぶきながら、ハイヒールに手を伸ばした。
 裏に書かれているサイズは自分のものとぴったりだ。

 目測した範囲でも、それは苦しくなく履きこなせるだろう。
 靴のサイズは彼女にぴったりだった。

 セナはそれらを元に戻し、仮面をミアに差し出すと、質問する。
 息が荒く、興奮が隠せない。

「どうして、こんなこと」
「気に入ってくれた?」

 気に入らないわけがない。
 セナは激しくかぶりをふった。

 だが、奇妙に思うのも現実だった。
 ミアと自分とはよく似た容姿とはいえ、それなりに体型も、足の大きさも僅かだが違はずだ。

 ここまで寄せられるものかのか。
 まるでこれはセナのために用意されたような――。

「いまあなたの靴のサイズを確認したら怒るかしら?」

 セナは確かめるように言った。
 ミアは片方の眉を寄せ、うーん、と言い訳するような素振りをして見せた。

「それはちょっと遠慮したいかも」
「だって! ……服のサイズは合うと思う。あれからさんざん痩せてばかりだから」
「胸が貧相なら、足せばいいのよ。誰も分からないって!」
「どういう意味よ、いまでもちゃんと……」

 まともな食事はしているが、十八歳という若さにかまけて、生活態度は酷いものだった。
 睡眠時間は足りないし、髪もロクな手入れをしていない。マニキュアすら、ここでは職務中につけることを許されない。

 指先は赤ぎれだらけだし、スタイルも貧相な物だろう。
 病気を患っとはいえ、裕福な暮らしを続けてきたミアに比べたら、セナは明らかに見劣りする。

「ちゃんとはしてない。でも、あなたは私をこんなに大事にしてくれた。家に戻れない理由も分かってる。いきなりいなくなったときは、どうしてって親戚中を問い詰めた。でも、誰も教えてくれなかった」
「私、行けないわ。もう貴族じゃない……」

 セナは仮面と招待状を見て、後悔するように呟いた。
 この舞踏会に参加できるのは、帝国や王国でも指折りの富豪や名家、家柄の正しい貴族のみだともっぱらの噂だ。
 実家を捨てて庶民に落ち着いた自分には、参加する資格がない、と沈痛な面持ちになった。
 ミアはセナを招き寄せる。
 親友に「大丈夫よ」と小さく言い聞かせた。

「でも、行けないわ。バレたらそれこそ、ホテルから追い出される。職を失ってホームレスになる。舞踏会で働けるのは限られた人員だけなの。興味本位で会場に足を踏み入れたら、解雇するって先に言われてる」

 それはホテル側のセキュリティを重んじた結果の一つ。
 解雇の文字はセナの思考を鈍らせる。判断を即決できない欲深い自分に嫌気が差しそうだった。

 舞踏会を見に行こうとするだけでも、それが判明したら解雇になる。
 雇用契約はその場で消失するのだ。

 セナの家を購入するという小さな未来の野望をかなえるための手段を失うことにある。
 しかしミアはいいえ、と言って引き下がらない。

「見つからないわよ。髪色も同じ瞳の色も、体型も、身長だって酷似している。そりゃまあ……あなたの方が腰回りは細いと思うけど。そこは負けたわ。その話じゃなくて……大学の会員制の舞踏会で何度も何度も侵入したことがあるのよ」
「呆れた。すでに経験済みなんだ。犯罪よ、それ」
「仕方ないじゃない。卒業式の最後の夜を先輩と過ごしたい後輩なんてたくさんいるもの。彼女たちとよく似ている同期生は、みんな喜んでやっていたわ。誰もバレてない」
「本当に……?」
「だって、下級生が上級生の。それも選抜されたエリートばかりが集められる舞踏会に参列しているなんて、誰でも思わないわ。たぶん、人って自分が見たいものを見るんだと思う。王侯貴族が参加する舞踏会に、客室係がそこにいるなんて思わない。だからきっと大丈夫よ」
「簡単に言わないで! 私にとっては人生の死活問題なのよ?」

 それはそうね、とミアは肩を竦めた。
 しかし、セナがもう半ば。いや心の底では行きたいと願っていることを、彼女は長年の親友の勘で、探り当てていた。

 理由をつけて渋ってはいるものの、断らないことも。
 そして、セナならば自分以上に公爵令嬢を演じてくれることも。

「女神のものは女神の元へ戻るべきだっていう言葉があるじゃない。公爵令嬢は、公爵令嬢に戻るべきじゃない?」
「……もう捨ててしまったわそんなこと」
「まあとりあえず、そろそろ仕事に行く時間でしょ?」

 ミアは壁の時計を指差す。
 時計の短針は五十分に近い位置にあった。
 大急ぎでいけば、遅刻にはならない時間だ。

「残りの話はまた明日のお昼にしましょう?」
「もうっ……。こんな無茶なことやらせようとするなんて、本当は怒ってるんだからね?」
「はいはい。いってらっしゃい頑張ってね」
「うう……」

 親友の掌の上で上手く転がされた気がする。
 ミアの部屋をあとにし、階段を登って最上階へと向かう間、セナの足は地に付いてないように軽やかだった。

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