上 下
23 / 25

第二十三話

しおりを挟む
 そうか。
 いまがその時なんだ。
 これが他人の人生をその手にできる、特権。
 私はいまからそれを振るって、これまで私を虐げ浮気までした男を断罪する。
 
 いい気分?
 そんなこともない。どこか申し訳ない気もしているし、これまでの仕打ちを忘れるなとしかるような声も聞こえて来る。
 もちろん、心の中からだ。
 ええ、大丈夫‥‥‥後悔するような決断は下さないつもり。
 聖女様と、聖教国宰相、そして、お父様が厳しさと正しさを問う目で私を見つめてくる。
 ロイデン?
 そんな小者はもうどうでもいい。
 必要なのは、私達全員の幸せだからだ。

「陛下に申し上げます」
「やめろ、やめてくれ‥‥‥アイナ、お願いだ‥‥‥」
「殿下、私も鞭打ちをやめてくれと幾度となく懇願致しました。その結果がー」

 私は上着をゆっくりと脱いでいく。
 首回り、鎖骨辺りから、胸元まで彼につけられた、みみずののたくったような、浅黒い傷跡が見えているはずだ。
 皆の視線は、憐れみや嘲りを含んで殿下に注がれていたものから、また一転して私へと向けられた。
 今度は好奇心と、同情と、覗きこんではいけない王族の闇を見るような。
 そんな目つきだった。

「おお‥‥‥なんと、むごたらしい」
「侯女様、お可哀想。あんな目に遭わされてまで我慢なされていたなんて……」
「なんということだ。国を統べる王族の王子が、こんな人を家畜のように扱うなど許されない」

 会場を、仄暗い陰鬱な雰囲気が、覆っていく。
 夕方になるにはまだ早い時間で、神殿の中には昼の陽光がさんさんと降り注がれているのに、まるでここだけ深夜のような静けさに包まれた。

「まだ、ございます! この場で下着姿にはなれませんが、背を見せるくらい苦でもありません。すべて、そこで命乞いをしている男‥‥‥ロイデン様がつけられたものですわ!」
 
 衛士も、官吏も、侍女も、神官や大臣たち。
 私につけられた傷跡のようなものなど見慣れていそうな、戦場を駆け巡る騎士たちですらも。
 無言で上着を脱ぎ捨てると、そのまま肩から吊り下げるタイプのドレスを上から脱ぐようにして、大きく開いた背中を見せつける。

「惨い。これが人のすることか‥‥‥」
「まだこれは一部です! 見えないと事にはどれほどのこることか‥‥‥」
「違うっ! それはその女があまりにも言うことに従わないからっ! しつけだったんだ!」

 また、ロイデンが醜くわめいていた。
 国王陛下は情けない死んでしまいたい、と聞こえるようにつぶやかれてから、息子を一喝する。
 それは、魂に響く親の怒りと悲しみに満ちた声だッた。

「婦人に生涯残る傷跡をつけて、それがしつけだとまだ言うか!」
「父上、どうか、どうかお慈悲を! まだ僕は若い、まだあなたの為に働ける! 兄上たちよりも―」
「次期王位に執着し、人の道を忘れた愚か者など、わしの息子ではない!」
「そんな、父上。あんまりだ。そんな‥‥‥」

 ロイデンが最後の砦を失ったように、がくりと肩を落として床にひれ伏した。
 ひっ、ふひひっ。と理性を無くしたような悲鳴のようにも、笑い声にも取れる声をあげて、彼は身体を丸め、動かなくなる。

「私と、我が父親と家族に向けて行われたこのあまりにもひどい仕打ちには、極刑が相応しいと存じます」
「そなたも、そう言うのか」
「はい、陛下」

 これが、あの憎い男。
 第二王子につけられた傷の一部だと、皆に知らしめる必要があった。
 同情心だの王族の特権だので、罪を軽減させてたまるものか。
 こいつには、死こそ、相応しいのだ。

「第二王子様には高貴な方々が静かにその瞳を閉じるような。そのような神殿で行われる罰を。永遠の眠りを捧げて頂きたいと思います」

 言い切ったら、心の内側にぽっかりと空いていた穴が急速に埋まっていく気がした。
 陛下はこれを断れないだろう。
 そして、遺された王族の方々は‥‥‥私を恨むだろう。決して許さないだろう。
 
 だから、もう一つの決断もしなければならなかった。
 それは――この土地との別れだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

安息を求めた婚約破棄

あみにあ
恋愛
とある同窓の晴れ舞台の場で、突然に王子から婚約破棄を言い渡された。 そして新たな婚約者は私の妹。 衝撃的な事実に周りがざわめく中、二人が寄り添う姿を眺めながらに、私は一人小さくほくそ笑んだのだった。 そう全ては計画通り。 これで全てから解放される。 ……けれども事はそう上手くいかなくて。 そんな令嬢のとあるお話です。 ※なろうでも投稿しております。

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

婚約者と親友に裏切られたので、大声で叫んでみました

鈴宮(すずみや)
恋愛
 公爵令嬢ポラリスはある日、婚約者である王太子シリウスと、親友スピカの浮気現場を目撃してしまう。信じていた二人からの裏切りにショックを受け、その場から逃げ出すポラリス。思いの丈を叫んでいると、その現場をクラスメイトで留学生のバベルに目撃されてしまった。  その後、開き直ったように、人前でイチャイチャするようになったシリウスとスピカ。当然、婚約は破棄されるものと思っていたポラリスだったが、シリウスが口にしたのはあまりにも身勝手な要求だった――――。

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 その王立学園の一大イベント・舞踏会の場で、アリシアは突然婚約破棄を言い渡された。 まったく心当たりのない理由をつらつらと言い連ねられる中、アリシアはとある理由で激しく動揺するが、そこに現れたのは──。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

処理中です...