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プロローグ
第六話 女神の応援
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「背中や胸元があらわになったドレスに身を包んで踊ってみたい?」
「許されるならね。許されないけど。女神様って本当に頭が硬い。古いの」
勇者や聖女は紙と語ることができる。
時にはその姿を目にすることも可能だ。
浄化の女神というだけあって、燃えるような赤い髪をした美しい美少女の女神リシェスは、戒律に厳しい。
もしかしたらこれから先、結婚することすら許されないほどに、女神は純潔にこだわる。
古い古い、ものすごく古い神様の考え方だった。
そんな神様達と違い、世界はものすごく早く動いている。
空には飛行船が飛び、陸には小さな集落であっても、転送装置が設置された。
数週間かかっていた距離をたった数日で移動できるような魔導装置だ。
今滞在しているホテルギャザリックは多国籍企業で、だいたいの大都市に点在している。
隣の大陸の、飛行船を経営している帝国とはまた別の帝国が経営していて、公営ギャンブルを営むことで黒い噂も多い。
大地には窓鉄道が走り、ホテルギャザリックは陸、空、海の交わる交通機関の駅としても、機能しているのだ。
こんな時代に、古臭い考え方は時代遅れ。
言葉には出さないが、オリビアはそう思っていた。
しかし、王国の王族も国民も、彼女の考え方とは真逆を行く。
古い習慣、古い文化、古い生き方を良しとしている。
そんな中で、ニコスは違った。
王国経済の弱い部分を立て直し、西の大国パルシェストと対等に商売をした。
あれよあれよという間に、国内でも有数の富豪にのしあがった。
「聖女様のお考えを理解されるのは、ニコス様くらい?」
「あとは……勇者様ぐらい? あの方も剣神さまも、新しいもの好きだから」
「どちらにしても、まずは魔王の脅威をどうにかしないと駄目ですね」
「そうね。だからこそ、来たのよ」
自分の領地を守るために、とオリビアは本音を語らず、胸内深くに沈めこむ。
自分の領地が危険にさらされているのに、愛する人の誕生日を祝うためだけに、居城をあとにする者がいるだろうか。
悪く言ってしまえば彼に援助を求めるために本日ここにいるのだ。
今夜の誕生日パーティーに参加する目的の大半はそこにある。
「ねえ、聞いて? 私‥‥‥まだ、ベールの下の素顔を、彼に見せていないの」
オリビアは一瞬、不安になってそう漏らした。
侍女は年下の主の肩に手を置き、ポンポンと叩いて、励ましてくれる。
それは母親のように優しい仕草だった。
「大丈夫ですよ。お二人の間に愛があれば、素顔知らなくても、ね?」
「本当にそうかしら。こんな古臭い女、嫌われない?」
「ニコス様は受けれてくださいますよ。それに貴族の間では、相手の顔を知らずに家同士の都合で結婚するというのは当たり前のことではないですか」
「……それはもう、古いの。神殿都市ではそうかもしれないけれど、王都や他の地域では、写真を見せたり、ね」
女神に内緒でこそっと撮った写真を彼に贈るべきだっただろうか、と今更ながらに戸惑う。
この年齢になるまで、恋のひとつもまともにこなしていない、自分が恨めしい。
「うまくいくように祈りましょう。女神様に」
「エレンだって、私の立場になったらそんなこと言えなくなるわよ」
オリビアは珍しく、むっと唇を尖らせる。
感情を表に出さないよう教育されてきた聖女にしては、珍しい光景だ。
「不安ですか」
「それはもう。シェス大河の幅ほどに」
西と東の大陸を分断するように北から南へ流れ込む、巨大な大河の名を出して、オリビアは気分を喩えて見せた。
大袈裟なことと人生経験豊富な侍女は「まあまあ」と一笑に伏した。
「それはそれはとても大きな隔たりですね、聖女様ならうまく水面を歩いて渡りそうだけれども」
「……そういう皮肉めいたことを言うから、エレンは嫌いよ」
オリビアはぷい、と顔を背けて見せた。
母親代わりにも近い侍女の前だからこそ、出すことのできる素顔がそこにはあった。
ずっと一人前として扱われてきた聖女は子供時代にも、大人に甘えるということをほどんどしなかった。
与えられた職務をこなそうという彼女の生真面目さが見出せた。
王国の子供は十六歳で成人する。現在、十八歳の聖女が自分以外に甘えることができないことを、侍女は不憫だと感じてしまった。
「嫌ってもよろしいですが、ニコス様に甘えることも覚えなければ」
「またそういうことを――」
「はいはい、もう支度が整いましたから。さ、素敵なレディになりましたよ。どうか、パーティではそんな顔をしないでね、オリビア」
エレンはまるで母親のような顔をしてそう付け加えた。
彼女の姪で、オリビアにとっては姉のような存在のミューラが、今夜はお目付け役になるだろう。
ちらりと鏡越しに侍女を見ると、濃紺のイブニングドレスに身を包んでいた。
「あっちの方が主役みたいね」
オリビアよりも背が高くすらっとしているミューラは、豊かな金髪が豪奢な女性だ。
いろいろな面で引け目を感じるそのスタイルの良さは同性のオリビアでもため息が出る程。
「そういうことを言うから、心配されるのよ。ほら、ベールを被って! あなたは神秘性が似合っているの」
「もう‥‥‥」
ミューラは立ち上がると、漆黒のベールを持ち上げて文句を言うオリビアの顔を手早く隠してしまう。
神秘性‥‥‥それは聖女だからあるもので当たり前なのでは? とぼやきそうになり、オリビアは口を閉じた。
これからミューラを伴なってニコスの誕生日パーティーへと繰り出すことになる。
言い合いをして気分を悪くするのは、あまり得策ではないと思ったからだ。
――もうひとりのお母様がきちんとして下さればいいのに。
オリビアは心の中でそうぼやき続ける。
天にいる女神リシェスと会話をすることができる聖女は、女神をお母様と呼んで慕っていた。
ついでに、ある問題に思い至り、ふう、と小さくため息を吐く。
女神リシェスはとても嫉妬深い。邪魔をされそうだから怖い。
だが、空の上で女神リシェスが頑張れー、と応援していたこることを、オリビアは知らなかった。
「許されるならね。許されないけど。女神様って本当に頭が硬い。古いの」
勇者や聖女は紙と語ることができる。
時にはその姿を目にすることも可能だ。
浄化の女神というだけあって、燃えるような赤い髪をした美しい美少女の女神リシェスは、戒律に厳しい。
もしかしたらこれから先、結婚することすら許されないほどに、女神は純潔にこだわる。
古い古い、ものすごく古い神様の考え方だった。
そんな神様達と違い、世界はものすごく早く動いている。
空には飛行船が飛び、陸には小さな集落であっても、転送装置が設置された。
数週間かかっていた距離をたった数日で移動できるような魔導装置だ。
今滞在しているホテルギャザリックは多国籍企業で、だいたいの大都市に点在している。
隣の大陸の、飛行船を経営している帝国とはまた別の帝国が経営していて、公営ギャンブルを営むことで黒い噂も多い。
大地には窓鉄道が走り、ホテルギャザリックは陸、空、海の交わる交通機関の駅としても、機能しているのだ。
こんな時代に、古臭い考え方は時代遅れ。
言葉には出さないが、オリビアはそう思っていた。
しかし、王国の王族も国民も、彼女の考え方とは真逆を行く。
古い習慣、古い文化、古い生き方を良しとしている。
そんな中で、ニコスは違った。
王国経済の弱い部分を立て直し、西の大国パルシェストと対等に商売をした。
あれよあれよという間に、国内でも有数の富豪にのしあがった。
「聖女様のお考えを理解されるのは、ニコス様くらい?」
「あとは……勇者様ぐらい? あの方も剣神さまも、新しいもの好きだから」
「どちらにしても、まずは魔王の脅威をどうにかしないと駄目ですね」
「そうね。だからこそ、来たのよ」
自分の領地を守るために、とオリビアは本音を語らず、胸内深くに沈めこむ。
自分の領地が危険にさらされているのに、愛する人の誕生日を祝うためだけに、居城をあとにする者がいるだろうか。
悪く言ってしまえば彼に援助を求めるために本日ここにいるのだ。
今夜の誕生日パーティーに参加する目的の大半はそこにある。
「ねえ、聞いて? 私‥‥‥まだ、ベールの下の素顔を、彼に見せていないの」
オリビアは一瞬、不安になってそう漏らした。
侍女は年下の主の肩に手を置き、ポンポンと叩いて、励ましてくれる。
それは母親のように優しい仕草だった。
「大丈夫ですよ。お二人の間に愛があれば、素顔知らなくても、ね?」
「本当にそうかしら。こんな古臭い女、嫌われない?」
「ニコス様は受けれてくださいますよ。それに貴族の間では、相手の顔を知らずに家同士の都合で結婚するというのは当たり前のことではないですか」
「……それはもう、古いの。神殿都市ではそうかもしれないけれど、王都や他の地域では、写真を見せたり、ね」
女神に内緒でこそっと撮った写真を彼に贈るべきだっただろうか、と今更ながらに戸惑う。
この年齢になるまで、恋のひとつもまともにこなしていない、自分が恨めしい。
「うまくいくように祈りましょう。女神様に」
「エレンだって、私の立場になったらそんなこと言えなくなるわよ」
オリビアは珍しく、むっと唇を尖らせる。
感情を表に出さないよう教育されてきた聖女にしては、珍しい光景だ。
「不安ですか」
「それはもう。シェス大河の幅ほどに」
西と東の大陸を分断するように北から南へ流れ込む、巨大な大河の名を出して、オリビアは気分を喩えて見せた。
大袈裟なことと人生経験豊富な侍女は「まあまあ」と一笑に伏した。
「それはそれはとても大きな隔たりですね、聖女様ならうまく水面を歩いて渡りそうだけれども」
「……そういう皮肉めいたことを言うから、エレンは嫌いよ」
オリビアはぷい、と顔を背けて見せた。
母親代わりにも近い侍女の前だからこそ、出すことのできる素顔がそこにはあった。
ずっと一人前として扱われてきた聖女は子供時代にも、大人に甘えるということをほどんどしなかった。
与えられた職務をこなそうという彼女の生真面目さが見出せた。
王国の子供は十六歳で成人する。現在、十八歳の聖女が自分以外に甘えることができないことを、侍女は不憫だと感じてしまった。
「嫌ってもよろしいですが、ニコス様に甘えることも覚えなければ」
「またそういうことを――」
「はいはい、もう支度が整いましたから。さ、素敵なレディになりましたよ。どうか、パーティではそんな顔をしないでね、オリビア」
エレンはまるで母親のような顔をしてそう付け加えた。
彼女の姪で、オリビアにとっては姉のような存在のミューラが、今夜はお目付け役になるだろう。
ちらりと鏡越しに侍女を見ると、濃紺のイブニングドレスに身を包んでいた。
「あっちの方が主役みたいね」
オリビアよりも背が高くすらっとしているミューラは、豊かな金髪が豪奢な女性だ。
いろいろな面で引け目を感じるそのスタイルの良さは同性のオリビアでもため息が出る程。
「そういうことを言うから、心配されるのよ。ほら、ベールを被って! あなたは神秘性が似合っているの」
「もう‥‥‥」
ミューラは立ち上がると、漆黒のベールを持ち上げて文句を言うオリビアの顔を手早く隠してしまう。
神秘性‥‥‥それは聖女だからあるもので当たり前なのでは? とぼやきそうになり、オリビアは口を閉じた。
これからミューラを伴なってニコスの誕生日パーティーへと繰り出すことになる。
言い合いをして気分を悪くするのは、あまり得策ではないと思ったからだ。
――もうひとりのお母様がきちんとして下さればいいのに。
オリビアは心の中でそうぼやき続ける。
天にいる女神リシェスと会話をすることができる聖女は、女神をお母様と呼んで慕っていた。
ついでに、ある問題に思い至り、ふう、と小さくため息を吐く。
女神リシェスはとても嫉妬深い。邪魔をされそうだから怖い。
だが、空の上で女神リシェスが頑張れー、と応援していたこることを、オリビアは知らなかった。
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