聖女オリビアの禁欲事情

秋津冴

文字の大きさ
上 下
6 / 9
プロローグ

第五話 聖騎士への配慮

しおりを挟む
 三日後。
 聖旗を王家から託されたエラルド辺境伯家では、盛大なパーティーが催されていた。

 辺境伯家の主な任務は隣国パルシェストから国境を守ること。
 地下に存在する迷宮から這い出て来る魔獣を撃退すること。
 そして、西部を流れる大河の支流に点在する港町から、国内で取れた魔鉱石を輸出すること。

 どれもに長けた辺境伯家の当代の主、ニコスは王国でも有数の富豪だ。
 春の雪解けを待ち、四月に入って開催された今夜のパーティーは、ニコスの二十六歳の誕生日を祝うためのもの。

 南部地域を管轄する、浄化の女神リシェスの聖女オリビアはようやく東部入りを果たしていた。
 転送魔法を使い、従者たちとともに東部最大の街グレナンに到着したのが、一時間前のこと。

 王族も利用するホテルギャザリックのロイヤルスイートにチェックインしたあと、ニコスの主催するパーティーに行くための準備に時間がかかってしまった。

「急いで、あの人は待たされるのが大嫌いだから。もう……どうしてグレナンに着いていきなり、問題が起こるのよ……」
「申し訳ございません、聖女。連絡そのものは数時間前から入っていたのですが、転送魔法のなかでは、外部から連絡をする方法はなく……」

 先に現地入りして、神殿との調整をしていた聖騎士アーサーが、腰を折って謝罪する。
 女性のように細い横顔は、普段と違ってひどくやつれていた。

 彼なりに心労があるのだろう。
 アーサーもまたこの春に結婚する予定だったのを、思いだす。

 彼の恋人は、前線にちかい東に地域に住んでいたはずだ。

「あなたが気にすることはないわ。問題というのはこうやって突発的に起こるんだから」
「神殿の大神官様から、領内の足並みが整わないとの報告が入っております」
「そうね。叔父様では難しいかもしれないわね。特に総合ギルドは」

 あの組織。世界中にまたがる冒険者の一大組織。
 裏では天空航路を経営する帝国との癒着も激しいと聞く。

 こんな辺境の小国の問題にまで介入してこようとしているのかもしれない。

「報奨金の問題で揉めているのかと」
「……冒険者はお金お金お金。そんなにお金が好きなら、冒険者なんてやめてまともに働けばいいのに……」
「彼らはダンジョン攻略や、魔獣を退治することに長けたエキスパートですから。専門的な分野以外はやりたくないのでしょう」

 アーサーは冒険者の友人が多い。庇うように言うのが、どことなく腹立たしい。

「その魔獣だって、魔族の一員なのにね!」
「聖女様! 動かれると、化粧がしにくくなります!」

 起きるときも、寝るときも、化粧をするときも、お風呂に入るときも、ドレスを着るときだって、聖女は自分で手を動かすことはあまりない。

 全ては従者である侍女たちがやってくれるからだ。
 それが王族と同じ扱いを受ける聖女の特権だし、そうでなくてはならなかった。

 鏡の前にじっと座って、髪をいじられ、化粧を施されて美しくなっていく自分を、ただ眺めるだけの日々。
 そんな毎日にうんざりしながら、許されることは首を少しだけ傾けて文句を言うことぐらいだ。

「……ごめんなさい、エレン」
「いいえ。とんでもございません。美しいお顔をさらに美しくしないと」

 侍女たちは仕事に夢中だ。
 今そこにある危機にはまったく無関心。

 よくいえば仕事に忠実。悪くいえば、自分には無関係だと思ってしまっている。
 聖女の周りなら、どんなトラブルに出くわしても、無事にやり過ごせると。そう思っているのだ。

「申し訳ございません。これから情報はもう少し早く伝達できるように手段を講じます」

 侍女の怒りも自分の落ち度。
 そうやって気配りのできる優秀な聖騎士は、また深々と腰を折る。
 オリビアはなんだか少しだけ、申し訳ない気持ちになってしまった。

「そうね。情報は早ければ早いほど良い。魔法の技術を応用して、一秒でも早く、みんなのためになるように」
「はい、失礼いたします」

 一礼して出て行こうとする彼へと、鏡越しに声をかけた。

「アーサー」
「はい?」
「あなたの婚約者」
「エミーのことですか?」
「そう、エミー。彼女とその家族を、神殿の近くに呼ぶといいわ。結婚したら、どうせそうしなきゃいけないでしょ?」
「よろしいのですか?」

 アーサーは驚きの声を上げた。
 確かに、エミーの住んでいる地域は神殿がある南部の中央よりも遠く、辺境に近い。

 そこは農耕には適した土地だが、魔獣の出没などで、年間に百人単位の犠牲者が出ている。
 親孝行な聖騎士は、結婚したらエミーの家族を安全な神殿都市へと、移住させようと考えていた。

 しかしそのためには色々な手続きを踏まなくてはならない。
 相手の両親は土地に愛着があるという。説得にも時間がかかるだろう。

「いいわよ。私が許可をしたとさを伝えなさい」
「ありがとうございます」

 聖女が許可を出したといえば、それは聖書の命令ということになる。
 エミーの両親はたとえ嫌でも従わないといけない。

 説得の手間暇が省けた。聖騎士は、顔をほころばせて部屋を出て行った。
 そんな彼を見送ってじっとオリビアを見て来るのは、侍女長のエレンだ。

 彼一人だけを特別扱いしてよろしいのですか? と、そんな意味が含まれていた。
 聖騎士は他に三人いる。
 その中に独身の男性は、あと二人いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました

奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」  妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。 「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」 「ど、どうも……」  ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。 「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」 「分かりましたわ」  こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします

tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。 だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。 「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」 悪役令嬢っぷりを発揮します!!!

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...