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エピローグ
第六十八話 自由になるために
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* * * *
ここ最近のアニスの活動は、ほぼこんな感じだ。
朝起きる。シャワーを浴びて、軽装に着替えると、ホテルの敷地内を散策する。
ホテルギャザリックは裏手に小高い山があり、その段に沿うようにして、建物が建築されている。
その子山をぐるっと一時間ほどかけて走るのが、朝一の日課になっていた。
またシャワーを浴び、今度は朝食用の料理にかかる。
七時になると、朝食をともにするために、出勤前のエリオットがやってくる。
彼のために用意したご飯を食べ、その日の一日の行動を互いに教えてから、彼を送り出す。
今度は、ホテルの中を散策だ。
実家から送りつけてきた彼女の資産は、あの魔獣退治の功績(実は何もしていないが)もあって、金貨三十枚ほどよぶんにお小遣いが増えた。
ほぼ毎日、恋人のような弟のような可愛いエリオットの店に顔を出しては、純度の高いしかし、それほど効果ではない魔力の蓄積された魔石を購入する。
昼になると、いつもアニスはベランダから、軽やかにホテルを抜け出していた。
ベランダから飛び降りても、たかだか三メートル。高い運動能力を誇るアニスには、大した高さではなかった。
村の丘に生えている雑木林の中を縫うように走ると、やがて聖女が止まっているロイヤルスイートの階へと上がっていくことができる。
アニスは一本の背の高いブナの木を選ぶと、すいすいとそれを登って行った。
着ている服はいつもの部屋着にしている、丈の長いワンピースだったから下から誰かが見上げれば、足元が気になるところだが、本人は大して気にならないらしい。
木の真ん中ほどまで登ると、幹に身を預けるようにして、鷹の眼スキルを発動する。
視線の先には、聖女ともう一人。
そこは聖女の部屋のベッドルームで、居るのは驚いたことにシオンライナとリンシャウッドだった。
二人が対面して座る寝室の壁には、大事そうに二つの魔石が立てかけられている。
片方は鮮やかな紫色した魔石だった。見覚えのあるその姿形に、アニスは父親が自分に送ってきたあの魔石だと思い当たる。
もう片方は鮮やかなエメラルドグリーンをしていて、これは多分、ローズ・ローズの本体だろうと思った。
この光景は、ここ一月の間、ずっと同じものだ。アニスはリンシャウッドが聖女の部屋に逃げ込んだことを、一月前から掴んでいたのだ。
驚いたのは夜にエリオットと食事をしたあと、同じブナの木の上から聖女の部屋を覗いたら、聖女の寝室でリンシャウッドと聖女は肉体を合わせていた。
男と女が恋愛をしようが、同性同士で恋愛をしようが、異種族間で恋愛をしようが、別にそれは対して驚くことじゃない。
問題なのは、聖女なのに恋人を作っていいのかという話だ。
純潔を守るから聖女だったりしない?
もしかしてそういう意味で同性のリンシャウッドと性行為に及ぶのか?
なんだかそこには深い闇がありそうで、どうにも踏み込む気になれない、アニスだった。
さて問題だ。アニスは考える。
「明日はサフランの命日を言い訳にして、エリオットに時間をもらったけど。やっぱりお父様が言っていた、ローズ・ローズの新芽を植え込んだ私の偽物の肉体。それはどこかにありそうね……まあそっちはほっといていいかもしれない。あまり気乗りはしないけど、魔王様はそれが手に入れば満足だろうし」
枝の上で、幸せそうにまぐわう二人の女性たち。
自分にも、ほんの少し前まであんな幸せな時間があったと思うと、なんだかとても虚しくなってくる。
それにしてもリンシャウッドのやつ。
本当は魔王でも、帝国でも、王国でも、実家でもなく……聖女と仲間だったなんて。
これはこれまで調査してきた中で、一番の驚きだった。
そして彼女は、自分の住んでいる部屋のほんの二階上にずっと潜伏しているのだ。
アニスを殺し遺体に新芽を植え付けて呪いまでかけて保護した、と聞いた時。真っ先に思い浮かんだのが聖女の顔だった。だって、女神様は偽物の体と本物の体を別々に分けて助けてくれたと言っていたから。
じゃあその偽物の体はどこに行った?
行方を調べたら、あっさりと出てきた。聖女が持って帰ったと。供養するために。
「何を供養する、よ。人の遺体を利用して、ローズ・ローズの新芽を密輸する計画を立てている、犯罪者の癖に。ああもう、腹が立つ!」
鷹の目スキルを使うのをやめた。聖女と黒狼が仲睦まじく、愛情がこもったキスをしていたからだ。
しかしあの尾。黒狼のふさふさの尾。あれはまるで人間がなかに入っているように動くのが不思議だ。
「同じ闇属性で、私は魔弾を魔力を使って制御する。なら、黒狼は闇の炎をどこで制御するのかしら。明らかに私より大量の魔力を制御しないといけないわけだから……」
もしかして、あの黒い尾には第二の脳みそでも入っているのかもしれない。
だからこそ、リンシャウッドは何よりもあの尾を大事にするのかも。
そうなると――なんとなく、並べられている二枚の魔石の方法。
鮮やかな紫色をした、炎の精霊の魂が入っているあの魔石。は何とか取り返すことができるかもしれない
取り戻してエリオットに渡してあげることができれば、彼の昇進にだってつながることだろう。
自分たち二人の未来も、大きく変わるかもしれない。
「……やるか」
アニスは心の中で、逞しく成長したエリオットの胸に抱かれて、彼に濃厚なキスを与えられ、自身は真っ白なウェディングドレスを着て、ブーケを手にバージンロードを歩く姿を想像した。
ここ最近のアニスの活動は、ほぼこんな感じだ。
朝起きる。シャワーを浴びて、軽装に着替えると、ホテルの敷地内を散策する。
ホテルギャザリックは裏手に小高い山があり、その段に沿うようにして、建物が建築されている。
その子山をぐるっと一時間ほどかけて走るのが、朝一の日課になっていた。
またシャワーを浴び、今度は朝食用の料理にかかる。
七時になると、朝食をともにするために、出勤前のエリオットがやってくる。
彼のために用意したご飯を食べ、その日の一日の行動を互いに教えてから、彼を送り出す。
今度は、ホテルの中を散策だ。
実家から送りつけてきた彼女の資産は、あの魔獣退治の功績(実は何もしていないが)もあって、金貨三十枚ほどよぶんにお小遣いが増えた。
ほぼ毎日、恋人のような弟のような可愛いエリオットの店に顔を出しては、純度の高いしかし、それほど効果ではない魔力の蓄積された魔石を購入する。
昼になると、いつもアニスはベランダから、軽やかにホテルを抜け出していた。
ベランダから飛び降りても、たかだか三メートル。高い運動能力を誇るアニスには、大した高さではなかった。
村の丘に生えている雑木林の中を縫うように走ると、やがて聖女が止まっているロイヤルスイートの階へと上がっていくことができる。
アニスは一本の背の高いブナの木を選ぶと、すいすいとそれを登って行った。
着ている服はいつもの部屋着にしている、丈の長いワンピースだったから下から誰かが見上げれば、足元が気になるところだが、本人は大して気にならないらしい。
木の真ん中ほどまで登ると、幹に身を預けるようにして、鷹の眼スキルを発動する。
視線の先には、聖女ともう一人。
そこは聖女の部屋のベッドルームで、居るのは驚いたことにシオンライナとリンシャウッドだった。
二人が対面して座る寝室の壁には、大事そうに二つの魔石が立てかけられている。
片方は鮮やかな紫色した魔石だった。見覚えのあるその姿形に、アニスは父親が自分に送ってきたあの魔石だと思い当たる。
もう片方は鮮やかなエメラルドグリーンをしていて、これは多分、ローズ・ローズの本体だろうと思った。
この光景は、ここ一月の間、ずっと同じものだ。アニスはリンシャウッドが聖女の部屋に逃げ込んだことを、一月前から掴んでいたのだ。
驚いたのは夜にエリオットと食事をしたあと、同じブナの木の上から聖女の部屋を覗いたら、聖女の寝室でリンシャウッドと聖女は肉体を合わせていた。
男と女が恋愛をしようが、同性同士で恋愛をしようが、異種族間で恋愛をしようが、別にそれは対して驚くことじゃない。
問題なのは、聖女なのに恋人を作っていいのかという話だ。
純潔を守るから聖女だったりしない?
もしかしてそういう意味で同性のリンシャウッドと性行為に及ぶのか?
なんだかそこには深い闇がありそうで、どうにも踏み込む気になれない、アニスだった。
さて問題だ。アニスは考える。
「明日はサフランの命日を言い訳にして、エリオットに時間をもらったけど。やっぱりお父様が言っていた、ローズ・ローズの新芽を植え込んだ私の偽物の肉体。それはどこかにありそうね……まあそっちはほっといていいかもしれない。あまり気乗りはしないけど、魔王様はそれが手に入れば満足だろうし」
枝の上で、幸せそうにまぐわう二人の女性たち。
自分にも、ほんの少し前まであんな幸せな時間があったと思うと、なんだかとても虚しくなってくる。
それにしてもリンシャウッドのやつ。
本当は魔王でも、帝国でも、王国でも、実家でもなく……聖女と仲間だったなんて。
これはこれまで調査してきた中で、一番の驚きだった。
そして彼女は、自分の住んでいる部屋のほんの二階上にずっと潜伏しているのだ。
アニスを殺し遺体に新芽を植え付けて呪いまでかけて保護した、と聞いた時。真っ先に思い浮かんだのが聖女の顔だった。だって、女神様は偽物の体と本物の体を別々に分けて助けてくれたと言っていたから。
じゃあその偽物の体はどこに行った?
行方を調べたら、あっさりと出てきた。聖女が持って帰ったと。供養するために。
「何を供養する、よ。人の遺体を利用して、ローズ・ローズの新芽を密輸する計画を立てている、犯罪者の癖に。ああもう、腹が立つ!」
鷹の目スキルを使うのをやめた。聖女と黒狼が仲睦まじく、愛情がこもったキスをしていたからだ。
しかしあの尾。黒狼のふさふさの尾。あれはまるで人間がなかに入っているように動くのが不思議だ。
「同じ闇属性で、私は魔弾を魔力を使って制御する。なら、黒狼は闇の炎をどこで制御するのかしら。明らかに私より大量の魔力を制御しないといけないわけだから……」
もしかして、あの黒い尾には第二の脳みそでも入っているのかもしれない。
だからこそ、リンシャウッドは何よりもあの尾を大事にするのかも。
そうなると――なんとなく、並べられている二枚の魔石の方法。
鮮やかな紫色をした、炎の精霊の魂が入っているあの魔石。は何とか取り返すことができるかもしれない
取り戻してエリオットに渡してあげることができれば、彼の昇進にだってつながることだろう。
自分たち二人の未来も、大きく変わるかもしれない。
「……やるか」
アニスは心の中で、逞しく成長したエリオットの胸に抱かれて、彼に濃厚なキスを与えられ、自身は真っ白なウェディングドレスを着て、ブーケを手にバージンロードを歩く姿を想像した。
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