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第一章
第二十七話 リンシャウッド
しおりを挟むアニスがそんな物騒な話をしていたときだ、同じように証明書を天に高く掲げた少女が近場で「おっととっ」と声を上げた。
とててっ、バランスを崩した黒い小さな人影が、アニスの背後から背中に向かってぶつかってくる。
アニスはどんっと押されて前にたたらを踏むかとエリオットは思ったが、そうはならず、彼女はくるっと振り向くとその胸に、小さな人影を受け止めていた。
正確にはその両腕で、相手の掲げた両手を万歳させたまま、その場所で勢いを相殺させた。
そう表現したほうが正しいようだ。
会場は中庭にあるものだから、自然の段差に足元を取られてしまったらしい。
相手は、身長がアニスの肩ほどまでしかない、黒いフード付きコートを被った例の獣人族の少女だった。
「……すいません、嬉しさあのあまり、つい」
「いえ、気をつけて下さいね」
大人の女性が諭すようにそう言い、しかし、アニスは少女の両腕を離さない。
あ、えっと。離して? と願う彼女の手首を軽くひねった。
「あ、痛い。痛いですー、痛いー」
「あ、アニス様!」
何やっているのですか、とアニスの暴行に慌ててエリオットは制止の声をかけた。
周囲で彼ら同様に、魔猟資格者証を手にして、それを太陽にすがしつつ眺めていた人々も、アニスの振る舞いが気になったらしい。
「そんな小さな子供に、そこまですることはないだろう!」
と、大柄なハンターの男性が止めに入る。
すると、アニスは目を丸くして言った。
「何言ってらっしゃるのですか、詐欺の現行犯なのに!」
「詐欺? 何を騙されたっていうんだ。あんた、いまここで会ったばかりじゃないのか、その子供と」
「子供じゃない、リンシャウッド! ちゃんとした二十歳……痛いから放して! 逃げないから……あいいいっ」
「逃がしたら、現行犯逮捕できなくなるでしょーが!」
万歳の体勢からリンシャウッドと名乗った少女の細腕は、首の後ろでアニスの腕一本によって絡められている。
どうしてこれが詐欺の現行犯なのか、アニス以外に理解できないらしい。
こんなに簡単な事なのに、みんな分からないの?
魔猟師の質も堕ちたものだわ、とかつて凄腕の魔猟師たちに貴族の趣味としての魔猟の手ほどきをうけたことのあるアニスは呆れを隠せない。
「試験会場に、指定された以外の、銃器の持ち込み禁止! ……この子の場合、仕込み杖って言うのかしら?」
「あ、やめっ、変なとこ触って、それだめええ」
バサッとフードの下が暴かれた。
リンシャウッドは黒狼族と呼ばれる黒い狼の獣人だ。
白黒まだら模様の尾と頭頂部の獣耳が特徴的だが、彼女もその特徴のままだった。
唯一、違うところと言えば、内耳の毛色は普通は真っ白なのに、この子の場合、真っ青だという点だ。
さしずめ、黒狼と蒼狼のハーフかもしれない。
そして、アニスがコートの背中を首元から手を入れてごそごそやると、そこからは150センチほどしかないはずのリンシャウッドがどこに隠していたのか、杖のような長ぼそい黒い棒が姿を現す。
「確かめてみて、武器だから」
「これが……? どうやってそのちびっこのどこにこんな」
「ちびっこ言うな!」
自分はまだ幼いだけだ、と主張するリンシャウッドのことはさておき、黒い棒の根元を回すと、内側から黒い細筒と銃把がでてきた。
だが、そこには引き金がない。距離計測器もなく、ただの筒のように思えないこともない。
しかし関係者が見ればそれは一目瞭然で。
「ほう……よく作ってある仕込み銃だ。魔力を込めて弾丸にし、意志の力を引き金にすることで、隠し持っていても相手を狙撃することのできる。暗殺者のもつ武器の一つだな」
「ぐっ……」
魔猟師協会のお偉いさんは、さすが一目見ただけでそれを判別してみせた。
バレてしまった、とリンシャウッドはがっくしと肩を落とす。
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