25 / 71
第一章
第二十四話 軽薄な男
しおりを挟む
係員は思わず、身分証明書を二度見する。
アニスとそれを交互に見比べてから、ぽかんと小さく口を開けて、驚きを隠せないようだった。
何よ、心証悪いわね。
自分が世間でどう騒がれているのかは知っている。
国を私物化した王の息子の嫁。いや、嫁にはまだなっていないけれど、嫁候補だった女。
嫁候補も好き勝手やって、さぞや私腹を肥やしたに違いない。世間様からは、そう思われている。
父親は前国王の悪事を、現国王と共に暴いた救国の英雄だ。
その手前もあって声高に責める連中はいないが、誰もが同じことを感じていてもおかしくはない。
逆に父親が、スパイとして娘を前王子の元に送り込んだとか。
下手をすれば、内部告発したのはあの娘ではないか、とか。
貴族社会のみならず、王国では婚約すれば女は相手の家のものになる。
あちらの社会へと組み込まれる存在だ。
その婚約者であるアニスがサフランから訊きだした前国王のいろいろな悪い情報を、父親や現国王フリオに売ったのだとしたら、それはとんでもない悪女が誕生したといってもいいことになる。
本当のところ、サフランは未来の妻の部屋に他の女をそっと招き入れて、いかがわしいことをしようとしていたのだけど……。
など一瞬のうちに、嫌な感情がアニスの脳裏を駆け巡る。
目の前の係官も、世間と同じように冷たい不躾な視線を向けてくるのだろうか。
それはとても冷たいものだ。
決して何度も何度も、真正面から受け止めることができるものではないし、いくら気丈だといえ、アニスも女性だ。
一度にたくさんの人々から同じようなものを向けられたら受け止めきれる自信がなかった。
今この係員が大きな声を上げて叫んだりしない限り、その最悪の事態は逃れられるのだけれども……。
「ようこそ、魔猟師資格試験へ」
「はい……? え、あれ?」
「何か? あちらで詳細な説明を行いますので、席に座ってお待ちいただけますか」
そう言って彼が丁寧に示した方向には、簡易式の折りたたみ椅子がいくつも並べられていた。
設営するの大変だっただろうなと思いつつ、係員から必要な書類一式と身分証明書を返してもらう。
「頑張ってくださいね。うちは実力主義ですから」
「え、もちろん。頑張りたいと思います」
実力主義。
なんていい響きなんだろう。
頑張ってやろうじゃない。
これまで考えてもみなかったけれど、魔猟師って仕事も案外悪くないかもしれない。
激高家でもあり、楽天家でもあるアニスは気分の切り替えが早い。
案内された場所へと向かうと、それまでの四人がめいめい思う場所に腰かけていた。
黒いフード付きコートをすっぽりとかぶった身長がアニスよりも低い少女。
多分、獣人だろう。犬のように長くてふんわりとした白黒の尾が、フード付きコートの下から覗いている。
こんな夏場にそんな暑そうな格好して、熱中症にでもならないのかと心配が過ぎる。
二人目、これは見知った顔。
アニスよりも背の高い、灰色の髪と青い瞳の少年がそこにいる。エリオットだ。どうやら、彼が参加しないと私も参加しない、と昨夜、ボブにごねたのが功を奏したらしい。
三人目、アニスと同じほどの年恰好の少女。
きつく猫のように吊り上がった青いめと、肩口まで伸ばした真紅の髪、その下には高価そうな薄い胸当て鎧がにぶい灰色に輝いている。腰には細い剣が一つ。どこか薄幸そうな少女だった。
四人目、どうやらその真紅の髪をした少女の相方らしい。
黒髪、中肉中背の優男。目元が軽薄そう。こちらを見て意味ありげな微笑みをした時点で、本能が拒絶した。
しかし、魔猟師としての腕なのか、それとも戦士としての腕前なのか。彼が続々と会場の椅子に座る人々の中で、最上位の部類に入るのは、間違いがないようだった。
アニスとそれを交互に見比べてから、ぽかんと小さく口を開けて、驚きを隠せないようだった。
何よ、心証悪いわね。
自分が世間でどう騒がれているのかは知っている。
国を私物化した王の息子の嫁。いや、嫁にはまだなっていないけれど、嫁候補だった女。
嫁候補も好き勝手やって、さぞや私腹を肥やしたに違いない。世間様からは、そう思われている。
父親は前国王の悪事を、現国王と共に暴いた救国の英雄だ。
その手前もあって声高に責める連中はいないが、誰もが同じことを感じていてもおかしくはない。
逆に父親が、スパイとして娘を前王子の元に送り込んだとか。
下手をすれば、内部告発したのはあの娘ではないか、とか。
貴族社会のみならず、王国では婚約すれば女は相手の家のものになる。
あちらの社会へと組み込まれる存在だ。
その婚約者であるアニスがサフランから訊きだした前国王のいろいろな悪い情報を、父親や現国王フリオに売ったのだとしたら、それはとんでもない悪女が誕生したといってもいいことになる。
本当のところ、サフランは未来の妻の部屋に他の女をそっと招き入れて、いかがわしいことをしようとしていたのだけど……。
など一瞬のうちに、嫌な感情がアニスの脳裏を駆け巡る。
目の前の係官も、世間と同じように冷たい不躾な視線を向けてくるのだろうか。
それはとても冷たいものだ。
決して何度も何度も、真正面から受け止めることができるものではないし、いくら気丈だといえ、アニスも女性だ。
一度にたくさんの人々から同じようなものを向けられたら受け止めきれる自信がなかった。
今この係員が大きな声を上げて叫んだりしない限り、その最悪の事態は逃れられるのだけれども……。
「ようこそ、魔猟師資格試験へ」
「はい……? え、あれ?」
「何か? あちらで詳細な説明を行いますので、席に座ってお待ちいただけますか」
そう言って彼が丁寧に示した方向には、簡易式の折りたたみ椅子がいくつも並べられていた。
設営するの大変だっただろうなと思いつつ、係員から必要な書類一式と身分証明書を返してもらう。
「頑張ってくださいね。うちは実力主義ですから」
「え、もちろん。頑張りたいと思います」
実力主義。
なんていい響きなんだろう。
頑張ってやろうじゃない。
これまで考えてもみなかったけれど、魔猟師って仕事も案外悪くないかもしれない。
激高家でもあり、楽天家でもあるアニスは気分の切り替えが早い。
案内された場所へと向かうと、それまでの四人がめいめい思う場所に腰かけていた。
黒いフード付きコートをすっぽりとかぶった身長がアニスよりも低い少女。
多分、獣人だろう。犬のように長くてふんわりとした白黒の尾が、フード付きコートの下から覗いている。
こんな夏場にそんな暑そうな格好して、熱中症にでもならないのかと心配が過ぎる。
二人目、これは見知った顔。
アニスよりも背の高い、灰色の髪と青い瞳の少年がそこにいる。エリオットだ。どうやら、彼が参加しないと私も参加しない、と昨夜、ボブにごねたのが功を奏したらしい。
三人目、アニスと同じほどの年恰好の少女。
きつく猫のように吊り上がった青いめと、肩口まで伸ばした真紅の髪、その下には高価そうな薄い胸当て鎧がにぶい灰色に輝いている。腰には細い剣が一つ。どこか薄幸そうな少女だった。
四人目、どうやらその真紅の髪をした少女の相方らしい。
黒髪、中肉中背の優男。目元が軽薄そう。こちらを見て意味ありげな微笑みをした時点で、本能が拒絶した。
しかし、魔猟師としての腕なのか、それとも戦士としての腕前なのか。彼が続々と会場の椅子に座る人々の中で、最上位の部類に入るのは、間違いがないようだった。
1
お気に入りに追加
639
あなたにおすすめの小説
虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!
八代奏多
恋愛
伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。
社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。
あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。
だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。
ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!
……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。
こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!?
※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~
ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された
「理由はどういったことなのでしょうか?」
「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」
悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる
それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。
腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
もふもふ相棒と異世界で新生活!! 神の愛し子? そんなことは知りません!!
ありぽん
ファンタジー
[第3回次世代ファンタジーカップエントリー]
特別賞受賞 書籍化決定!!
応援くださった皆様、ありがとうございます!!
望月奏(中学1年生)は、ある日車に撥ねられそうになっていた子犬を庇い、命を落としてしまう。
そして気づけば奏の前には白く輝く玉がふわふわと浮いていて。光り輝く玉は何と神様。
神様によれば、今回奏が死んだのは、神様のせいだったらしく。
そこで奏は神様のお詫びとして、新しい世界で生きることに。
これは自分では規格外ではないと思っている奏が、規格外の力でもふもふ相棒と、
たくさんのもふもふ達と楽しく幸せに暮らす物語。
婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。
全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。
言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。
食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。
アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。
その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。
幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…
公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。
なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。
普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。
それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。
そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。
溺愛されている妹の高慢な態度を注意したら、冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになりました。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナフィリアは、妹であるレフーナに辟易としていた。
両親に溺愛されて育ってきた彼女は、他者を見下すわがままな娘に育っており、その相手にラナフィリアは疲れ果てていたのだ。
ある時、レフーナは晩餐会にてとある令嬢のことを罵倒した。
そんな妹の高慢なる態度に限界を感じたラナフィリアは、レフーナを諫めることにした。
だが、レフーナはそれに激昂した。
彼女にとって、自分に従うだけだった姉からの反抗は許せないことだったのだ。
その結果、ラナフィリアは冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになった。
姉が不幸になるように、レフーナが両親に提言したからである。
しかし、ラナフィリアが嫁ぐことになった辺境伯ガルラントは、噂とは異なる人物だった。
戦士であるため、敵に対して冷血ではあるが、それ以外の人物に対して紳士的で誠実な人物だったのだ。
こうして、レフーナの目論見は外れ、ラナフェリアは辺境で穏やかな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる