上 下
24 / 71
第一章 

第二十三話 貴族のたしなみ

しおりを挟む
 貴族のたしなみ、と言えば聞こえの良いそれは、いうなれば無慈悲な殺戮だ。
 魔獣が住んでいるエリアを大勢の雇われ人たちが包囲し、徐々にその網を狭めることで、網の入り口に待つハンターの元へと誘導する。

 銃口を魔獣に向け、いまかいまかと引き金を絞りたくて仕方がない、そんな狩りの熱気にあてられた人々が年に数か月だけ、その心を狂わせる時期がある。

 魔猟は普段禁止されていて。だが特定の魔獣に対してだけ、ある期間のみ解禁されるのだ。
 アニスも辺境伯令嬢。

 父親が国王陛下や公爵閣下たちからの頼みを受けて、嫌々ながら魔獣を追い込む役目を引きうけたのを、いくども目にしているし、その場に同席したこともある。
 
 憐れなものだった。いわば、他人の命を大勢で弄び、最後に殺した者が喝采を浴びるゲーム。
 そこしか行き場がなく逃げ場所を失い、追いかけて来る人間たちから必死に逃れようとする魔獣を、一撃で仕留める紳士のスポーツだという。

 魔獣は害悪でしかなく、畑や都市部に災厄をもたらすから、害獣として処分しても問題ないという。
 それが、貴族社会のたしなみ、魔猟。

 なぜこんなに批判的な言葉しか思い浮かばないかというと、アニスはスポーツとしての魔猟が大嫌いだからだ。
 幼い自分に敵兵たちと至近距離で命のやり取りをしてきた彼女にしてみれば、誰かの命を奪うということは、こちらもそれ相応の危険に身を置いて戦いに挑まなければ、卑怯である、という観点を持っているからである。

「サフランが王になったら、甘えた倒して魔猟を永遠に禁猟化する法律を施行させようと、王妃になってからやることリストの中に挙げていたのに」

 と、思わずとんでもないことを呟いて、おっとしまったとアニスは口元に手を添える。
 幸い誰にも聞かれていなかったから良かったものの、内容があまりにも物騒である。

 前国王関係者だと知れたら、それだけで会場に配置されている役所関連の衛兵に職務質問を受けかねない。
 その辺りのことも危惧をして用意した動きやすいこの格好は、外見だけすれば、どこかの貴族の令嬢に仕える侍女、といったふうにも見えなくない。
 
 これからどうするのかと辺りを見渡すと、中庭の中央には白い行軍用のテントが張られていた。
 夏の陽ざしを避けるために張られた屋外テントには足元部分の骨組みがむき出しになっており、屋根を支えている状態だ。
 
 中には魔猟師教会と看板があり、その教会関係者が胸に紫色のリボンを付けて、ずらっと並んだ四十人ほどの参加者に、パンフレットと木製のボードにバネ仕掛けの金属枠で書類を挟み込むようになっている物、ついでに振ればインクがにじみ出るペンなどを併せて配っている。

 アニスは早く会場入りしてしまったためか、列の最初から四番目だった。
 テントの中にテーブルと簡易的な折りたたみ式のイスが置いてある。

「身分証明書を」
「えっと、はい、これ」

 いかめつい顔をしてあごにちょび髭を生やした傭兵然とした男が提示を求める。
 写真付きのそれを渡すと、どこかで見た顔だ、とそんなうろんな表情をしてから、彼はあっと気付いた。

 目の前にいる従者風の少女は、最近、新聞を賑わせていたあの前国王の息子と共に写真が掲載されていた少女。
 前王太子妃補、アニス・フランメルだと。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

ヒロインに悪役令嬢呼ばわりされた聖女は、婚約破棄を喜ぶ ~婚約破棄後の人生、貴方に出会えて幸せです!~

飛鳥井 真理
恋愛
それは、第一王子ロバートとの正式な婚約式の前夜に行われた舞踏会でのこと。公爵令嬢アンドレアは、その華やかな祝いの場で王子から一方的に婚約を解消すると告げられてしまう……。しかし婚約破棄後の彼女には、思っても見なかった幸運が次々と訪れることになるのだった……。 『婚約破棄後の人生……貴方に出会て幸せです!』  ※溺愛要素は後半の、第62話目辺りからになります。 ※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。 ※連載中も随時、加筆・修正をしていきます。よろしくお願い致します。 ※ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

聖女の私は妹に裏切られ、国を追放することになりましたがあなたは聖女の力を持っていないですよ?〜国を追放され、劣悪な環境の国に来た聖女の物語〜

らん
恋愛
 アデリーナ・ハートフィールドはシライアという国で聖女をしていた。  ある日のこと、アデリーナは婚約者であり、この国の最高権力者ローラン・ベイヤー公爵に呼び出される。その場には妹であるグロウィンの姿もあった。 「お前に代わってグロウィンがこの国の聖女となることになった」  公爵はそう言う。アデリーナにとってそれは衝撃的なことであった。グロウィンは聖女の力を持っていないことを彼女は知っているし、その力が後天性のものではなく、先天性のものであることも知っている。しかし、彼に逆らうことも出来ずに彼女はこの国から追放された。  彼女が行かされたのは、貧困で生活が苦しい国のデラートであった。  突然の裏切りに彼女はどうにかなってしまいそうだったが、ここでただ死ぬのを待つわけにもいかずに彼女はこの地で『何でも屋』として暮らすことになった。  『何でも屋』を始めてから何日か経ったある日、彼女は平和に過ごせるようになっていたが、その生活も突然の終わりを迎える。

【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、 ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。 家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。 十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。 次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、 両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。 だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。 愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___ 『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。 与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。 遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…?? 異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》

虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。  社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。  あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。  だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。  ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!  ……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。  こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!? ※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する

鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】 余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。 いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。 一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。 しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。 俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

処理中です...