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第一章
第十三話 終わりの始まり
しおりを挟むアニスが断罪された二人に祈りを捧げてから、数日が経過した。
この間、アニスは魂が抜けた抜け殻のようにぼうっと日々を過ごしていた。
無理もない、自分が愛した男が気づけば裏切り、政治のために粛清され、そして存在ごと消えてしまったのだから。
心の整理をする時間が必要だった。
そんなある日のこと。
季節外れの低気圧が雨雲を引き連れて、天空をどす黒く覆った日だった。
強風が吹き、雨粒がガラス窓に叩きつけられては、跡を残すまえに消えていく。
バケツの底を引っくり返したようなどしゃ降りのそれを見つめながら、これからどうしようか、と身の振り方を悩んでいたら、それはやってきた。
コンコンコンっとドアがノックされる。
出てみると、そこには彼がいた。
「このようなお品が届いております」
そう言って、例のゲストアテンダントが持ってきたのは、片手で抱え込めるくらいの大きさをした長方形の箱だった。
丁寧な包装が施してあるそれは、受け取ってみたらなにやらずしり、と重たかった。
彼に心ばかりのチップを手渡すが、これは宿泊費に含まれております、と丁重に断られてしまった。
ホテルマンとしてのサービスとはなにかをきちんと心得ているその仕事ぶりは、相変わらずプロだな、と感心してしまう。
部屋に戻り、赤ん坊ほどもある重さの包みを、テーブルの上に置いてから手前の長い方のソファーに深々と腰かけて、じっとそれを観察した。
荷札を確認すると、送り主は王都内の、馴染みのある店からになっている。
サフランに紹介してもらった、王族御用達の宝飾店からになっていた。
しかし、その一番下にある氏名の欄を見て、アニスは首をかしげる。
オルティノ・グレイムスと書かれたその男性名は、父親のフランメル辺境伯レットーが、秘密文書などに記載するときに使う、別名だった。
「店のことは知っているだろうけれど、お父様がどうして隠し名義を使用して、物品を贈って来たのかしら?」
思いつく理由としては、それこそ秘密裏に自分に渡したい品物があるからそうしたのだろう、と予測はつく。
とはいえ、サフランと因縁のある店の包みを開けたいとは、思わなかった。
何か呪われた品が中に梱包されていそうで、目に見えない無言の圧力を感じでしまう。
それは開けてみなければわからない、単なる妄想なのかもしれないけれど……やっぱり何か触るのが嫌だった。
「魔弾で弾いたらいいのかしら?」
クーデターというわけではないが、政治劇にはもう決着がついている。
前国王一派は国内外に追放や断罪を受けて、散り散りになり、もう勢力は残っていないはずだ。
正直言ってしまえば、さっさと迎えに来てほしい。
それがアニスの本音だった。
「……いいわ。開けてやろうじゃないの」
悩みあぐねて出した結論は、開けること。
それしか選択肢はないし、嫌ならさっさと部屋の壁についてある取っ手を引き、窓を開ければいい。
その向こうには、各部屋へとつながる、ダストシュートが真っ黒い口を開いて待っている。
いわくありげな店から送りつけられた品物というその点が、アニスの心を更に重くしていた。
赤い包装紙は高級なもので、そこに白く印刷された薔薇は、とても高貴な意匠を模していた。
それをビリビリと破り捨てるのはどうも気が重い。
書斎からペーパーナイフを持ってきて、包みを丁寧にはがしていく。
すると、中には茶色い木箱が入っており、開けたら梱包材の中に、軍用の通信魔導具が鎮座していた。
「何よこれ。重たいはずだわ……こんなものを送りつけてくるのって、お父様らしい」
魔力を注ぎ込み、それを起動させようとしたら、添付されていた一通のメッセージカードがぽとり、と足元に落ちた。
白い封筒に包まれたそれを開け、中身をひっぱり出す。
同じく白い紙に書かれたメッセージ。
そこには、戻って来るな。の一言が、連絡先の番号とともに、添えられていた。
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