上 下
8 / 8

(この顔が、見たかったのです)

しおりを挟む



「…………でも、ありがとう」

 噛み締めるような、小さなお声です。

「俺は人間に戻ることも、死ぬことも。絶対に無理だと思ってた」

 そう呟くエルヴィス様に「どういたしまして」と微笑みながら、わたくしは深く息を吸いました。

 生まれて初めて、緊張しています。思わずもじもじと握る手に力がこもりました。

「あの、エルヴィス様。……わたくし、一応は魔王にかどかわされたことになっておりますの」
「あー……そうだよな。君、この先どうするつもりか考えてた?」

 俺は傭兵か何かになろうかなって思ってるけど……と心配そうな顔を見せるエルヴィス様に、わたくしは「も、もしもエルヴィス様がよろしければ!」と叫びました。

「お、王家の手の者がわたくしを探しにくるとも限りませんし……!? し、しばらく一緒に暮らしていただきたくて」
「一緒に?」
「ご迷惑はおかけしませんわ! わたくし個人の資産はたんまりございますし、ショウエッセンでもソプラノバイエルンでもジョンソンウィルでも、毎日好きなだけご用意致しますわ!」
「ジョンソンウィル……!?」

 エルヴィス様はお顔をぱっと輝かせ、「いいよ」と頷きました。

「いいんですの!?」
「ああ。さすがに四百年も経って、この時代にすぐに順応できるかも不安だったし……俺も君にいてもらったら、助かる。多少の変人はエウレカで慣れてるしな」

 そう言って少し気恥ずかしそうにエルヴィス様が微笑みます。

 ――ああ、この顔が見たかったのです。

 女神とお話するたびに彼女が見せてくれていた、四百年前と変わらない笑顔です。

 物心ついた時からずっと焦がれていた彼が、今目の前で微笑んでいます。
 激しい動悸と眩暈に耐えるため手をぎゅうっと握っていると、何か誤解したのかエルヴィス様が慌てた様子で口を開きました。

「あ! 大丈夫。俺は男だけど、君に助けてもらった恩もあるし。君、十六歳だっけ? さすがに四百十三歳違う子に邪なことはしたりしないよ」
「ちっ」
「ねえ今舌打ちした?」

 というかその魔王大丈夫? と私の手に視線を向けるエルヴィス様が恋愛ごとに疎いだろうことは、女神様のお話から知っています。

 恋心ばかりは、聖力ではどうにもなりません。割と万能な聖力で多少の予知もできますが、自分の恋の行方だけはわからないのです。

(――だけど。わたくしだって、必ず約束を果たしてみせますわ)

 そう心の中で誓って深く息を吸いながら、わたくしはずっと憧れていたエルヴィス様に手を伸ばそうとして、やっぱりやめました。

(……殿下のことをヘタレだなんて、言えませんわね)

 そう思いながら、わたくしの手の中にいる魔王に「おい、大丈夫か?」と声をかけるエルヴィス様を、ずっと見つめておりました。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

nanasi
2022.07.14 nanasi
ネタバレ含む
皐月めい
2022.07.14 皐月めい

感想ありがとうございます〜!!
魔王→勇者の双方向にチェンジ可能めちゃ良いですね!(勇者になる合言葉はなんなのか気になる…🌀笑)

そう、いろいろできたほうがね、よいですよね?
(勇者の俺を人外にするなという声が聞こえてきそう)

解除
momaeri
2022.07.10 momaeri
ネタバレ含む
皐月めい
2022.07.12 皐月めい

感想ありがとうございます〜!!
面白かったと言って頂けてとてもとても嬉しいです…!お腹が捩れるほどだなんて…!(投稿してよかった!)

ポエマー王太子の幸せも願って頂けて嬉しいです〜😭本当にありがとうございました☺️💕

解除
ようこ
2022.07.09 ようこ
ネタバレ含む
皐月めい
2022.07.09 皐月めい

ありがとうございます😭!そうです、女神から映像つきで話を聞いているうちにすっかり惚れ込んでしまいました☺️💕

エルヴィスはめちゃくちゃチョロいので、正攻法で好きです!と告白したら一発です!
でも逆に好きですと言わない限りは進展はなく、セルヴィは好きと言う勇気がなくじれじれしてたらよいなあと妄想してます…☺️💕笑
そしてソーセージで胃袋掴もうとして炭にして、逆に胃袋掴まれたらよいなあと思いました😘

解除

あなたにおすすめの小説

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生先が、十年後に処刑される予定の幼女!

皐月めい
恋愛
「――天使が降りてきたのかと思いました」 六歳のクローディアは日々教育係に虐げられ、誤解により家族から冷遇される日々を送っていた。 とはいえクローディアのメンタルは強かった。 それなりに楽しく過ごしていたある日、前世を思い出して自分がいずれ処刑される悪役、クローディアであることに気づく。 そんなクローディアを、いずれ自分を処刑する王太子が救ってくれたのだけれど。 せっかく美貌もお金もある公爵家に生まれたのだから処刑は回避して人生を楽しみたい強メンタル令嬢と、 何故か自分の本性を見抜いているらしい公爵令嬢を手放したくない腹黒王太子の短編です。

伯爵家に仕えるメイドですが、不当に給料を減らされたので、辞職しようと思います。ついでに、ご令嬢の浮気を、婚約者に密告しておきますね。

冬吹せいら
恋愛
エイリャーン伯爵家に仕えるメイド、アンリカ・ジェネッタは、日々不満を抱きながらも、働き続けていた。 ある日、不当に給料を減らされることになったアンリカは、辞職を決意する。 メイドでなくなった以上、家の秘密を守る必要も無い。 アンリカは、令嬢の浮気を、密告することにした。 エイリャーン家の没落が、始まろうとしている……。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

その結婚、喜んでお引き受けいたします

Karamimi
恋愛
16歳の伯爵令嬢、マリアンヌは、1年前侯爵令息のダニエルから、公衆の面前で一方的に婚約破棄をされた。そのせいで、貴族界では好奇な目に晒され、さらにもう結婚は出来ないだろうとまで言われていた。 そんな中、マリアンヌと結婚してもいいという男性が現れた。相手はなんと、以前からマリアンヌが慕っていた、侯爵家の当主、グリムだった。 まさか好きな男性に嫁ぐことが出来るだなんて!でも、本当に私でいいのかしら?不安と期待の中、嫁いでいったマリアンヌを待ち受けていたのは… 不器用だけれど誰よりもマリアンヌを大切に思っている若き当主、グリムと、過去のトラウマのせいで完全に自信を失った伯爵令嬢、マリアンヌが、すれ違いの日々を乗り越え、本当の夫婦になるまでのお話です。 グリムがびっくりする程ヘタレですが、どうぞよろしくお願いします。

転生したら没落寸前だったので、お弁当屋さんになろうと思います。

皐月めい
恋愛
「婚約を破棄してほしい」 そう言われた瞬間、前世の記憶を思い出した私。 前世社畜だった私は伯爵令嬢に生まれ変わったラッキーガール……と思いきや。 父が亡くなり、母は倒れて、我が伯爵家にはとんでもない借金が残され、一年後には爵位も取り消し、七年婚約していた婚約者から婚約まで破棄された。最悪だよ。 使用人は解雇し、平民になる準備を始めようとしたのだけれど。 え、塊肉を切るところから料理が始まるとか正気ですか……? その上デリバリーとテイクアウトがない世界で生きていける自信がないんだけど……この国のズボラはどうしてるの……? あ、お弁当屋さんを作ればいいんだ! 能天気な転生令嬢が、自分の騎士とお弁当屋さんを立ち上げて幸せになるまでの話です。

転生したら使用人の扱いでした~冷たい家族に背を向け、魔法で未来を切り拓く~

沙羅杏樹
恋愛
前世の記憶がある16歳のエリーナ・レイヴンは、貴族の家に生まれながら、家族から冷遇され使用人同然の扱いを受けて育った。しかし、彼女の中には誰も知らない秘密が眠っていた。 ある日、森で迷い、穴に落ちてしまったエリーナは、王国騎士団所属のリュシアンに救われる。彼の助けを得て、エリーナは持って生まれた魔法の才能を開花させていく。 魔法学院への入学を果たしたエリーナだが、そこで待っていたのは、クラスメイトたちの冷たい視線だった。しかし、エリーナは決して諦めない。友人たちとの絆を深め、自らの力を信じ、着実に成長していく。 そんな中、エリーナの出生の秘密が明らかになる。その事実を知った時、エリーナの中に眠っていた真の力が目覚める。 果たしてエリーナは、リュシアンや仲間たちと共に、迫り来る脅威から王国を守り抜くことができるのか。そして、自らの出生の謎を解き明かし、本当の幸せを掴むことができるのか。 転生要素は薄いかもしれません。 最後まで執筆済み。完結は保障します。 前に書いた小説を加筆修正しながらアップしています。見落としがないようにしていますが、修正されてない箇所があるかもしれません。 長編+戦闘描写を書いたのが初めてだったため、修正がおいつきません⋯⋯拙すぎてやばいところが多々あります⋯⋯。 カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。