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ディーは俺のことが大好きだから

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 部屋の外に出て誰かいないかと探してみたものの、この時間、大半の使用人は下がっているようだ。

 呼びつけるのもしのびなく、自分で淹れようかと一瞬考えたが、お湯や茶葉の場所がわからない。

(仕方ない。夜風を少し浴びて、部屋に戻ろうかしら)

 そう思い、近くにあった図書室に入る。この図書室には、この屋敷で一番広いテラスがある。そこにはくつろげるように小さなテーブルと、座り心地の良いソファがあるのだ。

 少し冷えた夜風を肺いっぱいに吸い込んで、リディアはソファにごろんと横たわる。闇に隠れて結界は見えないが、夜空には満天の星が輝いていた。

(うん、絶景だわ。お星さまを眺めながらごろごろとするなんて……懐かしい)

 そう思いながら目を閉じる。
 小さいラスターと過ごした山小屋で、時折ラスターと二人で屋根に寝転んで星空を眺めていたものだ。

(私が本格的に寝そうになると、落ちるんじゃないかと心配して焦ってたっけ……)

「ディア!」

(そうそうそんな風に名前を呼ばれて……あれ)

 現実で名前を呼ばれたことに数秒遅れで気付いたリディアが、ぱちりと目を開ける。

 肩にディーを乗せ、少し焦った様子のラスターが、リディアの顔を覗き込んでいた。

 驚いて、思わず飛び起きる。

「うわっ、ラ、ラスター!? ど、どうしたの」
「こちらのセリフだ。一体何して……」
「ほ、星を見ながらごろごろしてたのよ……」

 そういえば図書室は、ラスターの部屋の隣だった。
 今一番見ると動揺してしまう顔から眼を逸らしつつ、リディアは起き上がってもごもごと言う。

 そんなリディアをじっと見つめ、ため息を吐いたラスターが指を鳴らすと、テーブルの上にティーカップとポットがぱっと現れる。それと同時にふわふわのブランケットも現れて、リディアの膝にふわりとかかった。

 驚いている内にラスターが手際よく紅茶を淹れて、リディアに差し出す。

「夜風は冷える」
「あ、ありがとう……」

 気配りができすぎる。
 感動と気まずさを感じつつカップを受け取るリディアに、ラスターが静かに口を開いた。

「……別に、今まで通りにしてくれればいい」
「え?」
「好かれたいとは思っていないし、ディアをどうにかしたいわけじゃない。まあ盛大に困ればいいとは思ってるけど」
「困ればいい」

 淡々と言うラスターに驚愕すると、彼は「ああ」と寂しそうに少し微笑んだ。
 その表情に、これはおそらく自分に気を遣わせないための言葉なのだろう、とリディアは察した。

(……そう。昔からこの子は、優しいのよね)

 そんな彼が復讐なんて考えるわけがなかったのに、申し訳ない勘違いをしてしまったなと、リディアは少し悔やみかけて、いやいやと思い返す。

(いやでも、罪を贖えなんて言われたら誰でも衝撃を受けるわよね。うん。これは仕方ない……気がする)

 気を持ち直して、リディアもちょっとだけ微笑んだ。

「…………びっくりしたけど、憎まれてないことは嬉しかったわ。ラスター、ものすごく怒ってると思ってたから」

 そういえばラスターが言っていたリディアの罪とは、何のことだったのだろう。

 そう思って首を傾げたとき、ラスターが静かに「怒ってるよ」と言った。

「怒ってる。ディアが亡くなった時から、ずっと」

「え?」

「……本当は、絶対に言うつもりはなかったけど」

 ラスターがリディアから視線を逸らして、淡々とそう言った。

「ディアと出会えたことが、俺の人生で唯一の幸せだと思っていたのに、俺と出会ったせいでディアが死んだ。マクシミリアンに本当のことを知らされたとき、俺は心の底から自分を殺したくなったよ。出会わなければよかったことに気付かず、のうのうと生きていた自分が本当に許せなかった」

「! それはちがっ……」
「――違わない」

 そう断定する口調は変わらずに平静で、静かだった。
 そう。彼にだけはこういう思いを、絶対にさせたくなかったのだ。

「だから再会した時、どんな危険も近づけないと決めていた。犯人のことだって知る必要ない。知ったらディアはまた、俺を守るために近づきそうだから」

「ラスター……」

「でもディアは閉じ込めても逃げ出してしまう。……だからこうして全部を話そうと思った。俺がどれだけディアに生きててほしいか知ったら、ディアは優しいから絶対に死なない。そうわかってるから」

 ラスターを心配するように、ディーがにゃあ、と鳴いて頭をこすりつけた。
 ディーに目を落とし、その頭を優しく撫でながら、ラスターは静かに言った。

「……本当は、ディアかと思ったんだ」

「……?」

「ディアが死んだあと、しばらくずっとあの小屋で、ディアのことだけを考えてた。そうしたら、怪我をして倒れていたディーを見つけた」

 自分の名前を呼ばれたことに気をよくしたのか、ディーがごろごろと喉を鳴らしてラスターに甘えている。

「黒猫で、珍しい紫の瞳。昔ディアはよく猫になりたい猫になって昼寝したいって言ってたから、もしかしたら人間じゃなくて猫に生まれ変わって戻ってきてくれたのかなって考えて、つい拾った。あの時ディアが俺にしてくれた時みたいに」

「ラスター……」

「ディーがディアじゃないことなんてすぐにわかった。ディーは俺の側から、絶対に離れたがらない」

 ラスターがごめん、と小さく謝った。

「……こんなことを言って縛り付けるのは、卑怯だと思ってる。嫌ってくれていい。俺と出会ったせいで、ほんとに悪かっ……」

「ラっ……ラスターは、卑怯なんかじゃないでしょう!」

 思わず怒鳴ってしまった。
 驚いて顔を上げるラスターが、リディアの顔を見て更に固まった。

 頬にぼろぼろと、大きな涙が溢れていく。
 リディアがこうして涙を流したのは――おそらくディアナだった頃、魔物を殺した時以来だ。


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