上 下
11 / 37

誰得プロポーズ

しおりを挟む
 


(もしかしたら怒ってるかもとは思ったけど……本当に怒ってるなんて……)

 しかも、ここまで。
 ラスターからひしひしと怒りが伝わる。前世こき使いまくったことや、ラスターと目があう距離でパレード鑑賞したことをリディアは心底後悔した。

(それにしても、なんでわかったんだろう?)

 一目見ただけで、ラスターはリディア自身でさえ最近まで知らなかった転生を見抜いた。やはりこの弟子は恐ろしいほど勘が良い。


 そして何より、リディアが疑問なのは。

(欺いたとは。私、嘘なんて吐いたこと………….いっぱいあるけど)

 しかし畑の水やりを忘れていたことをごまかすとか、その程度のものだ。確かに悪かったけど十六年も怒るものだろうか……と考えたところで、リディアは死に際に自身が言い放ったセリフを思い出した。

『――私、実は天才じゃなかったの』

 数十人の騎士や魔術師に囲まれた程度で亡くなった、その理由付けのために言った言葉だった。

 しかしそれは『少年をこき使いまくった天才』ではなく、『天才を装い少年をこき使ったとんでもない女』だと、自白していることになる。

 それでもあの溢れる天才オーラは隠しきれなかったような気がするけど、ラスターと過ごしたあの三年間、ディアナは彼にあらゆる高等魔術を教えつつも……自身が使う魔術は、消費魔力の少ない小技程度のものばかりだった。実技の教え方も下手だった。

 これは確かに……五色の瞳を持ってはいても、魔力が大きいだけで小技しか使えない詐欺師だと思われても仕方がない。
 鎮静の結界も人の手柄を横取りしたとか、偶然うっかりできてしまったとかそんな風に認識されてたりして……。そう思いそうっとラスターの顔を見る。

(ひっ)

 ものすごく怒っている。怒りすぎて血走ったのか、若干目が赤く潤んでいるように見える。そこまで。濡れ衣というか本当はそうじゃないのだが、急に自分が人でなしに思えてくる。リディアは割と小心者だ。

「え、ええっと……身をもって贖うとは具体的にどういう……」

 視線を彷徨わせながら、リディアが引き攣った顔で問いかけると、ラスターは薄く笑った。

「先ほども言ったが、生涯俺の側にいてもらう」
「えっ……」

 終身刑ということだろうか。 
 青ざめてラスターの顔を見ると、ラスターはどこか傷ついたような顔をして嗤った。

「お前がしたことを考えれば当然だろう。――この十六年間、俺がどんな気持ちだったか」
「そ、それは謝るけど……刑期が長すぎでは……」
「……刑期、か」

 目が昏く淀んでいる。自分がどんどん墓穴を掘っている気がしつつも、リディアはラスターの幸せのためにもと口を開いた。

「だ、だって、あなたもそろそろ結婚を考えてるでしょう? 私をそばに置き続けたら普通の女性は嫌がるわ。あなたのお嫁さんになるような、素敵な女性ならなおさら」

 今世のリディアは、ラスターと接点のある筈がないいたいけな十六歳の少女だ。英雄と噂されるラスターがそんな少女をそばに置き、「復讐だ」といって虐待を繰り返していたら普通にドン引きされると思う。アレクサンドラ嬢がどんな人かはわからないが、普通に嫌がるに違いない。

 一発。一発殴る程度で、おさめてもらえないだろうか。

「……ディアは本当に、昔から俺をかき乱すのがうまいな。怒らせるのも」

 薄く嗤ったその表情に、リディアは言ってはならないことを言ったのだろうと察した。
 氷の魔術でも展開しているのだろうか。冷気が漂っているのだが。

(これは……ものすごく、怒ってるわ……)

「――そこまで俺を心配してくれるのなら喜んで受け入れてくれるよな」

そう言ってラスターは、掴んだままだったリディアの手に指を絡め、手首に唇を寄せた。

「俺は今、求婚している」

「……!?」
「え?」
「おやまあ……」

 耳を疑うような発言に、フランツやカールが驚きの声を上げた。ラスターは鬱陶しそうに二人を――特にフランツを眺め、「拒否はさせない」と言った。

「妻ならば、生涯俺の側から離さずにすむだろう?」

 そう言って、ラスターが目を見開いたリディアに笑いかける。どこか壊れた笑みだと思った。

「そうなったら、ディアのすべては俺のものだ。今後はもう、髪の毛の一筋でさえ傷つけることは許さない。二度とおかしな真似ができないよう部屋から一歩も出さず――真綿でくるむように俺が守ろう」

 怒りが肌へと伝わってきて、愕然とした。
 ラスターとはそれなりに楽しく暮らしていたと思うし、信頼関係もあったと思う。しかし保護者だった自分が裏切ったことで……ラスターは、心に深い傷を負ってしまった。
 あの生意気で可愛いラスターが、こんな荒んだ言葉を吐くまでに。

 リディアの耳にラスターの言葉は「散髪すらも今後は自由にならないし、真綿で首を絞めるような生活を送らせてやる」という言葉に聞こえた。

 もしも罪を贖えとか、欺いたという言葉がなければ、ディアナが死んでしまったショックを未だに引きずってると思わなくもないけれど……こんなに怒って罪人扱いだ。違うだろう。

 絶句しているリディアからラスターが目を逸らした時、困ったような表情で話を聞いていたフランツが口を開いた。

「ええと……二人は、知り合いなの?」
「あ、えっと……」

 知り合いとも、知り合いじゃないとも言いにくい。
 リディアがラスターと知り合う機会はなかったけれど、前世の知り合いだなんて言ったらフランツやカールはリディアとラスターの頭の心配をするだろう。頭が温まりすぎているのではと、治癒をかけられかねない。

 しかし空気を読まないラスターが、妙にきっぱりとした口調で言った。

「彼女は十六年前に亡くなった俺の師匠だ」
「え、あー……それは……そうなんですか……」

 案の定フランツが何とも言えないような顔でラスターを見る。

「えーと……あの、まだちょっと話が飲み込めませんが、今の彼女は僕たちの家族なんです。意に沿わない結婚を認めることも、嫌がる彼女を無理に連れていくことも許すわけには……」
「……家族?」

 ラスターがまたひときわ目を澱ませてリディアを見る。いたたまれない気持ちになりながら、リディアは「捨て子の私を育ててくれたの」と言った。ラスターの瞳が一瞬揺れる。

「……そうか。だけど、俺は……」
「私はいいと思うよ」

 何とも言えない顔で口ごもるラスターに、突然おっとりとした声が響いた。
 突然の裏切りを見せたカールに、困惑した視線が集まる。いつも優しく穏やかな養い親は、場に不似合いな優しい笑みを浮かべていた。

「ラスター・フォン・ヴィルヘルム殿。私は捨てられていた赤子のリディアを、天からの預かりものだと思い大切に育ててきました」

 そう言って驚愕しているリディアに向かい柔らかい眼差しを向ける。

「これも精霊のお導きでしょう。リディアを、よろしくお願い致します」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?

狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?! 悪役令嬢だったらどうしよう〜!! ……あっ、ただのモブですか。 いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。 じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら 乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は、たった今をもって解消させてもらう!!』  国のこれからを背負う若者たちが学院を卒業することを祝って開かれた舞踏会の日、めでたい筈のその席に響いた第一皇子の声を聞いた瞬間、私の頭にこの場面と全く同じ“ゲーム”の場面が再生された。 これ、もしかしなくても前世でやり込んでた乙女ゲームの終盤最大の山場、“断罪イベント”って奴じゃないですか!?やり方間違ったら大惨事のやつ!!  しかし、私セレスティア・スチュアートは貧乏領地の伯爵令嬢。容姿も社交も慎ましく、趣味は手芸のみでゲームにも名前すら出てこないザ・モブ of the モブ!!  何でよりによってこのタイミングで記憶が戻ったのか謎だけど、とにかく主要キャラじゃなくてよかったぁ。……なんて安心して傍観者気取ってたら、ヒロインとメインヒーローからいきなり悪役令嬢がヒロインをいじめているのを知る目撃者としていきなり巻き込まれちゃった!? 更には、何でかメインヒーロー以外のイケメン達は悪役令嬢にぞっこんで私が彼等に睨まれる始末! しかも前世を思い出した反動で肝心の私の過去の記憶まで曖昧になっちゃって、どっちの言い分が正しいのか証言したくても出来なくなっちゃった! そんなわけで、私の記憶が戻り、ヒロイン達と悪役令嬢達とどちらが正しいのかハッキリするまで、私には逃げられないよう監視がつくことになったのですが……それでやって来たのが既に悪役令嬢に攻略され済みのイケメン騎士様でしかも私の初恋の相手って、神様……これモブに与える人生のキャパオーバーしてませんか?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら没落寸前だったので、お弁当屋さんになろうと思います。

皐月めい
恋愛
「婚約を破棄してほしい」 そう言われた瞬間、前世の記憶を思い出した私。 前世社畜だった私は伯爵令嬢に生まれ変わったラッキーガール……と思いきや。 父が亡くなり、母は倒れて、我が伯爵家にはとんでもない借金が残され、一年後には爵位も取り消し、七年婚約していた婚約者から婚約まで破棄された。最悪だよ。 使用人は解雇し、平民になる準備を始めようとしたのだけれど。 え、塊肉を切るところから料理が始まるとか正気ですか……? その上デリバリーとテイクアウトがない世界で生きていける自信がないんだけど……この国のズボラはどうしてるの……? あ、お弁当屋さんを作ればいいんだ! 能天気な転生令嬢が、自分の騎士とお弁当屋さんを立ち上げて幸せになるまでの話です。

え!?私が公爵令嬢なんですか!!(旧聖なる日のノック)

meimei
恋愛
どうやら私は隠し子みたい??どこかの貴族の落し胤なのかしら?という疑問と小さな頃から前世の記憶があったピュリニーネは…それでも逞しく成長中だったが聖なる日にお母様が儚くなり……家の扉をノックしたのは…… 異世界転生したピュリニーネは自身の人生が 聖なる日、クリスマスにまるっと激変したのだった…お母様こんなの聞いてないよ!!!! ☆これは、作者の妄想の世界であり、登場する人物、動物、食べ物は全てフィクションである。 誤字脱字はゆるく流して頂けるとありがたいです!登録、しおり、エール励みになります♡ クリスマスに描きたくなり☆

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

ざまぁ?………………いや、そんなつもりなかったんですけど…(あれ?おかしいな)

きんのたまご
恋愛
婚約破棄されました! でも真実の愛で結ばれたおふたりを応援しておりますので気持ちはとても清々しいです。 ……でも私がおふたりの事をよく思っていないと誤解されているようなのでおふたりがどれだけ愛し合っているかを私が皆様に教えて差し上げますわ! そして私がどれだけ喜んでいるのかを。

処理中です...