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プロローグ

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 晴れた日には、青空に浮かぶ結界の魔法陣がよく映える。

 結界内にいる魔物が人を襲わないように鎮静させるこの優秀すぎる結界は、十九年前にある天才大魔術師が作り上げたものだ。


 ――まさに、天才のお仕事だわ。


 小さな古い薬屋の中、ポーション作りの手を止めて窓の外に見える空を見上げたリディアは、その結界を見て満足げに頷いた。


「今日はいい天気だね。結界が綺麗だ」
「ああ。本当にディアナ様は、すごいものを遺してくださった」

 そんなリディアに、フランツがのんびりした口調で言い、彼の祖父であるカールが答える。

 この薬屋を営むカールとその孫のフランツは、リディアの雇い主であり家族だ。
 今世も孤児であった幼いリディアを拾い、十六になった今まで育ててくれている。
 そんな二人の言葉に、リディアはドヤッと胸を張った。

「本当にね。あんなに綺麗ですごいものを作るのだから、ディアナ様はさぞかし美しく気高い素敵な天才魔術師だったんでしょうね。もっと褒めたほうがよいと思うわ」
「でた。リディアのディアナ様フリーク」

 フランツが笑いながら、リディアの作ったポーションを手に取る。

「ん。綺麗に精霊の力が入ってる。相変わらずリディアの作るポーションは質がいい」
「純度が高いんだろうねえ。その気になれば、王都でも指折りの精霊士になれるだろうにこんなに寂れた薬屋で働かせるのはもったいないね」


 二人の言葉にふふん、とリディアが更に得意げに胸を反らしたその時。カラン、と店の扉が開いた。
 見慣れない客だった。着古したローブをフードまですっぽりと被っている。

「いらっしゃいませ」

 声をかけると、その男は一瞬動きを止める。
 そして片手でフードをぐいっと脱ぐと、黒髪がはらりとこぼれた。

 この小さく古ぼけた薬屋には似つかわしくない、美しい男だった。

 意志が強そうな形の良い眉。その下の冷ややかな切れ長の瞳が、まっすぐにリディアを強く見据えている。
 怒っているような、驚いているような、鋭い眼差しで。

 その顔を見てリディアはあんぐりと口を開けた。

 まさか。昨日見かけた、彼の筈がない。
 しかしその瞳には――見覚えがある。

 青、水色、瑠璃、群青、紺。明度の異なる様々な色が混在する瞳は、強い魔力を宿す証だ。五色が混在する瞳を持つ者は、かつての自分以外には一人しか知らない。

 水中から眺める水面のようにキラキラと揺らめくその瞳を、今も昔もリディアはこの世で一番綺麗な色だと思っている。

「ラスター……?」

 咄嗟に口からこぼれた名前に、横にいたフランツやカールが目を見開く。

「ラ、ラスター・フォン・ヴィルヘルム? 本物!?」


「……やっと。やっと見つけた、ディア」

 彼らの動揺は意に介さず、男はリディアから目を離さずにそう言った。その彼から目を逸らし、リディアは慌てて悪あがきをする。

「どっ、……、どなたかとお間違えでは? 私はご覧の通り普通の可愛らしい薬師で、ディアという名前では……」
「……俺がディアを間違えるものか」

 瞳はちっとも笑わないまま唇にだけ笑みを浮かべた男は、リディアの方へと歩みを進める。

「ディアは嘘を吐く時、必ず右上に目を逸らす。……転生しても癖は変わらないようだな。ディアナ・フィオリアル。俺の師匠」

 そう言ってリディアの目の前に立ったラスターが、グイと手首を掴んだ。

「――やっと、やっと見つけた」

 苦しげな表情で吐き捨てるように言う。

「もう、絶対に離さない。俺を欺いた罪を、その身で贖ってもらう」


 ああ、終わった。
 感傷に浸って、昨日パレードを見に行くのではなかった。

 獰猛な青の瞳に見据えられて、リディアは自身の行いを――前世の行動も含めて――、激しく後悔した。



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