女王陛下と生贄の騎士

皐月めい

文字の大きさ
上 下
6 / 11

わんこのように無邪気なこども

しおりを挟む
 

 遮光性の高い分厚いカーテンを開くと、初夏の真っ白な強い光が降り注ぐ。夏の日差しだ。
 起き上がってはいるものの、ベッドの上で半分眠っているようなジョルジュは日差しを浴びてぼんやりしている。

「なんか頭が混乱するほど爽やかな朝ですね……」

 それは俺のセリフだな、と思いながら、ジークフリートはジョルジュを見た。

 ジョルジュのベッドには彼が持ってきたニンニクや十字架が彼を囲むように飾られている。
 何かの儀式の生贄のようなその光景と、初夏の朝日とのコントラストはなかなか直視し辛いものがあった。

「出る前に片付けるんだ」
「もちろん、肌身離さず持ち歩きますよ」

 何故か誇らしげに胸を張るジョルジュを、ジークフリートは何とも言えない気持ちで見つめた。


 ◇


 ジークフリート達が軽い朝食を終え、馬車に乗るために外へ向かうと既に玄関ホールには女王が待っていた。
 彼らを見て目を輝かせた彼女の頰が、上気している。今日を楽しみにしてくれているのだろう。

「おはようございます!よく眠れましたか?」

 日差しよりもまぶしいではないか……。
 心を打たれて何も言えず、頷くだけのジークフリートを、横のジョルジュが何とも言えない顔で見ていた。

「陛下、日に焼けてはなりませんよ。日差しはお肌の大敵です。アダム、必ず日傘を。なるべく日陰を通るように」

 執事のムクルスが、しつこいくらいに女王とアダムに声をかける。女性は白肌を守るために、並々ならぬ苦労をするものだと以前母から聞いたことがあるが、それはこのヴラドでも一緒なのだろう。女性はかくも大変なものか。

 彼女は首から手首までを覆い隠すようなデザインのドレスを着ていて、手袋まで身につけていた。見た目は涼しげなブルーだが、暑くはないのだろうかと心配になる。
 しかし確かに、守らねばと使命感に駆られるのも無理はないほど、彼女の肌は淡く輝く真珠のように綺麗だった。

「やっぱり日を浴びると……」

 小声で何かを言いかけたジョルジュを、ジークフリートはぎろりと睨みつけた。


 ◇

「あれが農地です。横には牧地があって、羊や牛を飼っています」

 馬車を止めて降りると、吹き抜ける風が心地よかった。小高い丘に広がる緑の牧地に、広がる青い空が爽快で、さらに牧地の果てには海が見える。水平線の奥、大陸であろう影がぼんやりと見えた。

「近づけばもう少しよく見えますわ。でもまずはぜひ、農地と牧地をご覧頂けますか」

 城内にいる時よりもややはしゃいだ様子の女王が歩き出す。アダムが後ろから、日差しの一筋も当てはしないと言うように、日傘をしっかりと差してついて歩いた。
 広い農地だが、少し歩くと作物の管理に精を出す農民が見えた。長い銀色の髪を一つに結んだ体躯の良い男性が、しゃがんで作物の様子を見ている。

「あそこにいる男性は、この農地を管理するルガルといいます。ウォルフ……城の料理長の兄です」

 女王がそう説明していると、こちらに気づいたルガルと呼ばれた男が、一瞬ぽかんとした後にすごい速さで駆け寄ってきた。

「へ、陛下!こんなところに!事前に仰って頂ければ日陰やもてなしを用意しましたのに……!」
「前触れもなく押しかけてごめんなさいね。でも、ルガルがいつも通り頑張っているところが見たかったの」

 女王がそう言うと、ルガルという男は「確かに事前に知らせて頂くと……緊張してしまいますねえ」とゆるく笑った。歳は三十代半ばだろうが、口元から覗く八重歯が彼をやや愛嬌のある顔立ちに見せている。

「ジークフリート殿下、ジョルジュ様。先ほども申し上げましたが、彼はルガルといってこの農地を管理しています。王城の食材はほぼ、ここで作ったものなのです」
「そうですか。今朝も頂きましたが、全て美味しく頂きました。私はアビニアから参った、ジークフリートと申します。こちらは供のジョルジュ」

 ジークフリートが挨拶をすると、ルガルは恐縮して何度も頭を下げた。

「私なんかに勿体ないお言葉で……野菜と動物以外に何もありませんけど、景色は良いのでぜひ見てくだ……おっと」
「じょおうへいかー!!」

 幼い子どもの声に振り向けば、ふわふわの銀髪を揺らして駆け寄る三、四歳くらいの子どもが二人見えた。男女の双子の兄妹だろうか。背丈も顔立ちもそっくりで、二人とも父譲りだろう八重歯が見える。瞳をキラキラと輝かせた子供たちは、飛び跳ねるように女王の前に並んだ。
 子供の名前は、女の子がウルヴィ、男の子がヘジン、とそれぞれ言うらしい。

「おひさしぶりです!へいか!」
「あそびにきてくれたんですか!?」

「いいえ、今日はお友達を連れてきたのよ!この素敵な場所を見てほしくって」

 女王がそう言うと、子供たちは驚いたようにジークフリートとジョルジュを見る。警戒するように彼らを見た後、ジークフリートのマントを見て子供たちの顔がパッと輝いた。

「……きしさまだ!」
「すごい!ほんものだ!」
「お前たち、失礼だよ。子供はあっちでお母さんの手伝いをしてきなさい」

 ルガルが嗜めるが、子供たちの耳には全く入っていないようだ。すごいすごい、と大興奮して、ジークフリートやジョルジュの周りをぐるぐると回っている。

「すみません、本当に……。ヴラドの者にとって、騎士は憧れなものですから」
「そうなのですか?」

 少々驚いて尋ねると、「島の者はみーんな騎士の物語を聞いて育ってますよ」とルガルはふんわりと微笑んだ。

 どんな物語かを聞こうと口を開きかけた時、興奮した子供達が、ジョルジュの手を引っ張り「乳搾りをしましょうよ!」と口々に誘った。
 女王がそれは良いわね、と同意すると、意外と子供の世話に慣れているジョルジュは両手に二人を抱っこして、牛舎に向かって走り出す。

 清潔に整えられた牛舎内では、牛がのんびりと草を食んでいる。
 女王にあわせてゆっくり進んだジークフリート達が牛舎の前についた頃には、ルガルや子供達やジョルジュがはしゃぎながら乳搾りを始めていた。

「アダム、あなたも行ってきなさいな。好きでしょう?」

 牛舎内に入らず入り口の外で待つ女王がアダムに声をかける。彼は表情を変えずに首を振った。

「いえ。私は傘をお持ちします」
「良いから行ってきなさいな。日傘は私が……いえ、殿下、持ってくださいますか?」

 女王の微笑みに「もちろんです」と、かろうじて動揺せずに答えることができた。
 睨みつけるようなアダムの視線に心配を和らげようと、「日差しは決して当てませんよ」と言うと、なぜか彼の眉間の皺はますます濃くなった。

「アダム、牛舎はすぐそこよ。私は動かないから、是非牛舎から私のことを見ていてちょうだい。あなたにも楽しんでもらいたいし、殿下からアビニアのお話も聞きたいの」

 女王がそこまで言うと、ようやく彼は渋々と頷いた。
 一瞬睨みつけるような視線をジークフリートに向け、牛舎の中に入って行った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...