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二人暮らしが始まって
しおりを挟む魔術師に借りを作るのは嫌だったけれど、この汚いところで永遠を生きるのは何があっても無理だった。かといって王宮も同じくらい嫌だった。
魔術師の手を取り、牢を出た。行きたいところは無かったから、適当で良いと答えた。
「それでは世界の果てへでも行きましょうか」
そう冗談めかして彼が魔術で飛んだのは、海に囲まれた小さな島。なんにもないけど海はある、そんな感じの島だった。
「城でも要塞でもツリーハウスでも、お望みの家を作りますよ」
彼はそう言ったけれど、お尋ね者に目立つ住まいは必要ない。ツリーハウスは少し気になるが、あれは秘密基地だから良いのであって、居住には多分向かないのではなかろうか。
一人で住むには充分すぎる、小さな家を建ててもらった。
「良い家ですね」
「そうね。色々助けてくれてありがとう。後はもう一人で大丈夫よ」
「……一人?」
「ええ。あなたは王都に帰るでしょう?」
「……?ここに一緒におりますが?」
きょとん、と魔術師が目を丸くした。何を言っているんだ?と言いたげな顔だった。こっち側の表情だなそれは。
「一緒って、いつまで」
慄くと、彼はちょっと笑った。
「もちろん、あなたが亡くなるまで。それより私のことは、魔術師ではなくマーリンとお呼びください」
◇
聞いてみればマーリンは、私に魔術をかけた後すぐに自分にも魔術をかけたらしい。
きっと私を実験体にして、安全性を確かめたのだろう。しっかり者だ。腹立たしい。
「マーリンの願いは何なの?私のように到底叶いそうもない願いなの?」
「難しいですね。しかし時間はかかりそうですが、希望は見えてきました」
それ以上はいくら聞いても教えてくれなかった。海亀の産卵を見たいとか、そういう事だろうか。
「だからあなたのお側にいつもいられますよ」
そう言ってマーリンは笑うけれども、希望が見えたというのなら、彼はきっと私より先に死ぬのだろう。
◇
島生活に慣れてきて、暇を持て余し始めた頃から小さな畑を作ることにした。
「いつかジゼルの願いが叶ったとき、お腹が空いて困らないようにしておきましょう」
「無いだろうけど、マーリンの願いが叶うかもしれないしね」
「ええ。同時にお腹が空いてくるかもしれませんからね」
そう言って、とうの昔に忘れたはずの作物の育て方を、噛み締めるように思い出すのは楽しい気もした。
マーリンとの生活は思ったよりも楽しかった。
海で遊ぶのは初めてで。波に足を浸せば足の裏を流れる砂の感触は心地よかった。
さわさわと風に揺れる葉を見るときや、収穫した芋の可愛さを一緒に見るのはわくわくしたし、結局食べることはできずに土に返した悲しさも、二人で一緒に味わった。
かつて自慢だった長い髪は、邪魔になって顎のラインで切り落とした。マーリンは眩しそうに目を細めて、「ジゼルって感じがしますね」と微笑んだ。彼は私をジゼルと呼ぶけど、変な拘りで敬語は崩さない。
夜は星空を眺めて、海の音を聞いて、下手くそな絵を砂浜に書き、故郷の歌を歌ったりした。故郷に伝わる言い伝えの話もした。
誤解で別れた恋人が、死んでしまった。けれども恋人は生まれ変わって、年上になってしまった主人公とまた新しく恋を始める。
まだ私たちのことを覚えてる人がいるかもしれないけど、百年経ったら世界を旅してみようかとも話した。
多分きっと、楽しいと思う。
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