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第3話 棒ほど願って、よじれて叶う その2
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鳥の囀りで意識が浮かび上がってくると、頭に流れ込んでくる情報量が一気に増大する。
出勤のサラリーマン、ごみ捨てに出た近所の主婦の立ち話、その中で聞き馴染みのある足音を耳が捉える。
その直後にインターホンが鳴り、めでたく自分史上“最悪の日々”が幕を開けたのだった。
「あら、もう起きていたの? 関心ね」
「ご存じの通り、高校生活は朝早いんだ」
躊躇なく部屋に押し入ってきた女性が、冷めた目つきでクールな言葉を投げてきた。
決して不機嫌というわけではなく、彼女はこれがデフォルトだ。
「しかし、“豪徳寺のお姫様”が直々にお迎えとは思わなかったけど?」
「ちょうど手掛けていた仕事が片付いてタイミングが良かっただけよ」
彼女の名前は豪徳寺 紫乃華。
豪徳寺キヨ、もとい鬼ババアの孫で、次代頭首を期待される高貴なお姫様だ。
1年ぶりくらいに見た彼女は、日輪を吸い込んだような銀髪のセミロングに人形のような整った顔立ち、視線の先に花でも咲かせそうな華やかな長いまつげ。
(先祖のどこかで北欧系の血が混じていると聞いた気がする)
抜群の美人ぶりで、しかし、あいにくと普通の男性が独り暮らしをする1Kではかなり異彩を放っていた。
そんな中、桔梗の花飾りに目が留まる。
「それ、昔からずっと着けているよね?」
「そっ、そうね。腕時計や眼鏡みたいなもので、他のだと落ち着かないの。……本当よ?」
なぜか念を押されておっおうと答えると会話が途切れた。
「準備が済んでいるなら行きましょうか?」
「そうだね」
二人連れだって目的地の屋敷に向かうのだった。
*
「車じゃなくて徒歩なのかい?」
「ええ、たまには良いでしょ? 懐かしい……一時は一緒に登校したりもしてたわよね」
そうなのだ。
この子は自分が豪徳寺家に引き取られてから一緒に育ってきた“幼馴染”なのである。
「君が高校に通った3年間だけね。そっちは最近どうなの?」
「どうもなにも仕事尽くしよ」
北欧美人のクールな目つきが一層キツくなり、見るものを射殺すような殺気を放ちながら言葉を続ける。
「みんな御婆様の後を継がれるのだからって、なんでも仕事を持ってくるの。しまいには『お嬢様も30半ば……こちらお見合いの候補者リスト~』なんて、勝手に縁談も押し付けてくるのよ? 私に結婚して欲しかったら頭首代理の仕事を減らして、余暇を寄越しなさいよっての!」
相当鬱憤が溜まっているのだろう。
そして、わざわざ徒歩を選択した理由が察せられた。
ようは身近で事情に通じているが、忖度はしなくてよい相手に愚痴りたかったのだろう。
紫乃華嬢の話に相槌を打ちながら道を進む。
「はー、すこしスッキリしたわ。ありがとうね」
そう言って険のとれた眉間をこちらに向けて、破壊力抜群の笑顔で薄く微笑んだ。
駆け足をしそうになる心臓をたしなめ「どういたしまして」とだけ答えた。
その後はただの幼馴染に戻った取り留めのない会話が続く。
「あ、この空き地覚えてるわよ。貴方が『あの有名な火遁の術を覚えたんだ!』なんて得意げに披露して、自分のマフラーに燃え移ってキャンプファイヤーみたいになった場所よね?」
「よく覚えてるな……」
昔の話はどうにもばつが悪く、先ほどから表情筋が固まりっぱなしだった。
しかし思い返せば、あの人形のようだった自分が人間性をある程度備え、学校に溶け込むなんて仕事が果たせているのも、子供のころから彼女が接し続けてくれたからに他ならない。
でなければ、自分はただ漫然と日々を修行で埋め尽くし、大人の形をした人形と化していただろう。
そう考えると、この思い出話も好きに続けさせてあげるべきか……と口を挟むのを止めたのだった。
「あの無反応な男の子が、今はこんなに。ねぇ~」
後ろ手にポーズを決めた紫乃華嬢が振り返り、ニヤニヤとした無遠慮な目線が突き刺さり、顔に血が集まっていくのが分かる。
「そういえば、紫乃華は要件を聞いてたりする?」
これ以上は忍者の沽券に関わると、嫌な流れを断ち切るべくすこし強引に話題を変えた。
それはそれとして、彼女が来訪したときからずっと気になってはいたのだ。
元々報告に行く旨は伝えてあったにも関わらず、わざわざ人を寄越してくる。
人選が紫乃華嬢なのは偶然なようだが、何か作為めいたものを感じていた。
「それが、私も聞いていないのよ。ただし、しっかり連れてくるようにと念は押されたけど」
彼女も自分と同様の情報しかもっていないようで首をかしげている。
ついに要件のわからないまま、豪徳寺家の住まう屋敷に到着したのだった。
*
そして時間は今に戻ってくる。
どデカい屋敷に鎮座する頭首の間。
側に控える重鎮や紫乃華嬢も驚きに目を見開いているようだった。
「どうしたんだい?聞こえなかったならもう一度言うよ!!あんたはクビだ」
「いやっ、待ってください! いきなりそんな……第一何故ですか!?」
「あんたは指名にもかかわらず、女生徒二人を危険にさらした。それが失態でないとでも?」
「それは、そうですが……ッ!」
たしかに、自分でも心の内で失態だと断じた以上、事実として否定できようもない。
しかし、こちらにも事情はあったし、あまりに一方的な話に徐々に憤りが鎌首をもたげ始めた。
「話は以上だよ。長年の奉公に免じて、再就職先に圧をかけるなんて真似はしないでおいてあげるよ。感謝しな」
そう言って部下に指示を出し、両サイドから腕をガッチリと固められた俺は正門から放り出されたのだった。
門が閉まる寸前、もう一つの爆弾が投げ込まれる。
「それと、これ以降は紫乃華との接触は禁止だよ。この子も大事な時期だからね」
門が閉まったと同時に、この世に存在するすべてから縁を立たれたような気持ちになった。
頭が現実に追いつかず、かなりの時間俺はそので呆然と立っているしかできなかった。
「ある意味……転職成功か……?」
絞り出すようにやっと出た言葉は、誰からも「いや無職は職じゃないよ」というツッコミも受けることなく、ただその場に木霊すだけだった。
出勤のサラリーマン、ごみ捨てに出た近所の主婦の立ち話、その中で聞き馴染みのある足音を耳が捉える。
その直後にインターホンが鳴り、めでたく自分史上“最悪の日々”が幕を開けたのだった。
「あら、もう起きていたの? 関心ね」
「ご存じの通り、高校生活は朝早いんだ」
躊躇なく部屋に押し入ってきた女性が、冷めた目つきでクールな言葉を投げてきた。
決して不機嫌というわけではなく、彼女はこれがデフォルトだ。
「しかし、“豪徳寺のお姫様”が直々にお迎えとは思わなかったけど?」
「ちょうど手掛けていた仕事が片付いてタイミングが良かっただけよ」
彼女の名前は豪徳寺 紫乃華。
豪徳寺キヨ、もとい鬼ババアの孫で、次代頭首を期待される高貴なお姫様だ。
1年ぶりくらいに見た彼女は、日輪を吸い込んだような銀髪のセミロングに人形のような整った顔立ち、視線の先に花でも咲かせそうな華やかな長いまつげ。
(先祖のどこかで北欧系の血が混じていると聞いた気がする)
抜群の美人ぶりで、しかし、あいにくと普通の男性が独り暮らしをする1Kではかなり異彩を放っていた。
そんな中、桔梗の花飾りに目が留まる。
「それ、昔からずっと着けているよね?」
「そっ、そうね。腕時計や眼鏡みたいなもので、他のだと落ち着かないの。……本当よ?」
なぜか念を押されておっおうと答えると会話が途切れた。
「準備が済んでいるなら行きましょうか?」
「そうだね」
二人連れだって目的地の屋敷に向かうのだった。
*
「車じゃなくて徒歩なのかい?」
「ええ、たまには良いでしょ? 懐かしい……一時は一緒に登校したりもしてたわよね」
そうなのだ。
この子は自分が豪徳寺家に引き取られてから一緒に育ってきた“幼馴染”なのである。
「君が高校に通った3年間だけね。そっちは最近どうなの?」
「どうもなにも仕事尽くしよ」
北欧美人のクールな目つきが一層キツくなり、見るものを射殺すような殺気を放ちながら言葉を続ける。
「みんな御婆様の後を継がれるのだからって、なんでも仕事を持ってくるの。しまいには『お嬢様も30半ば……こちらお見合いの候補者リスト~』なんて、勝手に縁談も押し付けてくるのよ? 私に結婚して欲しかったら頭首代理の仕事を減らして、余暇を寄越しなさいよっての!」
相当鬱憤が溜まっているのだろう。
そして、わざわざ徒歩を選択した理由が察せられた。
ようは身近で事情に通じているが、忖度はしなくてよい相手に愚痴りたかったのだろう。
紫乃華嬢の話に相槌を打ちながら道を進む。
「はー、すこしスッキリしたわ。ありがとうね」
そう言って険のとれた眉間をこちらに向けて、破壊力抜群の笑顔で薄く微笑んだ。
駆け足をしそうになる心臓をたしなめ「どういたしまして」とだけ答えた。
その後はただの幼馴染に戻った取り留めのない会話が続く。
「あ、この空き地覚えてるわよ。貴方が『あの有名な火遁の術を覚えたんだ!』なんて得意げに披露して、自分のマフラーに燃え移ってキャンプファイヤーみたいになった場所よね?」
「よく覚えてるな……」
昔の話はどうにもばつが悪く、先ほどから表情筋が固まりっぱなしだった。
しかし思い返せば、あの人形のようだった自分が人間性をある程度備え、学校に溶け込むなんて仕事が果たせているのも、子供のころから彼女が接し続けてくれたからに他ならない。
でなければ、自分はただ漫然と日々を修行で埋め尽くし、大人の形をした人形と化していただろう。
そう考えると、この思い出話も好きに続けさせてあげるべきか……と口を挟むのを止めたのだった。
「あの無反応な男の子が、今はこんなに。ねぇ~」
後ろ手にポーズを決めた紫乃華嬢が振り返り、ニヤニヤとした無遠慮な目線が突き刺さり、顔に血が集まっていくのが分かる。
「そういえば、紫乃華は要件を聞いてたりする?」
これ以上は忍者の沽券に関わると、嫌な流れを断ち切るべくすこし強引に話題を変えた。
それはそれとして、彼女が来訪したときからずっと気になってはいたのだ。
元々報告に行く旨は伝えてあったにも関わらず、わざわざ人を寄越してくる。
人選が紫乃華嬢なのは偶然なようだが、何か作為めいたものを感じていた。
「それが、私も聞いていないのよ。ただし、しっかり連れてくるようにと念は押されたけど」
彼女も自分と同様の情報しかもっていないようで首をかしげている。
ついに要件のわからないまま、豪徳寺家の住まう屋敷に到着したのだった。
*
そして時間は今に戻ってくる。
どデカい屋敷に鎮座する頭首の間。
側に控える重鎮や紫乃華嬢も驚きに目を見開いているようだった。
「どうしたんだい?聞こえなかったならもう一度言うよ!!あんたはクビだ」
「いやっ、待ってください! いきなりそんな……第一何故ですか!?」
「あんたは指名にもかかわらず、女生徒二人を危険にさらした。それが失態でないとでも?」
「それは、そうですが……ッ!」
たしかに、自分でも心の内で失態だと断じた以上、事実として否定できようもない。
しかし、こちらにも事情はあったし、あまりに一方的な話に徐々に憤りが鎌首をもたげ始めた。
「話は以上だよ。長年の奉公に免じて、再就職先に圧をかけるなんて真似はしないでおいてあげるよ。感謝しな」
そう言って部下に指示を出し、両サイドから腕をガッチリと固められた俺は正門から放り出されたのだった。
門が閉まる寸前、もう一つの爆弾が投げ込まれる。
「それと、これ以降は紫乃華との接触は禁止だよ。この子も大事な時期だからね」
門が閉まったと同時に、この世に存在するすべてから縁を立たれたような気持ちになった。
頭が現実に追いつかず、かなりの時間俺はそので呆然と立っているしかできなかった。
「ある意味……転職成功か……?」
絞り出すようにやっと出た言葉は、誰からも「いや無職は職じゃないよ」というツッコミも受けることなく、ただその場に木霊すだけだった。
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