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第2話 因果はめぐる糸車 その1
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「え゛ぇ~ん!!が~えしでぇ~」
幼稚園児くらいの女の子が辺りに響く泣き声を上げている。
「やーい、取り返して見えろよ」
女の子の前に立つのは同い年くらいの男子で、その腕の中にはクマのぬいぐるみが抱えられていた。
ニヤニヤと女児を見下す男子の頭が、上からの衝撃で頭ひとつ分下降する。
「いってー!!」
「ダサい真似しちゃダメだよ」
男子の頭に拳骨をお見舞いしたのは、高校生くらいの青年。
しゅるりとぬいぐるみを男子から奪取した青年が、少女の前で屈みこむ。
「はいこれ。ついでに、これも上げるから元気出して?」
そう言ってぬいぐるみの首にお守りを掛けて少女へと手渡す。
「い゛い゛の?」
そのお守りはどこか薄い光を放っているように見えた。
泣きはらした鼻声からいまだ復帰していない女の子が躊躇いがちに聞き返す。
「いいよ。それにそのお守りはご利益があるんだ。きっと嫌なことを遠ざけてくれるよ」
青年は少女の頭を撫でて去って行く。
「離せよ!おいっ!」
男子の首根っこを引っ掴んだまま。
*
ガクッと手から首がずり落ち目を覚ます。
そこはいつもの教室の特等席。
何か夢を見ていた気がするが、内容は思い出せない。
黒板の前では世界史教師が人を睡眠に誘う魔術を唱えていた。
こういう時だけは特殊な身の上に感謝したい気持ちになる。
なぜなら、認識阻害の術が効いているおかげで「おい陰柄ぁ!」と教科書を読み上げさせられることがないからだ。
いや……学生生活で寿限無寿限無を強いられている時点で特大不幸かもしれない。
気分が一転、腹が立ってくる。
チャイムが鳴り、詠唱を遮られた世界史教師が連絡事項言い残し退出していく。
残すは帰りのホームルームだけとなり、教室内が一気に活気で溢れ返る。
「それで、振り返ると血塗れの男が立っているんだってー」「うっそだぁ」「マジ?」
聞き耳を立てていると、どうやらひとつの噂話が流行っているらしい。
要約すると
・最近学校に幽霊が出る
・幽霊は片腕と片目の無い血塗れの男性
・どこかに連れて行こうとする
とのことだった。
まぁ、何度も学生生活を繰り返している身からすると、正直「またかー」といった感想だ。
なんでか一定周期で来るんだよな。こういう怪談系。
それより現実的な頭の痛い問題が別にある。
それは別クラスの“金城 誇希”だ。
家は父親がベンチャービジネスで一山当てた新興のお金持ち。
もともと良い噂は聞かなかったが、最近は輪をかけて増長してきていると囁かれていた。
お坊ちゃんが大人になりかけの高校生で増長するのはよくある話だが、度合いによっては洒落にならなかったりもする。
少し調べてみるかと席を立つと、腰がバキバキと悲鳴を上げる。
肉体の性能は落ちていないが、なんてことない日常の端々に加齢を感じることに落ち込みつつ捜査に向かったのだった。
仕事終わったらスパ銭でゆっくりほぐそう。絶対に。
*
「言葉《ことは》、帰ろー。今日は風紀委員は?」
中学の頃からの友人、脇峰 優子が帰り支度を済ませて声をかけてきた。
わたし、真柴 言葉は風紀委員長を務める立場にあったが、委員会がなければ普通の女子高生だ。
「うん、今日は無いから大丈夫。優子バイトは?」
「ウチも大丈夫!」
二人で連れ立って教室を後にする。
「言葉ずっとそのお守りつけてるよね?」
私のスクールバッグをじっと見つめながら優子が呟いた。
「そうね。幼稚園の頃に貰ったのだから……15年もの?」
「わぁ、ビンテージってやつだ! でも流石にちょいボロじゃない?」
「そうかも……」
優子の指摘通り、お守りは所々ほつれたりと、くたびれっぷりを隠せないくらいになっていた。
しかし、私にこれを外すつもりはなかった。
お守りのお蔭かはわからないが、危ない目で何度か助かったりしたのだ。
昔は微かに光っていたような気もするのだが……なにぶん子供の頃の記憶なので勘違いかもしれない。
これをくれたお兄さんはどうしているんだろうか?
「あ! バイト先寄っていい? ちょい忘れ物思い出しちゃって」
お守りへの関心などとうに無くしていた優子がこの後のことに話を向ける。
「いいよ。じゃあ駅前寄ってこうか?」
だべれる場所を求めて下駄箱から靴を取り出した。
*
ファーストフード店の前、優子を待ちながら人の群れをぼーっと眺める。
昨晩充電を忘れて寝てしまった失態が悔やまれる。
スマートフォンは腹ペコでストライキを起こし、物言わぬ板切れに成り下がっていた。
早く充電したい。どこのお店でだべろうか。などなど、煩悩に頭が包まれていた時、気になるものを目の端に捉えた。
「金城 誇希?」
風紀委員長としては宿敵の名前を小さく口ずさむ。
同じ地元なのだからここらで見かけること自体に違和感はない。
しかし、その周りが問題だ。
沢山のピアスで太陽を反射させながら歩いているロン毛の男性を筆頭に、数人の大人と一緒に歩いているのだ。
いくら着崩していようと、成人男性グループの中に学生服の人間がいるのはいささか不自然さを放っていた。
金城たちは何かを離しながら裏路地へと姿を消していった。
正直、金城とはあまり関わり合いになりたくない。
よくない噂はいろいろな方面から耳に届いていたし、実際本人と話した時の印象もよくなかった。
しかし、ここで何事もなくスルー出来るようなら性格なら、私は風紀委員長までになっている筈がない。
スマホの充電がなく優子に連絡が入れられないが、この機を逃したら何か取り返しのつかないことになりそうな気がして、彼らが消えていった裏路地に急いで足を向けた。
しかし、本当はこの時優子を待つか、別の手段をとるべきだったのだ。
致命的な選択ミスを犯したことを、後になって悔いることになるとは想像もしなかった。
*
人通りが途絶えた裏路地は、大通りと比べて気温が低いような気さえした。
太陽が遮られ主役交代だとばかりに影が差した暗がりは、えも言えない不安を掻き立ててくる。
少し進むと曲がり角の先から怒気を孕んだ声が聞こえてくる。
物陰に身を潜め、声の発生源に目を向ける。
「これが約束の分だ。もう二度と連絡してこないでくれ!」
「へっ、ありがとうよ」
封筒を受け取ったロン毛の男性が、中から取り出したお札を指で弾く。
満足な金額だったのかニヤリと表情を歪めて金城の方に向き直って言葉を続けた。
「……だけど、そりゃそっちの都合だろう?」
「なんだと!?」
「俺らがしゃべったらお前も道連れだぜ?」
「ぐっ……」
背景はわからないが、何かを理由にお金を無心させられている?
「また足りなくなったら連絡するぜ~」
そう言って男たちは去って行った。
ポツンとその場に残された金城は呆然と立ち尽くしていた。
なんと声を掛けるべきか?そもそもここで身を晒すべきか?
迷っているうちに周囲の違和感に気がつく。
暗がりが深くなり、先程まで見えていたはずの道の先が見通せなくなっている。
「わあぁぁあ!!!」
悲鳴が後ろから響き渡り、慌てて首を向けると、あまりに現実離れした光景に思わず息をのんだ。
――――そこには、血塗れで片腕と片目の無い男性が立っていた。
「なんで!?なんでお前が!!?」
その男性に覚えがあるのか、異常な取り乱し様で金城が叫ぶ。
「兄貴を直接殺ったのはスラッグたちだ!俺はやってない!痛い目にあわせろと指示しただけだ!!」
「……ッ!?」
衝撃的な内容に身体がビクリと反応し、近くの金属でできたペール缶にぶつかってしまう。
「誰かいるのか!!」
血塗れの男性と金城の顔が一斉にこちらを向く。
ギリギリのタイミングで私は走り出していた。
視界の悪さを無視し、恐怖に突き動かされた私の身体は何度も毛躓きながらも必死に前進を続ける。
気が付くともとの大通りにまで戻ってきていた。
あの後金城はどうなったのだろうか?
言っていた内容は本当だったのだろうか?
ロン毛の男性たちとはどんな関係なのだろうか?
様々な疑念が頭を埋め尽くす。
しかし、どれも普通の女子高生がとても踏み混んではいけない領域だとハッキリわかる。
私は取り返しのつかない底なし沼に身を浸してしまったような気持ちで、身体を震わせながら家に帰ったのだった。
幼稚園児くらいの女の子が辺りに響く泣き声を上げている。
「やーい、取り返して見えろよ」
女の子の前に立つのは同い年くらいの男子で、その腕の中にはクマのぬいぐるみが抱えられていた。
ニヤニヤと女児を見下す男子の頭が、上からの衝撃で頭ひとつ分下降する。
「いってー!!」
「ダサい真似しちゃダメだよ」
男子の頭に拳骨をお見舞いしたのは、高校生くらいの青年。
しゅるりとぬいぐるみを男子から奪取した青年が、少女の前で屈みこむ。
「はいこれ。ついでに、これも上げるから元気出して?」
そう言ってぬいぐるみの首にお守りを掛けて少女へと手渡す。
「い゛い゛の?」
そのお守りはどこか薄い光を放っているように見えた。
泣きはらした鼻声からいまだ復帰していない女の子が躊躇いがちに聞き返す。
「いいよ。それにそのお守りはご利益があるんだ。きっと嫌なことを遠ざけてくれるよ」
青年は少女の頭を撫でて去って行く。
「離せよ!おいっ!」
男子の首根っこを引っ掴んだまま。
*
ガクッと手から首がずり落ち目を覚ます。
そこはいつもの教室の特等席。
何か夢を見ていた気がするが、内容は思い出せない。
黒板の前では世界史教師が人を睡眠に誘う魔術を唱えていた。
こういう時だけは特殊な身の上に感謝したい気持ちになる。
なぜなら、認識阻害の術が効いているおかげで「おい陰柄ぁ!」と教科書を読み上げさせられることがないからだ。
いや……学生生活で寿限無寿限無を強いられている時点で特大不幸かもしれない。
気分が一転、腹が立ってくる。
チャイムが鳴り、詠唱を遮られた世界史教師が連絡事項言い残し退出していく。
残すは帰りのホームルームだけとなり、教室内が一気に活気で溢れ返る。
「それで、振り返ると血塗れの男が立っているんだってー」「うっそだぁ」「マジ?」
聞き耳を立てていると、どうやらひとつの噂話が流行っているらしい。
要約すると
・最近学校に幽霊が出る
・幽霊は片腕と片目の無い血塗れの男性
・どこかに連れて行こうとする
とのことだった。
まぁ、何度も学生生活を繰り返している身からすると、正直「またかー」といった感想だ。
なんでか一定周期で来るんだよな。こういう怪談系。
それより現実的な頭の痛い問題が別にある。
それは別クラスの“金城 誇希”だ。
家は父親がベンチャービジネスで一山当てた新興のお金持ち。
もともと良い噂は聞かなかったが、最近は輪をかけて増長してきていると囁かれていた。
お坊ちゃんが大人になりかけの高校生で増長するのはよくある話だが、度合いによっては洒落にならなかったりもする。
少し調べてみるかと席を立つと、腰がバキバキと悲鳴を上げる。
肉体の性能は落ちていないが、なんてことない日常の端々に加齢を感じることに落ち込みつつ捜査に向かったのだった。
仕事終わったらスパ銭でゆっくりほぐそう。絶対に。
*
「言葉《ことは》、帰ろー。今日は風紀委員は?」
中学の頃からの友人、脇峰 優子が帰り支度を済ませて声をかけてきた。
わたし、真柴 言葉は風紀委員長を務める立場にあったが、委員会がなければ普通の女子高生だ。
「うん、今日は無いから大丈夫。優子バイトは?」
「ウチも大丈夫!」
二人で連れ立って教室を後にする。
「言葉ずっとそのお守りつけてるよね?」
私のスクールバッグをじっと見つめながら優子が呟いた。
「そうね。幼稚園の頃に貰ったのだから……15年もの?」
「わぁ、ビンテージってやつだ! でも流石にちょいボロじゃない?」
「そうかも……」
優子の指摘通り、お守りは所々ほつれたりと、くたびれっぷりを隠せないくらいになっていた。
しかし、私にこれを外すつもりはなかった。
お守りのお蔭かはわからないが、危ない目で何度か助かったりしたのだ。
昔は微かに光っていたような気もするのだが……なにぶん子供の頃の記憶なので勘違いかもしれない。
これをくれたお兄さんはどうしているんだろうか?
「あ! バイト先寄っていい? ちょい忘れ物思い出しちゃって」
お守りへの関心などとうに無くしていた優子がこの後のことに話を向ける。
「いいよ。じゃあ駅前寄ってこうか?」
だべれる場所を求めて下駄箱から靴を取り出した。
*
ファーストフード店の前、優子を待ちながら人の群れをぼーっと眺める。
昨晩充電を忘れて寝てしまった失態が悔やまれる。
スマートフォンは腹ペコでストライキを起こし、物言わぬ板切れに成り下がっていた。
早く充電したい。どこのお店でだべろうか。などなど、煩悩に頭が包まれていた時、気になるものを目の端に捉えた。
「金城 誇希?」
風紀委員長としては宿敵の名前を小さく口ずさむ。
同じ地元なのだからここらで見かけること自体に違和感はない。
しかし、その周りが問題だ。
沢山のピアスで太陽を反射させながら歩いているロン毛の男性を筆頭に、数人の大人と一緒に歩いているのだ。
いくら着崩していようと、成人男性グループの中に学生服の人間がいるのはいささか不自然さを放っていた。
金城たちは何かを離しながら裏路地へと姿を消していった。
正直、金城とはあまり関わり合いになりたくない。
よくない噂はいろいろな方面から耳に届いていたし、実際本人と話した時の印象もよくなかった。
しかし、ここで何事もなくスルー出来るようなら性格なら、私は風紀委員長までになっている筈がない。
スマホの充電がなく優子に連絡が入れられないが、この機を逃したら何か取り返しのつかないことになりそうな気がして、彼らが消えていった裏路地に急いで足を向けた。
しかし、本当はこの時優子を待つか、別の手段をとるべきだったのだ。
致命的な選択ミスを犯したことを、後になって悔いることになるとは想像もしなかった。
*
人通りが途絶えた裏路地は、大通りと比べて気温が低いような気さえした。
太陽が遮られ主役交代だとばかりに影が差した暗がりは、えも言えない不安を掻き立ててくる。
少し進むと曲がり角の先から怒気を孕んだ声が聞こえてくる。
物陰に身を潜め、声の発生源に目を向ける。
「これが約束の分だ。もう二度と連絡してこないでくれ!」
「へっ、ありがとうよ」
封筒を受け取ったロン毛の男性が、中から取り出したお札を指で弾く。
満足な金額だったのかニヤリと表情を歪めて金城の方に向き直って言葉を続けた。
「……だけど、そりゃそっちの都合だろう?」
「なんだと!?」
「俺らがしゃべったらお前も道連れだぜ?」
「ぐっ……」
背景はわからないが、何かを理由にお金を無心させられている?
「また足りなくなったら連絡するぜ~」
そう言って男たちは去って行った。
ポツンとその場に残された金城は呆然と立ち尽くしていた。
なんと声を掛けるべきか?そもそもここで身を晒すべきか?
迷っているうちに周囲の違和感に気がつく。
暗がりが深くなり、先程まで見えていたはずの道の先が見通せなくなっている。
「わあぁぁあ!!!」
悲鳴が後ろから響き渡り、慌てて首を向けると、あまりに現実離れした光景に思わず息をのんだ。
――――そこには、血塗れで片腕と片目の無い男性が立っていた。
「なんで!?なんでお前が!!?」
その男性に覚えがあるのか、異常な取り乱し様で金城が叫ぶ。
「兄貴を直接殺ったのはスラッグたちだ!俺はやってない!痛い目にあわせろと指示しただけだ!!」
「……ッ!?」
衝撃的な内容に身体がビクリと反応し、近くの金属でできたペール缶にぶつかってしまう。
「誰かいるのか!!」
血塗れの男性と金城の顔が一斉にこちらを向く。
ギリギリのタイミングで私は走り出していた。
視界の悪さを無視し、恐怖に突き動かされた私の身体は何度も毛躓きながらも必死に前進を続ける。
気が付くともとの大通りにまで戻ってきていた。
あの後金城はどうなったのだろうか?
言っていた内容は本当だったのだろうか?
ロン毛の男性たちとはどんな関係なのだろうか?
様々な疑念が頭を埋め尽くす。
しかし、どれも普通の女子高生がとても踏み混んではいけない領域だとハッキリわかる。
私は取り返しのつかない底なし沼に身を浸してしまったような気持ちで、身体を震わせながら家に帰ったのだった。
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