立つ鳥跡を濁す

産卵症候群

産卵症候群 1

　現在世界には、一般に『ヒト』と呼ばれる生物が二種類存在する。

　片方はホモ・サピエンス──つまり人間。
　そしてもう片方は、鳥人とりびとである。

　鳥とり“人びと”とは言うものの、その姿は人間とは似ても似つかない。
　人間にはない鉤爪を持ち、人間にあるような腕は持たず。
　まるきり鳥の姿でありながら人間に近い体躯と人間同等の知能を持つ鳥人とりびとは人間と比べると数が少なく、昔は差別の対象ですらあったらしい。

　しかし、それはあくまでも昔の話だ。
　現代の鳥人は世界的に人間と平等の立場を持ち、特にこれといった不自由もなく暮らせるようになっているのだから、人権を勝ち取らんと戦ってきた先人たちには感謝すべきだろう。


　……だがまぁ。
　どれだけ立場を平等にしたところで“体質の差異”というものはどうしても存在してしまうもので、つまり鳥人にだけ存在する病気もあるわけだ。
　そしてそれは、私──月部つくどり 和津乃わつのも例外ではない。


「あー。月部つくどりさん、産卵症候群の兆候が出てますね」


　さんらんしょうこうぐん、とオウム返しする私に医者は「ご存知ですか？」と確認をしてくるが、流石に産卵症候群くらいは知っている。

　産卵症候群とは男性の鳥人とりびとだけに発症する病気──というか体質だ。
　昔は原因不明とされていたが、既に遺伝子の関係によるものであると解明されており、現代では男性の鳥人の六割以上が発症すると言われている。

　脳内で情報を整理して頷いた私に、目の前の医者は「じゃあ処置について説明しますね」と話をはじめた。

「産卵症候群って症状のみを見ればタマゴを産みたくなってしまうだけではあるんですが……放置すると体内のつくりが変わってしまい、その内無精卵を産卵することになってしまいます。
　無精卵の産卵はお一人ですと卵塞や卵管脱……あー、タマゴ詰まりとか脱肛に似たものなんですけど、そういうののリスクが大きいですし、産卵科に行って産むにも結構金額が要るんですよね。
　特に月部つくどりさんのように鷲ワシに近いような大型の鳥人とりびとの方ですと、産卵時のリスクも高まりますし……基本は偽卵で擬似産卵して発散することをオススメしてますね。
　産卵症候群って不定期に複数回来ることがほとんどなので、入院やら無精卵産卵が一度で済む確率って大分低いですから」

　偽卵を使った擬似産卵。
　いやそれは、つまり、一度それを体内に入れなければならないということでは。

「……あの。産卵科で産むのって、保険は……」
「一応異常産卵扱いで適用されますけど全額負担ではないですし、食事代とかは自己負担になります。
　あと病院にかかることで死亡リスクがほぼ無くなるとはいえタマゴが体内で破裂したりしたら手術することになりますし、またその分手術代やらがかかりますけど……それでも希望されるようでしたら紹介状書きますよ」

　言外に全くオススメできないと説明されるが、この様子ではわざわざ産卵科にかかるような患者はほぼほぼいないのだろう。当然だ。
　仕事を休んで入院し決して安くない金を支払って無精卵を産卵するか、一時間足らずで擬似産卵を行い産卵欲求を解消するかならば大多数が後者を選ぶだろうし、私とて頭ではそちらの方が良いと理解している。

　というか、産卵欲求を抱くというのはつまり発情状態に陥るということにも近しい。
　それを他人に見られるくらいならば、擬似産卵の方がマシなのかもしれないが……だが、しかし……。

　私が悩んでいることが分かったのか、そういう患者が多いのか、はたまたその両方か。
　医者の「ちょっとお金かかりますけど、とりあえず紹介状だけ書いてお渡ししておきましょうか？」という言葉に、私は何も言えないままこくりと頷くのだった。



「あ、身体のつくりが変わってから無精卵を産卵するまでの間に男性の鳥人や人間と性交すると妊娠してしまうことがあるので気をつけてくださいね」
「きゅーぅうゔ！？」
「医者としての義務で伝えたことなので威嚇するのはやめてください」