わたしの可愛い悪役令嬢

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59・自覚

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 広間に戻ったわたし達は先程の揉め事も無かったかの様に暫く談笑をしていた。
 これも少しは風聞を払拭するきっかけになると思う。王子もセルシュも本当に楽しそうだしね。ヒューレットは笑顔ではあるけれど、少し緊張している様に見えるのはやはり王子と話しているから……と思われるだろう。



 ヒューレットの緊張は今ここでやらなければいけない事があるからなんだけどね。その為にわたしとセルシュは今まさに講義中な訳で。
 内容は令嬢に笑顔を振り撒くためのレクチャー。わたしは笑顔の作り方、セルシュは寄ってきた時のあしらい方。王子は何故かヒューレットと一緒にそれを勉強しているらしい。
 王子は必要なくない?ま、こうやって同世代の子が話す事を聞いているのも楽しいのかもしれないな。


 さぁ、そろそろ本番ですよヒューレットくん。
「ヒューレット殿、僕の後ろの方でこちらを見ているご令嬢達がいますよね」
「あっ、はい」
「まずはあの令嬢達に笑顔を見せてあげましょうか」
「えっ?そ、そんなすぐに?無理ですよっ!」
 いよいよというところでヒューレットは更に緊張して顔を真っ赤にして固まってしまった。
「うーん、それじゃセルシュが試しにやってみせてよ」
「げ。マジか」
「マジで」
「……しゃーねーなぁ。見てろよヒュー」
 セルシュはさり気なく令嬢達の方を見て視線を合わせる。数秒視線をやった後ににっこりと微笑んだ。
 令嬢達はその笑顔に頬を上気させうっとりとしてため息を吐いた。それを認めるとセルシュはすぐこちらに視線を戻した。



「と、まぁこんな感じかな?長く見過ぎると寄ってくるから気を付けろよ」
「凄いなセルシュ……何処でそんな事学んだんだ?」
 一連の流れを見てヒューレットは感嘆の声をあげる。わたしはびっくりして声が出なかった。
 なにその淀みない動き!子供のくせになんて破壊力!見つめられていた令嬢達もハートのおめめでセルシュをガン見してるし。何!?『目でコロス』ってヤツ!?ご令嬢達イチコロじゃない!
 セルシュって大きくなったらとんでもないプレイボーイになりそうでなんか怖いよ。

「んー?これはクルーディスの真似だぞ」
「はっ?」
 へっ?何それ?
「なんと!そうなのか?」
「凄いですね!流石クルーディス殿!」
「いやっ、嘘ですよっ!そんなのした事ないですって!」
 二人も驚いてるけどわたしが一番驚いてますからっ!いつわたしこんな事したのさ!記憶にございませんけど!?
「お前自分の誕生日パーティーの時は、相手が男でも女でも誰彼構わずにこんな感じだったぞ」
 しれっとセルシュはそんな事を言い、王子とヒューレットがおおっと驚きの声を出した。
 ちょっと待って!あの時は挨拶ばっかりしてたわたしがそんな事出来る訳ないじゃない!何適当な事言ってんのさ!
「そんな事やってないよ!」
 やってない!絶対にやってない!!
「やってたんだなぁ、これが」
 にやにやとするセルシュは納得出来ずに抗議するわたしを軽くあしらう。その横で二人はわたしに熱い視線を送ってくる。その視線が痛いんですけど!?
「世間の評価はやはりそのままか。やはりクルーディスは『師匠』なのだな」
「だからっ!違いますって!」
 ちょっと王子!本気で感心しないで!そんな師匠絶対嫌だし無理だから!
「そうですね。今のは本当にさり気なくて爽やかでした。これならあの評価も納得がいきます」
「違うんですってぇ……」
 いやいやいや、今手本を見せたのはわたしじゃなくてセルシュでしょ?そんなに熱い視線をよこさないでくださいよ。わたしあんなの出来ないってば!
 二人はセルシュの話に感心するばかりでわたしの話を聞いてくれない。何故かわたしの抗議は悉くスルーされてしまう。何でだ!
「んじゃヒュー、やってみ?」
「……わかった」
 わたしを無視したセルシュに促されたヒューレットは、意を決した様子で一度大きく深呼吸をした。……もう好きにして。
  ヒューレットは先程セルシュが笑顔を送った子達とは違う令嬢達に顔を向ける。そしてそのまま優しい笑顔を彼女達に送ると、令嬢達は顔を赤くしてきゃあきゃあと喜んだ。

「クルーディス殿出来ました!」
 満面の笑みでヒューレットはわたしを振り返った。あら、この顔の方が可愛らしい。嬉しさを前面に押し出したその笑顔は年相応の少年のものだった。頑張った事を褒めて欲しいと尻尾を振る仔犬みたい。流石攻略対象!可愛いじゃないの。
 さっきのセルシュの発言はもう忘れよう。無かった事にしよう。今のヒューレットの頑張りだけを残して、他の話は流してしまおうそうしよう。
「良かったですね。ヒューレット殿」
 無理矢理納得をして少し心にゆとりが出てきたわたしは、にっこりとヒューレットに笑顔で答えた。それを見て何故かヒューレットは顔を赤くした。
「どうしました?」
「いっいえあのっ……」
 口ごもりヒューレットは俯く。あらら、恥ずかしさが後から来ちゃったかな?一生懸命頑張ってたから緊張しちゃったのかもしれないな。
「大丈夫ですか?」



「何をしてらっしゃるのです?クルーディス様」



 わたしがヒューレットに声を掛けた時、後ろから聞き慣れた声がした。
「さっきから見ていましたが皆様でナンパの練習ですか?」
 声の方を振り返ると仁王立ちのアイラが笑顔でこちらを見ていた。その後ろにはアイラのただならぬ雰囲気に飲まれているリーンやモーリタス達もいる。
 アイラ、目が笑ってないよ……。むしろ怖い……。
「こっちはずっと心配してたんですけど。戻ってきたら皆でナンパってどういう事なんですかね?」
 笑顔のはずなのにアイラからはひしひしと怒りのオーラが溢れ出ていた。わたし達に向けられたそれに全員が固まってしまう。
「ア、アイラ?あのねこれには色々と事情があってね……」
 別にナンパしてた訳じゃないのよ。こっちにも色々事情があるんだってば!
 しかしアイラに見られていた事に動揺してしまって、わたしは上手く説明が出来なかった。

「セルシュ様もご一緒に楽しんでいましたね?」
「げ。お嬢マジで怒ってるじゃん……」
「王子は?国を担うお方まで一緒になって何をやってるんですか!」
「はっはい……すいません」
「貴方も!嫌な事ははっきりと断らないと!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
 アイラはわたし達を丁寧に一人ずつ怒っていった。わたしと同じ様に皆はアイラの怒りにおののいている。
 わかるよ皆。わたしもこっそり冷や汗が出てきたよ。
「おっ、おい。アイラヴェント、少し落ち着いて……」
 アイラの後ろから困ったモーリタスが止めようとしていたがアイラは怒りで聞こえていない様だった。

 アイラはきっと本当に心配していてくれたんだろう。だけどわたし達がそれこそ端から見てナンパらしき事をしていた訳だからそりゃ怒るよね。
「アイラ、ちゃんと説明したいんだけど後で聞いてくれるかな」
「は?言い訳ですか?」
「うん、言い訳。でもアイラにはちゃんと聞いて欲しい言い訳なんだ」
 わたしの言葉にアイラは少し怯んだ。
 わたしはアイラにはナンパをしていたなんて思われたくなくて話を聞いてもらおうと必死になった。
「てっ、てきとーな事言ってもだめだからね」
「勿論。僕はアイラには適当な事なんて言わないよ。知ってるでしょ?」
 わたしはアイラににっこりとそう言ってその手を握った。
「う……わかった。話は聞くよ…」
 真っ赤になったアイラに目を反らされてしまったけれど彼女は渋々折れてくれた。はー。良かったー。
 わたしだけでなくセルシュ達もあからさまにほっとした顔になる。皆もよっぽどアイラが怖かったんだな。




 パーティーの後でアイラには説明をすると約束をして、わたし達は皆でのんびり話をしたりしてパーティーを楽しむ事にした。

 ヒューレットは先程の喧嘩腰の態度は一切なくなり、モーリタス達にもちゃんと謝罪をしていて、横でセルシュがそれを優しく見守っていた。
 セルシュは時々お母さんなんじゃないかと思う位に面倒見がいい。モーリタス達は戸惑ってはいたが、セルシュが間に入ってくれたお陰で謝罪を受け入れ、今はもうお互いにわだかまりが無くなった様だった。

 その後、何故か王子とヒューレットが笑顔を振り撒く練習をしてアイラとリーンに指導を受け始めた。何だろうヒューレットくん、貴方実はそんなキャラなの?横の王子はリーンとアイラのアドバイスを真剣に聞いてるし……。実はナンパ行為が気に入っちゃったのかしら?まぁ本人達は楽しそうだからいいのかな。

 色々あったけど概ね落ち着いたんじゃないかな。本当に良かった。

 そういえばタランテラス殿下はどうしたのだろう。
 それを王子に聞くと急用が出来て退席したとの事だった。お陰でわたし達の事に気付いた時にすぐ対応してくれたらしい。
 今日はわたしの中での王子の評価は大分上がったなぁ。




 残りの時間は長閑にお喋りして楽しく過ごす事が出来たと思う。
 色々アクシデントもあったけど、終わりよければ全て良しって事でいいのかな……いいんだよね?もう変なイベントないよね?
 すっかり忘れていたけどランディスは会場の中でお友達が出来たらしく、彼なりに楽しんでいた様だと聞いた。
 ランディスが一番パーティーを満喫していたのかもしれないな。





「さぁて、クルーディスの『言い訳』とやらを聞いてやろうじゃないか」





 パーティーの後、わたしはコートナー家の馬車に乗せられた。逃げるのは許されない様です。ここで本日最大のイベントがやって来た気がする……。
 すっかり男の子の口調に戻ってしまったアイラからは怒りのオーラが溢れだしている。わたしは腕組みをしたアイラと向かい合わせに座り、もう何処にも逃げられない状態になっていた。
 リーンは何故かにこにこと送り出してくれちゃうし。がっつり怒られてこいって事なんだろうか。


 ランディスは仲良くなった友達に送ってもらうそうで。そこまで仲良くなれる友達が出来て本当に良かったね。
 そう思う半面、その分アイラの怒りがダイレクトにわたしに来る気がしてどきどきなんですけど……。



「はい……あの、何処から話せばいいかな」
「最初から」
「う……わかりました」


 わたしはあの喧嘩した相手が『攻略対象』のヒューレットで今日初めて会った事、彼がセルシュの友達だった事やヒューレットが世間の噂でモーリタス達の悪評を聞いてバカにしてきた事。わたしとセルシュが彼に怒って、それを知った王子にヒューレットが窘められた事。わたしが騒いだ事で出るヒューレットの噂を消すためにヒューレットの『笑顔振り撒き作戦』で違う噂を作ろうとした事など、ざっくりとアイラに話をした。
 アイラは黙って話を聞いていたが、そのうち頭を抱えだした。


「……あのさ、突っ込みどころ満載で何を言っていいのかわかんないんだけどさ」
「うん」
「その、『笑顔振り撒き作戦』だっけ?何でクルーディスがレクチャーする訳?」
「まぁ皆より女性の気持ちもわかるし……何か成りゆきで」
 わたしがそう言うとアイラは微妙な顔をした。
「……ごめん」
 よく考えればわたしがそんな事教える必要もなかったんだよね。セルシュのあのテクニックが全てなんだし。
 何だかアイラに申し訳なくなってわたしはそれしか言えなかった。
「……クルーディスはもうヒューレットとはわだかまりは無いんだね?」
「それはもう大丈夫だと思う。セルシュがヒューレットと仲良く出来てれば僕にはもう怒る事もないんじゃないのかな」
「そっか……ならもういいよ」
 諦めが混じってはいたがアイラはそう言って大きくため息を吐いた。


「でもすっごい心配したんだからな!ヒューレットは真っ赤になって怒ってるし、クルーディスはキレちゃってるし!」
「う……ごめんなさい。あの時はほんとに頭にきちゃって……」
「モーリタス達からも理由は聞いたよ。……クルーディスが怒った気持ちはわかったから」
 アイラはわたし達が王子と退出した後、モーリタスに経緯を少し聞いていたようだ。するとアイラはわたしの顔を見上げて手を握ってきた。
「もうこんな事するなよ。本当に心配したんだからな」
 そう言ってアイラは握った手を大事なものを包み込む様に自分の胸元においた。心配かけて悪かったと思っているのと同時に、わたしはアイラに握られたその手がとても柔らかくて優しくて、胸の奥が熱く苦しくなる。




 そうか、わたしはアイラヴェントの事が好きなんだ。








◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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